第9話 ルカの気持ち


 正直、俺は結婚相手なんて誰でもよかった。


 恋人や妻を作ろうとしたことなんて一度もない。

 マクシミリアン公爵家の両親を見てきたから。


 だが公爵家の当主になるには、結婚をしなければいけない国の決まりがあった。


 とても面倒で誰でもよかったが、それは契約しているディーネが許さない。


 学生の頃は俺の恋人になりたいと言う人を「ディーネが許さないから」という理由で断ることができた。


 ディーネのお陰で面倒な誘いは断れたが、今ではディーネのせいで結婚できなくなっていた。


 だが、ようやくディーネが許してくれた相手を見つけた。

 まさか精霊魔法学校の生徒で、精霊王と契約している令嬢がいるとは思わなかった。


 しかも精霊隠しをしていたとは。


 精霊王と契約していることを明かせば、自身の成功は確定しているというのに。


 その令嬢、ミランダと話すと、両親や妹とは仲良くないから、精霊隠しをして家を出たいということだった。


 精霊王と契約していれば両親や妹に仕返しもできると思うのだが、そこまでするほど家族に興味がないのだろう。


 自分と少し似ている境遇で親近感がわいたが、家族に対しては自分とは違う対応をしているようだった。


 そして話してみると、今まで自分が会ったことがないような令嬢でとても面白かった。


「――ということで、これで契約していいんですね?」

「ああ、構わない」


 ミランダの家まで来て、彼女との結婚を迫って決めた。

 まさか条件を出してきて、契約結婚となるとは思わなかったけど。


 それに俺と結婚して、一年経って別れたいなんて。


 ここ数年で一番笑ってしまったな。


『結婚して一生を添い遂げる相手に、外堀を埋めて脅してくるような人は嫌ですから』


 俺はいつも外堀を埋められている方だったのに、いつの間にか埋めるほうに回っていたようだ。


 今まで迫られる方だったから、その俺がやったら喜ばれるだろう、という自意識過剰な部分があったみたいで、少し恥ずかしかったが。


 それでも精霊の守り人の総司令で、公爵家の次期当主の俺にそんなことを言ってくる女性は初めてだったから、とても面白かった。


「じゃあ、準備してきてくれ」

「はい。わかりました」


 ミランダが応接室から出て、自室に戻ろうとする。

 しかしすぐに足が止まっていた。


「……何をしているんですか?」


 ミランダの冷たい声が聞こえて、ドアの方を見ると彼女の両親と妹が立っていた。

 どうやら中の様子を窺うために、ずっと聞き耳を立てていたようだ。


 本当に意地の汚い連中だな……。


 ミランダが「一応、外に聞こえないようにします」と言って、風精霊魔法で音を遮断していた理由がわかった。


 音を遮断する魔法も素晴らしかったな。


「お、お前がルカンディ様に失礼をするかどうか見張っていたんだ!」

「そうよ、あなたみたいな出涸らしが失礼なことをして、モンテス男爵家の名に泥を塗るようなことがあったら……!」

「いや、ルカ様との会話を盗み聞きしようとしたほうが泥を塗っているでしょ」

「くっ……」


 ミランダの言葉に何も言い返せていないモンテス夫妻。

 ミランダとの契約がなくても、この家に援助をしようとは思えないな。


「聞き耳を立てようとしたのは謝ります。ですがモンテス男爵家に前触れもなく訪問し、こちらの当主や女主人を放って話をするのは非常識ではないでしょうか?」


 妹のオレリアは多少は頭が働くようだ。

 さっき俺が恥をかかせたから、俺に矛先を向けてきたようだ。


 俺は立ち上がって、ミランダの隣に立つ。


「それはすまないな。ミランダとはとても大事な話をしていたんだ」

「その大事な話は、モンテス男爵家に前触れなく訪問しないと話せないことなのでしょうか?」

「まず前提として、俺はこの家に訪問したわけじゃない。ミランダに会いに来て、彼女と話すために来たんだ。俺をもてなそうとして応接室に通したのはそちらだろう」

「っ……ですが精霊の守り人の総司令というお方を招き入れて、もてなさないわけにはいきません」

「頼んだわけじゃないもてなしを押し付けるな、鬱陶しい」


 俺がそこまで言うと、オレリアはさすがに黙り込んだ。

 あんな不快なもてなしだったら、されないほうがマシだった。


 まあそれを言っても聞かないんだろうが。


「とりあえず、大事な話は終わったから、どんな内容だったかも教えよう」

「では、お姉様とどんなお話を?」


 俺は口角を上げて、隣にいるミランダの肩に手を回して抱き寄せる。


「結婚の了承を得た、というだけだ」

「……は?」


 とても目を丸くして驚いた様子のオレリア。

 その横にいる夫妻も呆然としている。


 もてなしは不快だったけど、ようやくこの三人から愉快なもてなしを受けた気がするな。


 そして軽く抱き寄せたミランダだけど、俺の腕から静かに抜け出そうとしているのも面白い。


「それで今から彼女はマクシミリアン公爵家に住居を移すから、その準備をしようと思ってな」

「ちょ、ちょっと待ってください! け、結婚ですと? うちの娘と?」

「ああ」

「ミ、ミランダとですか? オレリアとではなくて……」

「もちろん、ミランダと」

「なぜミランダなのですか? ミランダは下級精霊と契約していて、オレリアのほうが優秀で最上級精霊と契約しているのですよ?」


 やはりこの家は、ミランダよりもオレリアを大事にしているようだ。

 娘のミランダが結婚すると言ったのに、オレリアをまた推してくるとは。


「オレリア嬢が最上級精霊と契約していることなんて、俺には関係ないことだ」

「で、ですが……」

「もうミランダからは同意も得ている。それとも、モンテス男爵家は俺との結婚を認めないと?」

「そ、そうは言っておりません!」


 軽く脅しをかけると、すぐに引いたモンテス夫妻。

 この二人は扱いやすいな、マクシミリアン公爵家の権力に怖気づいているみたいだ。


 対して、オレリアは。


 無表情を貫こうとしているようだが、身体に力が入っている。


 ミランダが俺と結婚することが許せないのかわからないが、どうやら怒っているようだ。


「とりあえず、今日から彼女はマクシミリアン公爵家のほうで暮らす」

「えっ、今日から?」

「ああ、彼女たっての要望でな。早く俺の家で暮らしたいみたいだ」


 俺はそう言ってミランダを見ると、少し嫌そうに眉をひそめていた。


 今の言い方をすると、ミランダが俺と早く一緒に暮らしたいという感じだけど、実際は全く違う。


 ただ彼女が、この家から早く出たいというだけだ。


 これが契約結婚の条件、二つ目。

 ミランダがモンテス家から出ることに協力すること。


「ミランダの部屋に行こうか。数日ほどの荷物を多少まとめて持っていこう。重い荷物とかはあとで人を寄越して持ってこさせるよ」

「ええ、ありがとうございます」


 俺とミランダはそう言って、モンテス夫妻とオレリアの前から去った。


 三人の顔は、結構面白いものとなっていた。


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