第2話 精霊隠し


 精霊魔法学校の授業が全て終わり、私はモンテス家の屋敷に帰る。

 妹のオレリアは学校に馬車が迎えに来るが、私には来ない。


 数十分歩いて帰らないといけないのが面倒ね。


 学校からしばらく歩いて路地裏の方へ行く。


『ミランダ、もう出てもいい?』

「ええ、いいわよ」


 私が聞こえてきた声に答えると、隣に人がいきなり現れる。

 いや、人ではなく精霊だけど。


「今日もお疲れ様、ミランダ。いつも通り、学校では舐められているわね」

「うるさいよ、シルフ」


 新緑を思わせるような深い緑色の長い髪を揺らしながら、歩いている私の隣をゆらゆらと舞っている精霊のシルフ。

 少し幼い女の子のような容姿で、可愛らしい姿をしている。


 この子が、私の契約している下級精霊……ではなく。

 四大精霊王の一人、シルフだ。


「あんなに馬鹿にしてくる人達、私の力を使えば吹っ飛ばして壁に埋められるのに」

「ダメよ、シルフ。面倒なことは起こしたくないの」


 シルフと契約していることは、誰にも話したことはない。

 普通は十二歳の時に、才能ある者は精霊と契約をして精霊魔法が使えるようになる。


 妹のオレリアは十二歳で最上級精霊と契約し、一躍話題になった。


 だが私は十二歳の時ではなく、十三歳の時に契約したのだ。


 シルフと契約するまでの一年間、私はモンテス家で最悪の扱いを受けた。

 両親からは罵倒され、屋敷で働いている使用人達からも無視されて蔑まれた。


 妹のオレリアも十二歳までは普通に仲が良かった姉妹だと思っていたけど、その時から私を見下して愉悦に浸るような行動を取り始めた。


 そんなモンテス家から、私は解放されたいと考えた。


 四大精霊王のシルフと契約したことを言ったら、両親は喜んでくれるかもしれない。

 妹のオレリアを見返せるだろう。


 でも、もうどうでもよかった。


 一年間も蔑まれ続けられて私の心も歪んで、家族に何の関心も無くなった。


 だから四大精霊王と契約したことは、隠し通した。


 精霊と契約したことはさすがに隠すことはできないと思い、下級精霊と契約したと嘘をついた。


 両親とオレリアは私が精霊と契約できたことを喜ぶどころか、下級精霊ということで嘲笑った。


『その程度の精霊としか契約できないのか』

『それじゃあモンテス家の繁栄には意味がないわ』

『さすがお姉様、私の引き立て役になってくれるのね』


 そんなことを両親とオレリアから言われた。

 わかっていたことだけど、もう家族とは決別しようと思った瞬間だった。


「私の目的は精霊魔法学校を卒業して、辺境の村とかの精霊の守り人になることなんだから」


 モンテス家は伯爵家で王都に屋敷を構えている。


 精霊の守り人になれば、下級精霊と契約していると思われている私は辺境の村で務めることになるはず。


 王都の精霊の守り人は、上級精霊と契約していないと選ばれないような精鋭ばかり。

 中級精霊と契約していても強ければ選ばれることはあるらしいけど。


 でも下級精霊と契約していると思われている私が選ばれることはまずありえない。


 だから、精霊の守り人になって辺境の村に行って、家族から離れて悠々自適に暮らすのだ。


 卒業まであと数カ月。

 ここまで隠し通したのだから、絶対にバレたくはない。


「ミランダって本当に無欲ね。私だったらモンテス家の屋敷をぶっ壊して、両親と妹、それにクラウスって奴をを再起不能にするのに」

「いや、シルフが怖すぎるのよ」

「優しい方よ。私と過去に契約したことがある人間は、国を一つか二つ滅ぼしたことがあるんだから」

「えっ、本当に?」

「ええ。復讐のためだったから協力してあげたけど、その後は自分の力に酔って私欲を満たそうとしていたから、契約破棄しちゃったけど」


 復讐で国を一つ滅ぼすって怖いわね。


 でも、契約破棄ね……されたらさすがに困る。

 精霊との契約はそう簡単に破棄されることはない。


 むしろ破棄されたという話をほとんど聞いたことがないくらいだ。


 精霊魔法を使って人を殺したりしたら、精霊魔法が使えなくなることが稀にあるらしいけど。


 下級から最上級までの精霊は、人間と意思疎通を取ることができない。

 契約している人の側にいるだけで、その姿も精霊王みたいに人間の姿をしていない。


 ただ人の周りをふわふわと浮かんでいて光る球、というのが精霊だ。


 だから契約解除などは下級から最上級精霊は前例がないのだが、精霊王はあるらしい。


「シルフ、契約解除しないでよ?」

「そうそうしないわよ。ミランダが数千人単位で無実の人を殺さない限り」

「そんなことするわけないから!」

「そう? ならいいけど」


 少し心配だけど、シルフと契約解除になることはなさそうだ。


 そんなことを考えながら路地裏を歩いていると、目の前に黒い靄みたいのが現れた。


 あれは、悪霊だ。


「王都って本当に多く出るわね」

「王都には人が多いから。悪霊は人の感情が好きだから、人が多い王都には出やすいのよ」

「やっぱり王都から離れたいわね……シルフ、お願いできる?」

「いつも私がやってるから、今回はミランダがやれば? ずっと私に任せていたら腕がなまるわよ」

「そう? でも確かに」


 精霊魔法学校でも自分の力を押さえて授業を受けているから、しっかり練習する機会はそうそうない。

 辺境の村では王都ほど悪霊は出ないと思うが、多少は練習しておいた方がいいだろう。


「この悪霊は結構強そうだし、練習相手にはちょうどいいと思うわ」


 確かに人っぽい形になっていて、普通の悪霊よりも強い力が感じる。

 悪霊は弱いと形などはなく黒い靄みたいな感じだが、強いと生き物の形になる。


 こいつは人っぽいので、結構強いのだろう。


「シルフが言うなら……」


 私は片手を前に出して、精気を集中する。

 このくらいの悪霊なら、上級精霊魔法くらいで十分かしら。


「『聖なる風、シルフウィンド』」


 私の掌から風が出て、悪霊に向かって風が吹く。

 もちろんただの風ではなく、悪霊を退治するのに特化した魔法だ。


 シルフは風の精霊王なので、風の精霊魔法がとても強い。


 今の魔法で、シルフでも結構強いと言うくらいの悪霊が一瞬で消え去った。


 うん、腕はなまってないみたいね。


「やるわね、ミランダ。ここ最近、全然練習していなかったはずなのに」

「ありがと。シルフの力が強いってだけだけど」

「いえ、私の力があってもここまで才能があるのは珍しいわ。しっかり鍛えれば、私の歴代の契約者の中でも一番の才能がありそうなのに」

「それは嬉しいけど、身に余る力はいらないわ」


 そこまでの力を欲しいとは全く思わない。

 むしろ精霊王と契約したこと自体、厄介なことに巻き込まれそうで少し怖いのだ。


 私が精霊王と契約したとバレたら、どうなるのか。


「あっ……!」

「ん? シルフ?」


 シルフが驚いたような声を出してから、一瞬にして姿を消した。

 どうしたのかしら?


 そう思って、頭の中で話しかけようとした時……。


「――今、悪霊を消し去ったのはお前の力か?」


 後ろからそんな声が聞こえて、私の心臓が跳ねた。

 最悪だ、誰かに見られた。


 問題は誰に見られたかだけど……。


「えっ」


 私は振り向いてその人の顔を見た瞬間、終わったと思ってしまった。


 今日、精霊魔法学校にありがたいお話を授けてくれた人。

 私が欠伸をしてしまったところを見抜かれた赤い瞳と、同じ瞳。


「その制服は、魔法精霊学校の生徒だな?」


 精霊の守り人の総司令、ルカンディ様だった。

 やばい、この人にバレるのが一番最悪だ。


 精霊魔法についてあまり知らない人にバレても、適当に誤魔化せる自信はあった。


 知っている人でも多少は誤魔化しがきくと思っていたけど。


 ルカンディ様を騙すのは、難しすぎる。


「その制服のリボンの色は下級クラスだったはず。だが今の悪霊の強さは確実に上級以上はあった。少なくとも最上級じゃないと、一撃で消滅はさせられないはずだ」

「うっ……」

「お前が契約しているのは最低でも上級精霊、最上級精霊でもおかしくないはずだ」

「い、いや、なんというか……」


 ルカンディ様は無表情で問い詰めるように話してくる。


 顔が良いけど、無表情で感情がわからないから怖い。

 そこまで見抜かれているとは思っていなかったけど、まだ最悪じゃない。


 最悪なのは、私が精霊王と契約しているのがバレること。


 だけどこのままじゃルカンディ様の圧で、話してしまうかもしれない。


 こうなったら……!


「い、今のは私じゃありませんよ!」

「ほう?」

「その、通りすがりの精霊の守り人さんがやってくれて……」

「この近くには俺以外、守り人は誰もいないはずだが」


 ルカンディ様って一人称が俺なのね、と無駄な思考が頭をよぎる。

 なんで精霊の守り人がこの人以外に、ここら辺にいないのよ。


「多分、隠れて倒してくれて……」

「隠れていても精霊魔法の反応は消せるものじゃない。隠すことはできるが、俺が見つけられないということは相当な使い手となる。精霊王と契約でもしない限り……」


 そこでルカンディ様が言葉を止めて、顎に手を当てて考える素振りを見せる。

 よ、よし、よくわからないけど、今が逃げる時だ!


「じゃあ、ご機嫌よう!」

「おい、待っ――」


 ルカンディ様の静止の声は全く聞こえないふりをして、私は路地裏をかけ出す。


 後ろからついてきているのかもしれないけど、すぐに曲がり角を曲がって。


「シルフ、お願い!」

『はいはい』


 シルフに頼むと、風を起こしてくれてとても速く駆け出すことができた。

 走るというよりかは、地面に足が付いていないので宙に浮いていて、風で背中を押されて移動している感じだ。


 これで追いつける人はそうそういない。


 しばらくそうやって移動して振り向くと、ルカンディ様の姿はもうなかった。


「はぁ、本当に驚いたわ。もう追ってこないわよね?」

「多分ね。私の魔法での移動速度は、精霊王の中でも最速だから」

「それなら大丈夫そうね。咄嗟に隠れてくれてありがとうね、シルフ」

「ええ、バレていないといいわね」


 とりあえず逃げられたようだ。


 だけど、まさかルカンディ様に見つかるとは……運が悪すぎる。


 あと数カ月で精霊魔法学校を卒業するというのに。


 何事もないといいんだけど……。


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