第23話 ミランダとアイナの実力


 試験内容は多岐にわたった。


 まずは全員が覚えるような簡単な魔法を使って、その魔法の質や威力を調べた。


 私ももちろんやったけど、問題なかったようだ。

 今まで私のことを見てきて舐めていた先生や生徒達の反応が面白かったわね。


 ほとんど全員が私のことを注目していた。


 まだ疑っている者が多かったけど、その人達が目を見開いて、口をあんぐり開けている人もいた。


「本当に精霊王様と契約しているのか……」


 私の記録を見ながら、先生がそう呟いたのが聞こえた。

 全員、シルフを見ていなかったのかしら?


 いや、見ていたけどまだ信じていなかったのでしょうね。


「なん、で……!」


 私の隣でほぼ同時に最初の試験を受けていたオレリアが、小さくそう呟いた。

 顔は外行きの笑みを保つことはできておらず、ただ私を静かに睨んでいる。


「なんで、そんなに精霊魔法を操れるのよ……!」


 彼女は周りにはほとんど聞こえない声で、そう問いかけてきた。


 逆になんで操れないと思っていたのだろう?


「私は精霊王と契約しているのよ? これくらいは当たり前だわ」

「でも、なんで魔力操作もそんなに上手いのよ。私は学校に入って三年間勉強して、精霊魔法を扱えるようになって、ずっとトップだったのよ!」


 確かにオレリアは精霊学校の生徒のトップだっただろう。

 だがそれは最上級精霊と契約しているからにすぎない。


 オレリア以外に最上級精霊と契約している者がいないのだから、彼女が一番強いのは当たり前だ。


 でも彼女は魔力操作がなぜそんなに上手いかといったわね。


 魔力操作は練習をしないと上手くはならない。


 それは下級精霊でも最上級精霊でも、精霊王と契約していても同じだ。


「あなたが練習しているところを見たことがないわ! 家でも学校でも、その実力を隠していたのだから……!」

「ええ、そうね。別に練習という練習はしていないわ」

「じゃあだったらなんで……!」

「簡単よ。今までずっと隠していたから」

「隠していたからって、どういうことよ」

「私は精霊王と契約しているのに、全く気付かれてこなかったのよ。つまり、隠している間はずっと魔力操作をしていたっていうことよ」

「なっ……!」

「あなたが学校で三年間、授業の時だけ練習していたことを。私はシルフと契約してからずっと絶やさずにやっていたの」


 ただそれだけのこと。


 でもそれをやってきたから、私の魔力操作はシルフから見ても「私と契約してきた人の中でも、一番すごいかも」と言われている。


 ただ「そんなにすごい才能を、隠すためだけに使っているのは意味わからないわね」とも言われたけど。


「くっ……!」


 どうやらオレリアは今回の試験で、私よりも上に立ちたかったようね。

 それも仕方ない、今まではずっと学校のトップで私なんか眼中になかったのだろうから。


 でも、私にも事情があるのだ。


「ほう、やはり俺よりも……」


 この試験を見ている精霊の守り人の総司令、ルカ様に本気でやれと言われているから。


 彼は口元を隠しているようだが、笑っているのがわかる。

 口元を隠している理由は、周りの生徒達が黄色い歓声を上げてしまうからだろう。


 ルカ様に見られているから、本気を出さないといけないのだ。


 まあ魔法の威力などを調べる試験だったら、学校を破壊してしまうから本気は出せないけど。


「三年間、私はずっと一番だったのに……!」

「ごめんなさいね、オレリア。もう私は、隠すことをやめたのよ」


 私はそう言って、オレリアから離れた。


 彼女から敵意が籠ったような視線を背中に感じながら。



 クラス分け試験、私のほうは全く問題ない。

 問題があるとしたら、目立ちすぎるくらいだ。


 王都の精霊の守り人達からも「化け物だな、あれは」と言われていたけど、気にしない。


 私が気になっているのは、もちろんアイナのことだ。


 アイナはというと……。


「よし、いきます!」


 両手を前に出して集中し、精霊魔法を発動させるところだった。


 やろうとしているのは、精霊魔法の最大火力を調べる試験のようだ。

 すると彼女の手の平から、炎球が出て少し離れている人型の的に当たった。


 当たった瞬間、爆発が起こって黒い煙が上がる。


 煙がなくなると、人型の的が少し焦げた状態で出てきた。


 あれ、結構固いのね。守り人が土精霊魔法で作っていたのをさっき見ていたけど。


 側で見ていた女性の試験官が「ほう」と言って、持っている書類に何かを書き込む。


「アイナ・ミラグロスさん。君は中級精霊と契約しているんだったよね?」

「は、はい! そうです!」

「うん、それに嘘はなさそうだね。使っている精霊魔法も中級が扱えるような魔法だ」


 試験官は「だけど」と続ける。


「この魔法で今の威力は見たことがない。上級魔法に匹敵するほどね」

「っ、ありがとうございます!」

「うん、努力をしてきたのがわかるわ。次の試験も頑張って」

「はい!」


 うん、やはりアイナの実力はわかる人にはわかるようだ。

 守り人の試験官も、アイナの可愛らしい態度に笑みを浮かべて頷いている。


 アイナは今の調子でいけば、上級クラスに入れるでしょうね。


「次、クラウス・カポネさん」


 あっ、次はクラウス様の番ね。

 あの人は上級クラスで、上級精霊と契約していたはず。


 でも実力は……。


「くっ……!」


 アイナと同じように両手を前に出して魔法を放った。


 彼は私と同じ風魔法を扱うが……うん、弱いわね。


 上級精霊魔法を使っているのに、中級精霊魔法ほどの威力しかない。

 中級精霊魔法も極めればアイナくらいになるのに、あれは努力不足としか言いようがない。


 あとはシルフから言わせれば、精霊に愛されていないのだろう。


「……うん、もういいよ」


 アイナのことを見ていた試験官は書類に何かを書き込んでから、端的にクラウスにそう言った。


 試験官の顔を見れば、クラウス様の魔法は想定よりも弱かったとわかるわね。


 すると、クラウス様が周りをチラチラっと見てから試験官に寄っていく。

 小声で何かを話している様子だけど、遠くにいる私には聞こえない。


 気になるから、風精霊魔法で聞き耳を立てようかしら。


 魔法を発動して、遠くの音が私の耳元に聞こえるようにした。


「――僕はカポネ伯爵家の次期当主なんだ。ここで中級クラスに落ちるわけにはいかないんだよ」

「はぁ、それで?」

「察しが悪いな。この小切手を上げるから、成績を上げてくれと言っているんだ」


 クラウス様が懐から何か紙を出して、上着でそれを隠しながら試験官に渡そうとする。


 とってもわかりやすい賄賂ね。


 今までも、上級クラスにいるためにそうしてきたのだろう。


 でも――。


「えっ……!」


 クラウス様が持っていた紙が、バラバラになって塵となった。

 一瞬のことで彼は呆然としていたけど、自身の指も少し切れていることに気づいて「痛っ!」と言って手を引っ込める。


「クラウスさん。今の話は聞かなかったことにしてあげましょう」

「お、お前……!」

「それと、歳上に対して無礼な態度を取らないように。カポネ伯爵家の次期当主は、そんなことすらできないのですか?」


 試験官は笑みを浮かべているが、その笑みはどこか深みがある。


 クラウス様は喉に刃でも突きつけられたかのように後ろに下がり、冷や汗を垂らした。


「も、申し訳、ありません」

「ええ、わかったのならいいのです。下がりなさい」


 その言葉を最後に、クラウス様が試験官から離れた。

 とても焦った様子で、切られた指を隠しながら去っていった。


 クラウス様はもう上級クラスに残れなさそうね。


 まあそれが実力だし、仕方ないことだろう。


「次、ミランダ・モンテスさん」

「あ、はい」


 私は的の前に立って、人差し指の先に風精霊魔法を込める。


 ふっと指先を振って人型の的に向かって放つ。

 瞬間、的が真っ二つになった。


 うん、これくらいで切れたわね。加減も上手くできてよかった。


「……さすがね。私でもあの的を壊すのはかなり集中しないといけないのに」


 試験官が書類に何か書き込み、苦笑しながらそう言った。


「ありがとうございます。でも試験官さんも、最上級精霊が作った土の的を壊せるのはすごいですよ。風の上級精霊と契約しているのに」

「あら、全部わかるのね」

「そうですね。さっきのクラウス様にやった魔法、とても繊細で上手でした」

「ありがとう。風の精霊王様と契約しているあなたに言われると光栄よ」


 私は試験官さんとそんな会話をしてから、その場を離れた。


 少し遠くにいるアイナと視線が合って、私達は笑みを浮かべて親指を立てた。


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