第22話 クラス分け試験


 私がルカ様と結婚する時の条件の一つ。


 学校のクラス分けを正しくしてほしい、という条件を付けた。


 ルカ様と結婚したら、私がシルフと契約していることが知れ渡ってしまう。


 そうなったら、私は上級クラスに絶対に上がる。


 そして、アイナとクラスが別れてしまうだろう。

 それは嫌だった。


 彼女がいたから私は精霊魔法学校に通え続けたし、あと数カ月の学校生活を最後まで一緒のクラスで過ごしたい。


 だから、ルカ様にクラス分けのことを頼んだのだ。


 普通に「アイナを上級クラスに入れてください」と頼むことも考えたけど、それだと周りからの視線がすごいことになるだろう。


 だからルカ様には実力で見てくれるように頼んだ。

 アイナだったら普通に実力を見てもらえば、上級クラスに上がれる。


 彼女の実力は私が一番知っているから。


 絶対に大丈夫だ、と思ったんだけど……。


「わ、わああぁぁ……いきなりで緊張するねミランダちゃん。すごいよ、王都の精霊の守り人の人達に見られるんだ。わあぁぁぁ……!」


 よくわからないけど、アイナは笑みを浮かべたまま身体が震えている。

 あんまり緊張しているところなんて見たことなかったけど。


「アイナ、大丈夫?」

「だ、大丈夫じゃないよ。だってあの王都の精霊の守り人に見られるんだよ?」

「そんなに緊張するほど?」

「だって私の憧れだから!」


 そうか、確かに彼女は精霊の守り人に憧れていたし、特に王都の守り人には尊敬の念を抱いていたわね。


 幼少期の頃、悪霊に襲われた時に助けられたことがあるらしい。


 しかし、ここまで緊張するとは思っていなかった。

 もしかして、実力出せない?


 そうなったらマズいわね。


「アイナ、緊張しないで。これからクラス分けの試験なのよ」

「そ、そうは言っても、さすがに緊張しちゃうよ」

「精霊の守り人もただの人間よ。ほら、緊張しないようにあの人達の顔を芋だと思って」

「絶対に無理だよ!」

「無理じゃないわ。ほら、ルカ様の顔を芋と思えばとても面白いじゃない?」

「……面白いけど不敬だよ!」

「ちゃんと想像したのね」


 少しは余裕がありそうね、よかった。


「アイナ、わかってる? これはとても良い機会よ」

「……うん、わかってるよ」


 私の言葉に、いつも以上に真面目な顔で頷いた。


 アイナは憧れの王都の精霊の守り人になりたいのだ。

 私に合わせて「辺境の村でもいいかも」と言ってくれていたが、本当は王都で務めたいはず。


 だからこそ緊張しているのだろうが。


「アイナ、私はあなたと一緒に上級クラスに入りたい」


 私は彼女と正面から向き合ってそう言った。

 アイナはまだ少し不安そうな顔をしている。


「私も入りたいよ、ミランダちゃん。でも……」

「大丈夫。あなたが努力してきたのを、私はずっと見てきた。それに、シルフも」


 私がそう言うと、隣にシルフが出てくる。


 周りが騒めいているが、今はどうでもいい。


「そうよ、アイナ」

「シルフちゃん……」

「あなたほど精霊に愛されている人を、私は長年生きてきて数人しか知らないわ」

「精霊に、愛される?」

「ええ」


 シルフが笑みを浮かべて頷き、アイナの頭を撫でる。

 シルフのほうが幼い容姿をしているが、その姿は母親のようだ。


「中級精霊と契約しているのに、あなたは上級精霊よりも強い精霊魔法が使える。それはあなたが契約している精霊に愛されているからよ」


 精霊に愛される、というのはよく聞いたことある言葉だ。


 でもそれは精霊と契約した人全員に言われる言葉で、契約できなかった人間を愛されていないというだけ。


 契約した人の中でも「愛されている」と精霊王のシルフに言われる人がいるのね。


「アイナはもっと強くなりたいと思っているのに、中級精霊よりも上の精霊と契約したかった、なんて思ったことないでしょ?」

「えっ、うん。私は精霊と契約してもらっただけで嬉しいから」

「ふふっ、そうよね。その愛情が、意思疎通が取れないと言われている精霊に伝わっているの。だからアイナは、あなたの精霊に愛されているのよ」

「私の精霊に……」


 その時、アイナの身体の周りを小さい光球が飛び回った。


 彼女の精霊だ。


 精霊王ではないので人の形をしていなくて、上級精霊などと比べると光が弱い。


 普通の人から見れば弱そうに見えるのだが、私やシルフから見れば力強いことが伝わってくる。


「精霊ちゃん……私を愛してくれているの?」


 アイナの言葉に反応するようにチカチカと光った。

 意思が通じないというのに、アイナの周りを飛んでいて喜んでいるようにも見える。


「ふふふ、私も愛しているよ、精霊ちゃん。私と契約してくれてありがとうね」

「アイナ、自信はある?」

「うん、ミランダちゃん。私は一人じゃないから、絶対に上級クラスに行けるよ」

「それはよかった。学校生活はもう短いと思うけど、あなたと最後まで一緒のクラスになれるわね」

「ふふっ、ミランダちゃんも自信はあるみたいだね」

「ええ、それはもちろん」


 私はチラッとルカ様のほうを見た。

 彼も私のことを見ていたようで、ちょうど目が合った。


 すると、彼が軽く口角を上げた。


 私を挑発するような笑みに見えたんだけど、試験場にいる女生徒が「キャー!」と黄色い歓声を上げた。


「ルカンディ様が微笑みましたわ!」

「私、社交会でルカンディ様を遠目から一秒も逸らさずに見てきましたけど、笑みなんて初めて見たわ!」

「カッコよすぎるわ……!」


 うわぁ、本当にすごい人気ね。

 軽い笑みを見せただけで、ここまで歓声が上がるとは。


 あのくらいの笑みはよく見たことがある気がするけど、外では本当に笑わないのね。


「ミランダちゃん。今のは惚気?」

「えっ、なにが?」

「だってルカンディ様、ミランダちゃんと目が合った瞬間に笑ったんだもの。二人が通じ合っているっていう惚気じゃないの?」

「そ、そうじゃないわよ。あの人が視線で『約束を覚えているな』って言ってきただけ」

「やっぱり通じ合っているっていう惚気じゃん」

「だから違うって」


 確かに視線でやり取りをしたが、惚気ようなんて全く思っていない。

 それに私とルカ様は結婚をして夫婦になったけど、そこに恋愛感情は全くない。


『俺はミランダを愛おしいと思ったんだ。そうじゃないとキスなんてしない』


 ……うん、ないわ。


 別に、全然ないから。


「えっ、ミランダちゃん。いきなり顔が真っ赤になったけど」

「なってないわ」

「いや、なってるって」

「なってない」


 それじゃあ私がルカ様の言葉を思い出して照れているみたいじゃない。


 別に照れてなんかいないから、うん。


 照れていないけど思い出すのはもうやめておこう。


 思い出す必要があるのは、今回のクラス分け試験をする上での約束だ。


 先日、このクラス分け試験をすると聞いた時に、ルカ様に言われた。


『試験の時に、できうる限りでミランダの本気を見せてくれ』


 彼は私の本気を見たいということだった。

 精霊王シルフの力に任せっきりにするのではなく、私がしっかりと精霊魔法を使えということだろう。


『できうる限りでいいの?』

『ああ。本気を出したら、訓練場や学校が壊れるだろう?』

『ふふっ、でもルカ様がいたら防いでくれそうだけど』

『だとしてもやめてくれ。余計な力を使いたくない』


 そんな会話をしたことを思い出した。


 だから私はこの試験、会場を壊さない程度に本気を出さないといけない。

 下級精霊魔法くらいに威力を抑えるのは得意だったけど、思う存分に力を使うという経験は今までほとんどない。


 経験はないけど……まあ大丈夫でしょ。


 全力でやるわけじゃないしね。


「よし。頑張ろうね、アイナ」

「うん、ミランダちゃん!」


 そして、クラス分けの試験が始まった。

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