第21話 オレリアの胸中
――翌日。
オレリアは両親に「ミランダを連れてくるんだ」という念押しをされてから、学校に向かう。
登校中の馬車の中、今までで一番憂鬱な気持ちで学校へと向かっていた。
学校へ着くと、すでにミランダの噂が広まっているのが生徒達の口々から聞こえてくる。
「モンテス家のミランダさんが、マクシミリアン公爵家の夫人になったらしいわよ」
「私もそれ聞いた! なんでも、ルカンディ様のほうから言い寄ったって噂じゃない?」
「それにミランダさんが精霊王様と契約しているって聞いたけど、それはさすがに嘘よね?」
上級クラスに行くまでにそんな声がオレリアの耳に届いてくる。
それらを無視しながら教室まで行き席に着くと、婚約者のクラウスが話しかけにきた。
「オレリア、おはよう」
「おはようございます、クラウス様」
「ああ。それでオレリア……一つ聞いていいか?」
「なんでしょう?」
「ミランダは本当に、精霊王と契約しているのか?」
クラウスの言葉に、ミランダは笑みを浮かべながらもイラっとする。
今、そのことで腹が立っているというのに。
ただ上級クラスの周りの生徒達からも聞き耳を立てられているので、ここで変な対応をするわけにはいかない。
「ええ、そのようです。先日の結婚披露式で、人型の精霊を出していました」
「まさか、噂は本当だったのか……!」
周りもオレリアの言葉を聞いて騒めき出す。
結婚披露式に呼ばれているのは学生の中で、親族のオレリアだけのようだった。
カポネ伯爵家の次期当主のクラウスも、呼ばれていなかったのだ。
「クラウス様はどなたから聞いたのですか?」
「僕は……父上から聞いたよ」
周りが騒めいているのを確認してから、クラウスはオレリアの隣に座って小声で話す。
「結婚披露式に呼ばれなかった伯爵家は、王都でカポネ家だけだったらしくて。理由はもちろん、ミランダにあると思うんだけど」
「おそらくそうかもしれません。ミランダはクラウス様を苦手としていましたから」
「そのお陰で父上には激怒されたよ。本当に最悪だ。ミランダも自分勝手なつまらない感情で、よくも僕に恥をかかせて……!」
優しげな顔立ちのクラウスだが、今はミランダに対して憎しみの表情を浮かべている。
だがクラウスとは比べ物にならないくらい、ミランダを恨んでいるのはオレリアだろう。
「そういえばオレリア、聞いたか?」
「何をでしょうか?」
「今日は王都の精霊の守り人が何人も来て、実技訓練を見てくれるってのは知っているだろう?」
「ええ、もちろん」
一週間前くらいから告知されていたことだ。
上級クラスは時々、王都の精霊の守り人から訓練を受けることがある。
今回はいきなり決まったことだが、上級クラスの生徒達は将来就きたい守り人達から受ける指導を楽しみにしている。
「その実技訓練だが、下級から上級クラスまで合わせての合同訓練をするみたいなんだ」
「合同訓練?」
「ああ、こんなこと初めてだろう?」
「そうですね」
今までは守り人から教わるのは、上級クラスだけの特権だった。
しかし今回は、下級、中級、上級クラスの合同訓練らしい。
「なぜいきなり合同訓練になったんですか?」
「さあ、わからない。だがもう決定していることのようだ」
何かしら理由がありそうだが、その理由は誰も知らないとのこと。
そこでクラウスとの会話は終わり、合同訓練のために移動を始めた。
学校で一番大きな訓練場に生徒が集められる。
生徒は一学年で百人程度、今は三年生だけ集められているようだ。
オレリアは訓練場に着くと、すぐにミランダを見つけた。
彼女は楽しそうにいつも一緒にいるアイナという平民と話している様子。
それを見てオレリアは表情には出さないが、心の中でさらに怒りが募る。
(私が苦労しているのに、無能なお姉様が笑ってるんじゃないわよ……!)
いつもそうだ。
オレリアや両親がミランダを貶そうが、いつもすました顔をしている。
最初は強がっていると思っていたが、何を言っても効いていないというような態度をしている。
それでも多少は効いていると思って、家でミランダを罵ってきた。
しかしもうミランダは家にいないし、家では両親が怒っていて落ち着かない。
学校では優等生のように振る舞っているから、どこにもストレスのはけ口がない。
それなのに、自分より無能だと思っていたミランダは何も気にせず笑っている。
怒りが溜まるのは当然だろう。
そんなことを考えながら訓練場でしばらく待っていると、精霊の守り人が訓練場に入ってきた。
「今日は多くないか?」
「全クラスの合同訓練だから?」
精霊の守り人の人数を見て、上級クラスの生徒達が口々にそう言った。
いつもは多くても三人なのに、今日は数十人もいる。
さらには……。
「えっ、ルカンディ様!?」
「きゃー!」
精霊の守り人の総司令、ルカンディも来ていた。
さすがに精霊魔法学校だとは言っても、総司令のルカンディが授業にやってきたことは一度もない。
生徒達は興奮しているが、オレリアはいったい何が始まるのかと不安に思っていた。
精霊の守り人は綺麗に整列し、その前にルカンディが出て話し始める。
「これより、試験を始める」
その第一声で、生徒全員が騒めき出す。
抜き打ちの試験なんて、聞いてないからだ。
ルカンディが制するように手を挙げると、騒めきは静まり始める。
「精霊魔法学校では、主に実技によってクラス分けが決まる。しかしここ最近、実力ではなく身分によって分かれていることがあると聞いた」
確かに今、クラス分けは身分によって分かれているところはある。
ミランダは実力で上級クラスに入っていてトップの成績を保っているが、上級クラスには中級精霊と契約して実力が見合ってない者が何人かいる。
「これでは精霊魔法学校の意義がなくなると思い、精霊の守り人である我々が試験を審査することになった」
ルカンディの言葉に全員に緊張が走る。
オレリアは上級クラスに残れる確信はあるが、彼女の隣にいるクラウスは顔を引きつらせていた。
クラウスはルカンディが言った身分によって分かれている、という制度の恩恵を受けている生徒なのは間違いない。
今までは伯爵家の次期当主で、精霊魔法学校に支援金という賄賂をあげていたから、上級クラスにいた。
しかし今回は精霊の守り人が審査するから、賄賂は期待できない。
実力で上級クラスに残るしかないのだ。
オレリアにとっては、クラウスなんてどうでもいい。
今気になるのは、姉のミランダだ。
(お姉様がルカンディ様と結婚してから、ルカンディ様が精霊の守り人を連れて抜き打ちのクラス分け試験に来る? できすぎている……多分、お姉様が関係しているわ)
バレないように視線だけミランダのほうを見ると、全然驚いている様子はない。
隣にいるアイナという女性は慌てているみたいだが。
(まあいいわ。私は上級クラスに余裕で残れる。お姉様も精霊王と契約しているから、実力をもう隠さないのなら上がってくることは確定ね)
それはいい。
だけど、無能な姉と見下していた相手に負けるのは癪だ。
(精霊王が何よ。私は精霊魔法学校で三年間トップの成績を維持してきたのよ)
最上級精霊と契約したので努力をせずとも学校でトップになった。
授業で多少訓練をすれば、オレリアは学校内でずっとトップの成績だった。
(精霊王といっても、ずっと力を抑えてきたんでしょ? 力の使い方も十分にわかっていないはず。十二歳から最上級精霊の魔法を使ってきた私の敵じゃないわ)
そう考えてから、結婚披露式でミランダが契約している精霊王のシルフに殺気を当てられたことを思い出す。
精霊王の逸話は数多くあり、精霊王と契約した者が国を一つ二つ滅ぼしたという話は有名である。
ぶるっと身震いが起きるが、違うと否定する。
(あれは精霊王の力であって、お姉様の力じゃない。お姉様が精霊王の力を十分に使えないなら、今回の試験で負けることはないわ)
そう心の中で思い込み、キッとミランダを睨む。
(絶対に負けないわ……!)
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