第20話 モンテス家の苛立ち
マクシミリアン公爵家の結婚披露式、その日の夜。
「くそっ! どうしてこんなことになったんだ!?」
モンテス男爵家の当主が、執務室で怒鳴りながら机をたたいた。
モンテス家の出涸らしと呼ばれていたミランダが、マクシミリアン公爵家に嫁いだ。
あの無能がいきなり最上級の玉の輿で嫁いでいったので、モンテス家としては惰性で育てていた娘が大金を運んできたかのような幸運だった。
喜ばしいこと、のはずだった。
しかし、実際は全く逆だった。
マクシミリアン公爵家に娘を送り出したのに、あちらからは全く連絡がない。
もうすでにモンテス男爵は他の貴族達に「うちは今後マクシミリアン公爵家と懇意になっていくだろう」ということを広めてしまっていた。
娘が嫁いだのだから、そうなって当たり前なのに。
なのに全く連絡もなく、こちらから連絡をしても無視をされる。
結婚披露式の招待状が届いたと思えば、家族だというのに特別扱いをされることもなく普通の参加者の中に紛れるようなことになった。
「あの無能、私達が育てた恩を忘れて、なんてことを……!」
男爵夫人も爪を噛むようにして、出涸らしの娘に恨み事を言う。
それもこれも全部、ミランダが公爵家の当主となるルカンディ様に余計なことを言ったからだ。
モンテス家夫妻としては、確かに多少はミランダを雑に扱ったと思っている。
しかしそれはミランダが無能だったからで、仕方のないこと。
それにミランダは、両親である自分達に最大の隠し事をしていた。
「あいつ、精霊王と契約していることを隠していたのか!?」
「本当よ! なんでそんなことを……!」
――モンテス家夫妻は、自分達がミランダにしてきたことを省みることはない。
そんなことをするくらいなら、もうとっくに事態がどうなっていくかに気づいているだろう。
ただ今は、無能だと思っていたミランダが金になる木だと気づいたのが遅かったと、後悔しているだけだ。
後悔とともに、ミランダへの怒りが募る。
「親である俺達に隠し事なんてしやがって……!」
「精霊王の力があれば、マクシミリアン公爵家に嫁ぐ前にいろいろと稼げたはずなのに!」
「その通りだ! オレリア、お前はミランダの力に気づかなかったのか!?」
夫妻が無様に怒り散らしている様子を、オレリアは部屋の隅で静かに見ていた。
父親の言葉に静かに首を振ってから答える。
「私にはわからなかった……わかりませんでした。契約をしたのは一年前、と言っていましたが、一年前からお姉様は実力が特に変わったようには見えませんでした」
いつもは敬語ではないが、両親を無駄に刺激しないように敬語にするオレリア。
彼女の言葉に父親が舌打ちをする。
「くそ、マクシミリアン公爵家と繋がったというのに、なぜこんなことに……」
「あなた、どうするの?」
モンテス家として一番に考えるのは、マクシミリアン公爵家との繋がりだ。
公爵家と繋がるには、ミランダとの関係を築かないといけない。
あんな無能のご機嫌を窺うようなことをしないといけない、ということは屈辱だが、背に腹は代えられない。
それにモンテス男爵家の当主である父親は、命令をすればいいだけだ。
「オレリア。明日から学校が始まるだろう。そこでミランダをこの家まで連れてこい」
「……わかりました」
「なんとしても連れてくるんだ。たとえ力づくでも、婚約者のクラウス様の力を借りてでも」
「――はい」
――オレリアはその命令に頷いて、父親の執務室を出た。
心の中では姉のミランダに怒りを抱きながら、自室まで早足で戻る。
(まさか、あの無能が精霊王と契約しているなんて……!)
全く気付かなった。
一年前だとしても、その前からだとしても、わからなかった。
つまりあの無能な姉は、自分達に嘘をつき続けていた。
最上級精霊と契約して、精霊魔法学校でトップの成績を修め続けているオレリアを、舐めていたということだ。
(お姉様はずっと私の下じゃないといけないのよ。それなのに精霊王と契約している? しかも結婚する相手もクラウス様よりも格上のルカンディ様で……!)
今まで勝ち誇っていたところが、全て覆されたような気分だ。
いや、実際にそうなのだろう。
容姿に関しては、髪色はオレリアのほうが綺麗だと自負している。
しかし顔立ちは双子なのでそこまで相違ない。
世間体的にも今はまだオレリアのほうが上だろうが、それもいつひっくり返されるのか。
いや、ミランダはもうすでにマクシミリアン公爵夫人で、ひっくり返されているのかもしれない。
大人の社交界では、おそらく評価は変わっている。
それはすぐに精霊魔法学校でも――。
「それだけは、許さないわ……私があそこでトップになるために、どれだけ周りを唆したと思っているの。どれだけクラウス様を従順にさせるために時間を割いたと思っているの」
無能な姉に、立場を逆転されるのは絶対に嫌だ。
今のままでは、どちらが出涸らしなのかわかったものじゃない。
「ミランダお姉様……絶対に落としてやるから――」
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