第19話 初夜?
その日の夜、私はベッドで寝転がっていた。
「つかれたぁ……」
もう本当にここ一週間は激動の日々だった。
数週間前までは考えられなかった出来事の繰り返しだ。
でもやり切った……明日からはまた学校が始まるけど。
お義母様にずっと指導され続けた一週間よりかは、落ち着いて過ごせるはずだ。
ベッドに身体を預けて休んでいると、部屋のドアにノックが響いた。
適当に返事をすると、ルカ様が入ってきた。
「ミランダ、大丈夫か?」
「大丈夫そうに見える?」
「数日前よりかは大丈夫そうに見えるが」
「確かにお義母様との特訓が厳しかった時よりかは大丈夫だけど」
前までは身体的に疲れが溜まっていたけど、今日は精神的に疲れた。
男爵家の令嬢だったら絶対に絡まないような人達に話しかけられ、好奇の目を向けられ、見定めるような視線にさらされ続けた。
お義母様との特訓がなければ、いろいろとボロを出していたのだろう。
そう思うとあの一週間の特訓は無駄じゃなかった。
でも厳しすぎたし疲れたけど。
私が寝転がっているベッドの縁に、ルカ様が腰かけた。
「これでしばらくは落ち着くだろう。だがすぐにミランダには、女主人としての仕事を覚えてもらわないといけなくなるが」
「うへえ……本当に私がやらないといけない?」
「ああ。お前が母上にアイナ嬢のことを頼んだのだから、その分はやってもらわなければ」
「それはそうね」
今後、アイナと一緒にいるためにお義母様に、それにルカ様にいろいろと頼んでいる。
契約結婚の条件の一つに、それを加えているから。
私があの子と一緒にいるためには、アイナの実力次第、というのもあるけど。
でも私は彼女を信じているから、大丈夫でしょ。
「さて。これで引き返せなくなったが、気持ちはどうだ?」
「そうね……」
私はマクシミリアン公爵夫人となった。
しかも精霊の守り人の総司令、ルカ様の妻だ。
もう覚悟は決まっていたことだけど、これから生活はがらりと変わるだろう。
まあ契約結婚なので、一年間だけだけど。
「別に、前から覚悟していたからどうってことはないわ」
「ふっ、そうか。お前は肝が据わっていていいな。だからこそ、俺はミランダを選んだんだが」
「嘘。ディーネ様が私しか許してくれなかったから、結婚したんでしょ」
「それもあるが、俺が気に入ったというのもあるぞ。まあディーネが気に入るということは、俺も気に入ることになる。俺とディーネは好きなものが同じだからな」
「それは光栄だわ」
「……後悔はないか?」
ルカ様の少し含みのある言葉に、私は身体を起こして彼の隣に座る。
彼の顔を見るといつも通り無表情なのだが、少し眉をひそめていた。
「なんでそんなこと聞くの?」
「いや、やはり少し強引だった気がしてな」
「えっ、いまさら?」
少しどころか、めちゃくちゃ強引だった気がするけど。
特に学校に私を送り届けて、周りに姿を見せて外堀を埋めたところとか。
「俺も少し焦っていてな。二十五歳になっても結婚できる相手がいなかった。それでミランダが現れて、逃したくないと思ったんだ」
「マクシミリアン公爵家の当主ともなる人に見初められて幸運だったわ」
「全く思ってないだろ」
「どうかしら」
私の軽口に、重苦しい雰囲気だったルカ様はふっと笑う。
「ミランダのそういうところには救われているが、実際はどうだ?」
「後悔しているかって?」
「ああ。もちろん今後、俺はミランダの夫としてお前を幸せにするつもりだ」
至近距離でそんなことを言われて、少し心臓が跳ねる。
真面目な顔をして言われると、慣れていないでドキッとしてしまう。
「後悔ね……もちろん、ある程度はしているわよ」
全くしていない、というのは嘘をつくことになる。
少なくとも、ルカ様と出会った裏道でのこと。
あそこを通らなければ、あそこで悪霊に出会わなければ、と何度かは思った。
「ルカ様と出会わなければ、私は半年後には辺境の村で悠々自適にアイナと一緒に暮らしていたかもしれないからね」
「……そうか」
「でも、これはこれで面白い人生になるかもって思っているわ」
私がシルフの存在を隠したまま暮らしていたら、見られないものがあった。
特に私の両親やオレリア、クラウス様の間抜け顔ね。
シルフが「モンテス家を出たら屋敷ごとあの家族を吹き飛ばす」と言っていたけど、それよりも今のほうが仕返しとしては強いだろう。
これからモンテス男爵家は「マクシミリアン公爵夫人と仲が悪い」ということで、多数の貴族から距離を置かれることだろう。
クラウス様はカポネ伯爵家の次期当主で安泰だと思っているだろう。
でも今回、マクシミリアン公爵家の結婚披露式にカポネ伯爵家を招待していない。
それが今後、社交界でどんな影響を及ぼすのか。
王族すら来るようなところに招待されなかったのだ、確実に社交界での地位は下がるだろう。
まだクラウス様は次期当主と言われているだけで、決まったわけじゃない。
年が近い弟が二人ほどいたから、まだ安心できないはず。
そんな中、クラウス様のせいでマクシミリアン公爵家の結婚披露式に招待されなかったのだ。
カポネ伯爵家の現当主は、クラウス様をお叱りになるだろう。
次期当主の座が危ぶまれるかもね。
モンテス家とクラウス様にやり返すなんて、私一人だったら考えていなかった。
シルフの力を使えば物理的にぶっ飛ばせるだろうけど、それをしたら犯罪者になって国を出ないといけなくなる。
だけどルカ様に嫁いだことによって、いろいろと問題なく仕返しができている。
積極的にやろうとは思わないけど、やはりスカッとするわね。
「これまでは目立たないために、モンテス家やクラウス様から離れるようにしてきた。でもここまできたら……来るなら来い、相手してやる! って感じね」
「……はははっ!」
私が拳を作って言ったら、ルカ様は声を上げて笑った。
ここまで笑っているのは、私がルカ様に「結婚して一生を添い遂げる相手に、外堀を埋めて脅してくるような人は嫌ですから」と言った以来じゃないだろうか。
また別に笑かそうと思って言ったことじゃないんだけど。
「そこまで笑う?」
「ふふふ……ああ、やはりミランダは面白いな」
「褒められている感じはしないけど」
「とても褒めてるさ。絶賛だ」
ほんとに褒めてくれているのかよくわからないけど。
でもルカ様が大笑いした顔はなんだか可愛らしくて好きだ。
「ミランダが後悔していないのならよかった」
「ええ、今はね」
「今は?」
「もちろん。今は後悔していないけど、これからの生活やルカ様の態度で後悔する可能性は十分にあるわ」
「……なるほど、確かにな」
一応新婚なわけで、しかもルカ様は私と結婚したことによってようやく公爵家当主となった。
今はまだ私のことを大切に扱ってくれている。
でもこれから先、どうなるのかはわからない。
まだルカ様と出会ってから数週間しか経っていないので、知らないところもたくさんあるだろう。
彼の悪いところも見えて嫌になったり、逆に彼が私のことを嫌になる可能性もある。
だけどそんな心配を言っていたらきりがないので、後悔しないように過ごしていくしかない。
だから――。
「私がルカ様と結婚したことを間違いだった、なんて思わせないでほしいわね」
彼を挑発するような笑みを浮かべてそう言った。
ルカ様はまた目を見開いて驚いたような表情を見せた後、ふっと笑う。
「ああ、そうだな。努力しよう」
「ええ、お願いね」
「――ミランダ」
「なに――」
瞬間、言葉が続かなかった。
物理的に、口を塞がれたから。
ルカ様の端整な顔立ちが目の前に来ていて、彼の瞼は閉じられている。
でも私は突然のことで目を見開いていて、唇には柔らかい感触が。
「……えっ」
ルカ様の顔が離れて、ようやく何をされたのかを脳が理解して、声が漏れた。
え、いま、キス……。
「ふっ、どうした。今までで一番、呆けた顔をしているが」
「な、な……! なんで、いきなり!」
私は顔を真っ赤にしながら、彼から離れるように後退りながら大声を上げた。
まさか、いきなりキ、キスされるなんて……!
「新婚の夫婦が寝室で二人きり、つまり初夜。キスをしても何の問題もないだろう?」
「なっ!?」
た、確かに状況だけ見るとそうだけど。
でも私達は一年の契約結婚で、本物の夫婦というわけではない。
そういうスキンシップはしないものだと思っていた。
「ふ、夫婦だからといって、絶対にするわけじゃないでしょ! それに私達は契約結婚だし!」
「契約結婚でもしてはいけない、なんて決まりはないだろう」
「そ、そりゃそうだけど」
「それに、俺はミランダを愛おしいと思ったんだ。そうじゃないとキスなんてしない」
「っ……」
な、なにその口説き文句……!
しかもとても真面目な顔で目を見て言ってくるから、心臓が破裂するんじゃないかというくらい脈を打っている。
こ、これはいろいろとまずい。
心の準備が全くできていない。
「ミランダ」
「う……うわぁぁぁ!」
「うぷっ……!」
私は恥ずかしくなって、手元にあった枕をルカ様の顔に投げつけた。
彼の顔が枕で見えなくなったところで、シルフを呼んだ。
「シルフ!」
「ふぁ……なに、私寝ていたんだけど」
「ごめんね! だけど緊急事態だから!」
「寝室でしょ? そんな緊急なこと……ルカは顔が枕になったの? それは緊急事態ね」
「そんなわけないだろ」
シルフの寝ぼけた言葉に、ルカ様が枕を退かしながら答える。
結構な強さで投げつけたけど、枕なのでダメージは特にないようだ。
「こ、これ以上するなら、シルフの力を使って攻撃するから!」
「待て、それはやめろ」
「あら、楽しそうね。ルカが相手だったら、私も多少本気を出しても大丈夫でしょ」
「そうなったら俺もディーネの力で防がないといけないだろ。最悪、屋敷が吹っ飛ぶ」
「じゃ、じゃあもう部屋に戻って! 私はもう眠いんだから!」
「わかったわかった。今日は疲れているものな」
今日は、じゃなくてこれからもやめてほしいんだけど。
ルカ様は苦笑をしながら立ち上がり、部屋から出て行こうとする。
「では、これからよろしく。俺の妻、ミランダよ」
「よろしく、と言いたいところだけど、先行き不安だわ」
「そうか? 俺は楽しみだが」
「後悔させないように、って言ったのに……いきなりあんなことをしたんだから」
「俺はしたことを後悔していないが、ミランダはしたのか?」
「っ……い、いいから部屋を出て行って!」
されたことを思い出したけど、胸が高鳴って嫌悪感は全くなかった。
でもだからされてもいい、というわけでもないでしょ。
「しょうがないな。おやすみ、ミランダ」
「……おやすみなさい、ルカ様」
ルカ様は口角を上げて優しく微笑んでから、部屋を出て行った。
今の笑みも胸が高鳴った気がするけど、勘違いだと無理やり自分を騙す。
さっきまで眠かったのに、眠気がどこか行ってしまったわ……。
「ミランダ、また寝てもいい?」
「え、ええ。シルフ、ありがとう。おやすみなさい」
「おやすみ」
シルフも消えてから、私は明かりを消してベッドに入り込む。
いつもよりも寝つきが悪い夜だった。
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