第18話 披露式で親友と


「ルカ様、迷惑をかけたわね」

「お前にされたわけじゃないから、問題ないな」

「そうだけど、あれでも一応家族だから」

「家族だとは思っていなかったのではないか?」

「もちろん思ってないけど、戸籍上はそうだから。いつか縁を切ってやりたいと思っていたけど」

「それなら俺がやってやろう。王太子に頼めばすぐにできるだろう」

「えっ、そんなことできるの?」

「もちろんだ。すぐにはできないが、数カ月で縁を切れるだろう」


 モンテス家と縁を切るためにはどうするかというのは、昔から少し悩んでいた。


 辺境の村に行ったとしても、私はモンテス家で縁が切れたわけじゃない。

 一番いいのはモンテス家側から縁を切られることだが、この国の法律的によほどのことがない限りそれは難しい。


 だから完全にモンテス家と縁を切ることは難しいかも、と思っていたけど。

 まさかルカ様に頼めば一発だなんて。


「それなら頼んでもいい?」

「もちろんいいが、貸し一な」

「うっ、金は出せないわよ」

「金なんていらない。いつか何かあった時に、ミランダには貸しを作っておいたほうが役に立つだろうな」

「……そう言われると、お金を払えって言われたほうがマシな気がするわね」


 これで正式に公爵家の当主になったルカ様に貸しを作るのは少し怖い。

 でも彼ならそこまで非道な頼みをしてこないだろうし、何にしてもモンテス家と縁が切れるというのは大きい。


「まあこの話はあとでにするか」

「ええ、そうね」


 今はまだ結婚披露式の真っ最中だ。

 そろそろ参加していただいた貴族全員との挨拶が終わる。


 だけど貴族以外に一人、私が招待している人がいる。


「お、お二人様、ご結婚おめでとうございます! このありがたく晴れ舞台にご招待いただき、まことにまことにありがとうございます!」

「……何を言ってるの、アイナ」


 私が招待したのは、もちろん親友のアイナ。

 アイナは貴族ではないから普通はこういう場には招待されないけど、私は絶対に招待したかった。


 別に貴族じゃないと来ちゃいけない、なんていう決まりはない。


 だけどアイナは見るからに緊張をしていた。


「そ、そりゃそうでしょ、ミランダちゃん。私、こんな大きくて豪華なところに来たことないし、こんなドレスも着たことないし……!」

「私も初めてよ」


 社交界には何度か出たことはあるが、モンテス家が出涸らしである私をほとんど社交界に連れていくことはない。


「じゃあなんでミランダちゃんはそんな堂々としているの!?」

「ほら、私が一週間も学校を休んだからよ」

「休んだら緊張しなくなるの? 堂々とできるようになるの?」


 アイナは私が一週間休んで、何をしたのかを知らない。

 今、彼女の隣に立っているルカ様のお義母様と、私が特訓したことを。


「お義母様。アイナと一緒にいてくれてありがとうございます」

「ミランダさん。感謝には及ばないわ、私も彼女と一緒にいて楽しかったです。なんだか孫ができたような気がして」

「ミケラ様ってとても優しいの! 私もおばあちゃんがいたらこんな感じかも、って思ってた!」

「まあ、嬉しいことを」


 ……なんか想像以上に仲良くなっていてよかった。

 意外とミケラ様って若い子に甘いわよね、私の時もそうだったけど。


「は、初めまして、ルカンディ様。私、アイナ・ミラグロスと申します!」

「ああ、ミランダから聞いている。君はミランダの唯一の親友だと」

「し、親友だなんて。えへへ……」

「今後も俺の妻をよろしく頼む」

「はい! もちろんです!」


 ルカ様に挨拶をしたアイナは、私の隣で浮いているシルフをキラキラとした目で見上げる。


「こ、この方が精霊王様……」

「シルフよ。私はアイナのことはもちろん知っているけど、改めてよろしくね」

「はい、よろしくお願いします、シルフ様!」

「あなたは私のことを呼び捨てでいいわ、アイナ」

「えっ、そんな、恐れ多いですよ」

「私はアイナのこと好きだから、問題ないわ」


 私の中でアイナのことをずっと見ていたシルフ。

 シルフは彼女のことをとても評価していて、いつか話したいと思っていたようだ。


 今、シルフはアイナと穏やかな笑みを浮かべながら喋っている。


「ね、アイナ。他人行儀なのはつまらないわ」

「えっと……じゃあ、シルフちゃんって呼んでもいい?」

「ふふっ、もちろんよ」

「やった! シルフちゃん、よろしく!」

「ええ」


 まさかシルフがちゃん付けを許すとは。

 ルカ様ですらシルフのことを様付けで呼んでいるのに。


 でもアイナだから、それも納得だ。


 そういえば、アイナのことでお義母様に頼みたいことがあった。


「お義母様、アイナにも貴族令嬢としてのマナーを叩きこんでくれますか?」

「えっ、私に?」

「ええ。あなたも今後、このような社交会に出る機会が増えるかもしれないしね」

「私、平民だよ? ミランダちゃんが招待してくれたら参加するかもしれないけど……」


 気まずそうな笑みをしながら遠慮をするアイナ。

 今日もおそらく、お義母様が隣にいながらも場違いだと感じていたのだろう。


 参加者達にも白い目で見られたはず。


 でも、今後は彼女が平民だからといってマナーを覚えないわけにはいかない。


 私の親友で、今後……平民じゃなくなる可能性もあるのだから。


「社交界のマナーとかは覚えておいて損はないわ。だからアイナも覚えましょう。ええ、絶対に覚えてね」

「な、なんか怖いよ、ミランダちゃん」

「私は怖くないわ。お義母様、お願いできますか?」

「ええ、もちろんです。アイナさん、学校が終わった後でもいいので、公爵家の別家に来てください。私が教えて差し上げます」

「お、お手柔らかにお願いしますね、ミケラ様」

「いえ、厳しくいきます」


 よし、これでアイナも私と同じ目に……じゃなかった。

 アイナが振る舞いで舐められるようなことはなくなるだろう。


 私は一週間みっちりやったけど、学校終わりの時間だったら一カ月以上はかかるだろうけど。


 頑張って、アイナ。差し入れも持って行ってあげるから。


「悪い笑みをしているぞ、ミランダ」

「ルカ様、これは親友を想って浮かべる優しい笑みよ」

「それにしては邪悪だったが」

「邪悪だなんて。まるで私が悪魔のようね」


 久しぶりに作り笑みじゃない笑顔なのに、邪悪だなんて言われてしまったわ。

 まあ自分でも自覚していたけど。


 その後、結婚披露式は何事もなく終わり、私はマクシミリアン公爵家の夫人として社交界に知れ渡ったのだった。


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