第17話 モンテス家との会話



 乾杯の合図とともに、また会場中が騒めき出して人々が話し合う声が聞こえる。


 私とルカ様は今いる場所から特に動くことはない。


 会場中の人達が私達に挨拶をしに来るからだ。


「ルカンディ様、ミランダ様。ご結婚おめでとうございます」

「ああ、ありがとう」

「ありがとうございます」

「まさかルカンディ様が精霊魔法学校の生徒と結婚なさったと聞いて驚きましたが、精霊王のシルフ様の契約者と聞いて納得しましたよ――」


 乾杯から数十分間、挨拶しに来る貴族の人達と話し続ける。


 しばらく雑談をしたら、また次の人に代わり、それを繰り返していく。


 ルカ様と関わりが深い人とは結構長く喋るし、逆にあまりない貴族は短い。


 多くの人はルカ様と長く喋ろうとしている。

 マクシミリアン公爵家の当主となるルカ様と繋がっていると、周りに見せたいのだろう。


 ここにいる貴族達が全員、ルカ様と誰がどれだけ仲が良いのかを遠目から観察しているだろう。


 ……めちゃくちゃ疲れた。

 ずっと顔に笑顔を張り付けていないといけないし。


 ルカ様はいいわね、こういう時も無表情でいいみたいだから。


 てかそれなら私も無表情でいいんじゃないの?


 ……いや、お義母様に怒られそうだからやめよう。


 そんなことを考えながら流れ作業のように挨拶をしていた。


 さすがに最初に国王夫妻や王太子が挨拶しに来たのはビックリしたけど。

 普通に王族も来ているのね、さすがマクシミリアン公爵家の結婚披露式ね。


 最初に一番緊張する人達が来るのはやめてほしかったけど。


 結構な人数をやってきた中で、最後のほうになってようやくモンテス男爵家の番が来たようだ。


「ルカンディ様、うちの娘と結婚していただいてありがとうございます!」

「ありがとうございます、ルカンディ様!」

「ああ」


 両親の媚びるような笑みと態度にルカ様が一瞬だけ眉をひそめてから、適当に返事をした。


「ルカンディ様、お姉様。ご結婚おめでとうございます」

「ありがとう、オレリア。あとが詰まっているから、もう退いていいわよ」

「えっ」


 私の言葉に作り笑顔を浮かべていたオレリアが、目を見開いた。


 ただでさえ疲れているのだから、疲れる人達と絡みたくはない。


「お父様とお母様も、もういいですよ」

「な、何を言っているんだ、お前は」

「そうよ、ルカンディ様とお話ししたいことが……」

「いや、私はないから問題ない。戻っていただいて結構だ」


 ルカ様も私に合わせてくれて、モンテス家との話を打ち切ろうとする。


 両親はルカ様と仲良いところを周りに見せたかっただろうから、焦り始める。


「い、いや、ルカンディ様。私達は娘とぜひ話したいと思っているので、それは……」

「ほう? 娘が結婚したというのにおめでとう一つ言っていないのにか?」

「っ、こ、これから言おうとしていたんですよ。おめでとう、ミランダ」

「お、おめでとう、ミランダ。さすが私達の娘よ」

「形だけのお祝いなんていらないけど」

「っ、お前、親になんて言い草だ!」


 私が視線も合わせず生意気なことを言ったから、モンテス家で怒るようにお父様がそう言った。


 だが……。


「おい、モンテス男爵。マクシミリアン公爵夫人に、暴言を吐いたのか?」

「っ! ル、ルカンディ様……!」


 ルカ様の言葉にお父様が冷や汗を流す。

 いつまでも使えない無能な娘だと思わないことだ。


 もう私は公爵夫人なのだから、たとえ父親でも暴言を吐くことは許されない。


「い、今のは違います。その、うちの家の躾というか……」

「躾? そうか、そちらの家では娘に暴言を吐くことを躾と言うのか」

「ち、違いますよ、ルカンディ様。今のはうちの娘が父親である私に暴言を吐いたので……」


 両親が焦って言い訳をしているが、そんなので弁解できるわけがない。


 ルカ様、それにディーネ様はモンテス家をもうすでに嫌っているから。


「モンテス男爵、夫人。お前達がミランダを迫害していたことを知っている」

「なっ……!」


 ルカ様の言葉に両親は目を見開き、私のことを睨んでくる。


「お前、ルカンディ様に迫害だなんてことを……!」

「育てた恩を忘れたの!?」


 はぁ?

 育てた恩って何?


 衣食住を確保してくれていたのはありがたいかもしれないけど。


 それで恩を感じろと言われても、それ以上に私を出涸らしだと言って無視したり暴言を吐かれたことのほうが大きい。


 むしろそれらを今やり返さないことに感謝してほしいくらいだ。


「そんな恩なんて全くないから」

「この……!」

「ねえ、もううるさいから黙って」


 お父様が何かを言おうとしたタイミングで、シルフが睨んで圧をかける。


 その圧にお父様は黙り込み、お母様は小さく悲鳴を上げた。


「さっきから聞いてれば、私の契約者を馬鹿にして。もうこっちも我慢の限界なんだけど?」

「っ、くっ……!」

「ひっ……!」


 さっきの令嬢にかけた圧よりも強く、最上級精霊と契約しているオレリアですら少し震えている。


 十三歳から私のことを見てきたシルフ。

 シルフもモンテス家のことはもちろん嫌いだし、今まで私への暴言などを聞いていて怒ってくれていた。


 その時に毎回我慢させてしまっていたので、溜まっている感情はあるのだろう。


 ただその圧が強すぎて、モンテス家以外の人達にも影響が及ぼしている。


「シルフ、少し抑えて。周りの人も怖がっているから」

「……ふん」


 私が言うと、シルフはしぶしぶと圧を抑えてくれた。

 だけどまだ出ているので、両親は怖気づいたままだ。


「ほら、もういいでしょ? 一応家族だから披露式には呼んだけど、本当は呼びたくなかったんだから」

「その、私からいいでしょうか」


 おそるおそるといった感じで、オレリアが話を切り出した。


「お姉様はいつ、精霊王のシルフと契約したのですか?」


 その質問をした瞬間、またシルフから殺気が溢れた。


「あんたに呼び捨てで呼ばれる筋合いはないんだけど」

「っ……し、失礼いたしました、シルフ様」


 今日一番の圧に、オレリアはがくがくと震えながら頭を下げた。

 シルフはモンテス家の中でもオレリアのことが一番嫌いだ。


 オレリアは家だけじゃなく、学校でも私に対して鬱陶しいことをいろいろとしてきたから。


 時々、本当に怒りすぎて力を隠しきれずにバレそうになっていたしね。


 オレリアが謝ったことによりシルフの殺気は抑えられた。


 でも彼女は足が震えていて立っているのもやっとという感じだ。


「それで、私がいつシルフと契約したかだって?」

「え、ええ……そうです」


 私の言葉に青ざめた顔で頷くオレリア。

 さて、この質問は必ずされるとは思っていた。


 でもすでにルカ様と口裏を合わせているから問題はない。


「一年前よ」


 五年前から、という事実はさすがに隠す。


 期間が長すぎるから精霊隠しの罪にかけられる可能性が高いし、ルカ様と話してそのくらいがいいんじゃないかという話だ。


「い、一年前ですか? そんなに前なら、なぜ私達家族が知らないのですか? そもそも、一度下級精霊と契約してから、精霊王と契約できるものなのですか?」


 そもそも下級精霊と契約なんかしていないんだけどね。

 言わないけど。


「契約できているんだから、できるのよ。それと、なぜ言わなかったって?」

「そ、そうだぞ。私達も知っていれば、もっとお前を……」

「私を、なに?」


 お父様の言葉に被せるように問いかける。


「私を見下さなかった? 私を罵らなかった? 私を家族として見てくれた?」


 自分で言っていて笑えてきてしまう。


「ずっと私のことを家族として扱っていなかったのに、そんなことされても気味が悪いだけよ」

「お前、ルカンディ様の前でなんということを……!」

「私は本当のことを言っているだけよ、お父様。それにもうルカンディ様も知っていることだしね」

「ル、ルカンディ様、娘から何を聞いているのかわかりませんが、そいつが言っていることは全部嘘でして……!」

「そ、そうです。ルカンディ様、そんなミランダの言うことを信じる必要は……!」


 お父様とお母様が苦笑いをしながら、ルカ様に言い訳をしようとしているが。

 ルカ様がそんな戯言を信じるわけもなく。


「不愉快な口を閉じろ、モンテス夫妻」

「っ……」

「これ以上ここで騒ぐようなら、強制退出を命じる。このような場でそんな無様な姿をさらしたくないだろう」

「……は、はい。申し訳ありません、でした」


 お父様はさすがに分が悪いと思ったのか、深く頭を下げてから引き下がる。


 お母様とオレリアもそれに続いて下がるが、私のことを一睨みしてきた。


 あのくらいの睨みなんて、可愛いものだけど。


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