第16話 結婚披露式



 今日はついに、結婚披露式の日だ。


「長かったようで、短かったわね……」


 私はこの一週間、地獄にいた。

 私がマクシミリアン公爵家の女主人となるために、お義母様が付きっ切りで指導してくれた。


 お義母様はとても厳しく、私の少しのミスを見逃さなかった。


 それを全部一つずつ直していき、また新しいものを学んで、さらに洗練させていく。


 貴族らしい振る舞いって、大変だったのね。


 初めて貴族令嬢や、妹のオレリアをすごいと思ったかもしれない。

 私はため息をつきながらも、お義母様に習ったことを思い出しながら歩く。


 背筋を伸ばし歩幅は広すぎず狭すぎず、手の置き場所も意識して、指の先まで綺麗に見せる。


 歩くだけでも気を遣わないといけないものが多いというのも初めて知った。


 そんなことを考えながら、私は結婚披露式の会場の廊下を歩いていた。


 やはりマクシミリアン公爵家の当主となるルカ様の結婚披露式だから、会場はとても大きく豪華なところで開催される。


 会場にはすでに百人以上の貴族達が入場しているようだ。


 もちろん、私の両親と妹のオレリアも。

 会場に一番最後に入場するのは、主役の私とルカ様だ。


 私も白を基調としたドレスで、いかにも花嫁姿というようなドレスを着ている。


 こんなに綺麗で豪華なドレスを着たことはないけど、似合っているかしら?

 顔が良いルカ様の隣に立つのだから、少し不安だ。


 そう思いながら会場に入る扉の前に行くと、すでにルカ様が立っていた。

 いつも着ている服よりも明るい色、銀色のタキシードを着ている。


 華やかで着る人を選びそうなものだが、ルカ様だったら全く問題ない。


 むしろルカ様の魅力をさらに引き出すかのような服装だった。


 くっ、やっぱりカッコいいわね。


 ルカ様も私に気づいてこちらを見た。

 するとあまり変わらない表情が、少しだけ驚いたように目を見開いた。


「ルカ様、お待たせしたわ」

「……いや、問題ない」

「そこは全然待ってない、って言うところじゃないの?」

「ああ、そうかもしれないな。まあ十五分程度しか待ってない」

「結構待ってるじゃない。まあ女性のドレスの方が準備に時間かかるから許してね」

「もちろん。それに、待つ甲斐があったというものだ」


 ルカ様は軽く口角を上げて笑い、私の方に手を差し出した。


「とても似合っている。綺麗だ」

「っ……あ、ありがとう」

「ああ。所作も美しいし、傾国の美女にしか見えないな」

「それは褒めすぎじゃない?」

「俺にはそう見える。まさかそこまで化けるとは思っていなかったな。母上は厳しすぎると思ったが、よく頑張ったな」


 手放しに褒められてしまって、私は恥ずかしくてくすぐったい気持ちになる。

 ルカ様がお世辞を言わないというのはもう知っているから、だからこそ嬉しいし恥ずかしい。


「その……ルカ様も、とてもカッコいいと思うわ」

「ああ、ありがとう。今のミランダの隣に立てるくらいには着飾っているからな」

「ふふっ、そうね。ギリギリ立てるくらいかも」

「ふっ、それならよかった」


 私とルカ様は会場の入り口の前で、そう言って笑い合った。


 ルカ様が差し出した手に、お義母様に習った所作で手を添えて隣に立つ。


 いつもは適当に差し出した手を取っていたけど、習った所作のほうが周りにとても綺麗にエスコートされているように見えるのだろう。


 ルカ様はいつも通りに手を差し出してくれる。

 つまりそれはいつも完璧なエスコートをしてくれていたということだろう。


 私が適当に手を置いても、様になるような所作だった。


 そう思うと、適当にやっていた私が恥ずかしくなってくる。


「ルカ様、よろしくね」

「ああ。よろしく、ミランダ」


 そうして、私達は入場した。



 会場はとても広く、扉から奥まで真っ赤な絨毯が敷かれている。


 その絨毯の上には誰一人いないが、その両側を貴族の方々が立っていた。


 百人以上の参加者、その全員が私とルカ様に視線を注ぐ。


 こんな大勢の人から注目されたのは初めてで、少し心臓が跳ねる。


 私とルカ様は赤い絨毯の上を歩く。

 会場の人達は私達に注目しているから、かすかに声が聞こえる。


「ルカンディ様の隣にいるのは、本当にモンテス家の出涸らしだ……」

「精霊魔法学校でも落ちこぼれなんだろう?」

「まさか本当に結婚するとは。ルカンディ様はなぜあんな無能を選んだのだ?」

「私のほうが絶対に相応しいのに……」


 そんな声が右から左から聞こえてくる。

 学校でもこんな声をいっぱい聞くことは多かったから慣れているけど。


 だけどこんな大勢の大人達に注目されて言われたことはないので、少し気分が沈むような感覚だ。


 でも……。

 隣には、ルカ様がいる。


 私の手を取って、横を歩いている。


 それだけで周りの声なんか気にせず、気が強く保てるような気がするわね。


 ヒソヒソという話し声を無視して、私とルカ様は赤い絨毯を渡り切り、一番目立つ前の場所に立って振り向く。


 少しそこは高くなっているので、会場中の人達を見下ろせる。

 こうして見ると、本当に多いわね。


 あっ、見つけた。

 この会場の中に私の家族、両親と妹のオレリアが来ていた。


 私の家族ということもあって招待されているが、結構後ろのほうにいる。


 両親はなぜか誇らしそうな顔をしている。

 まあ自分の家からマクシミリアン公爵家に嫁ぐ娘が出たら、そりゃ嬉しいのかもしれないわね。


 でも私はモンテス家にその恩恵を何も与えるつもりはないけど。


 オレリアも作り笑顔を浮かべているけど、私を睨んでいるのがわかる。


 まあ、どうでもいいわね。


「この度は私の結婚披露式に来てくださったこと、感謝する」


 最初にルカンディ様が会場の貴族達に話し始める。


「俺の結婚相手を紹介する。ミランダ・モンテスだ」


 ルカ様にそう紹介されて、私は一歩前に出てお辞儀をする。

 お義母様と何度も何度も練習したお辞儀だ、失敗などするはずがない。


「ミランダ・モンテスです。マクシミリアン公爵家の女主人として相応しい女性になるために、今後も精進していきます。どうか皆様、よろしくお願いします」


 私がそう言って笑みを作ると、会場中から拍手が起こる。


 笑顔も練習させられたけど、引き攣ってなかったかしら。


 会場の貴族達も訝しげに私のことを見ているけど、とりあえず形として拍手はしてくれたようだ。


「まず、私の結婚相手がミランダだということに疑問を持つ者が多いだろう」


 ルカ様の言葉に、会場にいる貴族達の三割程度がビクッと震えるのが見えた。

 反応を見せたのは三割程度だけど、おそらく全員が疑問に思っているのだろう。


「私が結婚相手を探していたのは周知の事実。だが相手が見つからなかったのは、精霊王のウンディーネが認める相手がいなかったからだ」


 ルカ様がそう言うと、彼の隣にディーネ様が姿を現した。

 すると会場が少しだけ騒めいて、全員がディーネ様に注目する。


 やはり精霊王が現れると空気が変わるわね。


「ええ、この国には私が認めるような精霊魔法使いはいませんでしたから」


 その言葉に、会場にいる令嬢達が残念そうに顔を歪めるのが見えた。


 精霊魔法使いなのかどうかもわからないが、ルカ様を狙っていたのだろうか。


「ですが、ミランダさんはルカ様に相応しい。なので私は結婚を許しました」


 ディーネ様の言葉に、会場中の貴族が大きく騒めいた。

 そりゃそうだろう、最上級精霊じゃないと結婚を許さないと言っていたのだから。


「は、発言をお許しください! ウンディーネ様、それはなぜですか?」


 私達から近い位置にいる一人の令嬢がそう問いかけた。


「モンテス家のミランダ嬢は、まだ精霊学校に通う未熟な生徒です。それに下級クラスの生徒で、下級精霊と契約していると聞きます。なぜそんな令嬢とルカンディ様が釣り合うのですか?」

「その通りです!」

「そんな無能をなぜ!?」


 令嬢の言葉に続くように抗議の声が出てくる。主に令嬢から。


 わかっていたけど、私は望まれていない結婚相手のようね。


 会場中の人達が理由を求めている中、ルカ様が静止を促すために手を前に出した。


「その疑問はわかる。だから、理由は見るのが早いだろう」


 ルカ様がそう言って私のほうを見てきたので、頷いた。

 こうなることはわかっていたから、もう覚悟している。


「シルフ、出て」

『はーい』


 私の横に緑の風を纏いながら、シルフが現れた。


 瞬間、会場中がまた大きく騒めいた。


「なっ!? ひ、人型の精霊……?」

「精霊に詳しくないんだけど、人型の精霊ってウンディーネ様しかいないんじゃ……」

「いや、ウンディーネ様だけじゃない。人型の精霊は、精霊王だけだ」

「えっ、じゃあ……」


 会場の全員が私とシルフを見てきたので、私は少し待ってから話す。


「私は、風の精霊王シルフと契約しております」

「精霊王のシルフでーす。よろしくね」

(ちょっとシルフ、真面目にやってよ)

『なんか真面目な雰囲気を壊したくて』


 シルフは会場の人達にウインクをしながら挨拶をした。


 私とシルフの頭の中での会話は他人には聞こえていないと思うが、会場の反応はすごかった。


「まさか、精霊王と契約した者がルカンディ様以外にいるなんて……!」

「風の精霊王なんて、記録上では百年前に一人契約したのが最後だろう?」

「精霊王と契約した二人が結婚をするということなのか。それはすごいな」


 さっきまでの私への侮蔑の視線などが一変して、尊敬や好奇心のような視線になった。


 うわぁ、なんかわかりやすくて少し引くわね。


 まあこうなることは想定していたけど。


「そ、その精霊王は本物なのでしょうか? ミランダ嬢が嘘をついたということは?」


 最初に疑問の声を上げた令嬢が、食い下がるようにそう言ってきた。


「なに? 私が本物じゃないって言うの?」


 シルフがその令嬢を睨むと、令嬢がビクッとした。

 シルフは結構な圧をかけたので、令嬢は顔を青くして震えている。


 令嬢の周りにいる人達も圧を感じたのか、彼女の周りを避けるように後退っていた。


「あ、いや、その……!」

「シルフ、やめてあげなさい」

「……ふん、わかってる。こんな晴れ舞台で暴れるようなことはしないわよ」


 シルフが圧をかけるのをやめて、令嬢はホッと一息ついた。


 彼女には申し訳ないけど、これで会場の人々にシルフが本物だと伝わっただろう。


「私は本物よ。ねえ、ディーネ」

「ええ、シルフは精霊王です。だからこそ、ルカとミランダさんの結婚を許しましたから」

「私もディーネと契約しているルカだから許してあげたわ」


 私は許されても結婚したいとは思わなかったんだけどね。

 さすがにそれをここでは言わないけど。


「これでわかっただろう。私が彼女と結婚した理由が」


 ルカ様がそう言うと、会場中の人達が納得したかのように軽く頷いた。


 それを見てルカ様も頷いてから、近くで待機させていた使用人からグラスを受け取る。


「面倒な挨拶は省略だ。全員、グラスは持っているな?」


 ルカ様がいつもの無表情でグラスを掲げると、全員が同じようにグラスを掲げる。


 私も使用人にグラスをもらって掲げる。

 精霊王のシルフとディーネ様もグラスを掲げていた。


「本日は楽しんでくれ。乾杯」


 その言葉と共に、結婚披露式が始まった。


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