第15話 ルカの仕事と安らぎ



 ミランダと正式に婚約を結んで、彼女が本家に来てから一週間が経った。


 俺は精霊の守り人の仕事で、現場に駆り出されている。

 総司令の俺が動くことはそうそうないが、悪霊が大量発生などをしたら現場に行くことがある。


 あと悪霊は墓地などに湧きやすいので、そこに強い悪霊が出ることがたまにある。


 その場合も俺が行くが、今回は悪霊の大量発生と強い悪霊、同時に発生したようだ。


「ここか」

「はい、総司令。よろしくお願いします」


 ある建物に悪霊が大量発生したと通報があり、俺が出向くことに。

 周りには部下が多くいて、建物を囲んで見張っていたようだ。


 そして建物の周りには、無駄に観客が大勢いる。


「ルカンディ様ぁ!」

「こっち見てー!」

「私も退治してー!」


 最後の奴は何を言っているのかよくわからんが。


 精霊の守り人は王都ではなぜか人気が高く、その中でも俺が総司令だからか王都での認知度が高い。


 だからこうして観客みたいな奴らが出てくるのだが……鬱陶しい。


 ただただ仕事の邪魔なので、俺は無視して建物の中に入る。


「冷たいのも最高です!」

「もっと冷たくしてー!」


 無視をしても喜ばれるようだから、もうどうしようもない。

 建物の中に入り邪魔者はいなくなったからか、ディーネが俺の隣に出てくる。


「ルカは本当に人気者ですね。契約者としては誇りに思いますが、人気すぎるのも考えものです」

「俺は別に人気なんか興味ないんだがな」

「私と契約しているのと、あとはその顔でしょう」

「顔は母上に似ていてよかったが、もう少し悪くてもよかったな」

「贅沢な悩みですね」


 そんな話をしながら、通路にいる悪霊を適当に退治していく。


「ディーネ」

「はいはい」


 弱い悪霊はディーネに頼み、彼女の水精霊魔法で倒していく。

 彼女の周りに複数の水滴が漂っていて、それが悪霊に向かって飛んでいく。


 悪霊は弱いと黒い靄みたいな感じで、特に形が定まっていない。


 建物のいたるところに浮かんでいるようにいるが、こいつらは弱い。


 問題は……一番奥の部屋にいる悪霊。


 そこに入ると、黒くて大きな狼のような形をした悪霊がいた。


 なるほど、強いな。

 ここまで形を作られていて、しかも大きい。


 数メートルはあるな、まさかここまで大きいとは思わなかったな。


 しかし、俺がやることは変わらない。


「ディーネ、力を貸してもらうぞ」

「はい、もちろんです」


 俺が前に出した手の平に精気が集まり、水が浮かび上がる。


 特に大きくはない、手の平サイズの大きさの水球。


「『聖なる水、アクアショット』」


 瞬間、水球が高速で発射される。

 自分で放っておきながら、視認できないような速さだ。


 狼の悪霊の頭に当たり、弾け飛んだ。


 黒い靄があたりに散らばり、また集まって形作られる。


 しかし狼の形をしっかりと保つことができず、靄もかなり小さくなった。


「一発じゃ終わらなかったか」

「手加減しすぎですよ。もう少し強めじゃないと」

「建物に被害が出ないように威力を抑えたんだ。外だったらもう少し強めでやったんだが」


 精霊王と契約すれば、一国を滅ぼせるほどの力を持つ。

 だからこそ使い方が難しいし、手加減も難しい。


 だけど、ミランダはこの手加減をずっとやり続けたのか。


 十三歳で契約し、今までずっと下級精霊と契約したと思われるほどに。


 もしかしたら彼女のほうが、精霊魔法の制御には長けているかもしれないな。


 俺はそんなことを考えながらもう一度精霊魔法を放ち、悪霊を退治した。



 その後、俺は仕事を終えて本家へと帰った。


 はぁ、今日は無駄に疲れたな。


 悪霊退治は別に疲れるほどではなかったのだが、その後の観客という邪魔者の対応の方が面倒だった。


 俺の前を塞いで囲ってきて、よくわからないがサインなどを求めてきた。


『ルカンディ様、本当に結婚なさるんですか!?』

『私、ルカンディ様のために恋人をずっと作っていなかったのに!』

『私以外のどこの馬の骨と結婚するんですか!?』


 令嬢達に囲まれてそんなことを聞かれて、本当に鬱陶しかったな。


 無駄に人気が高く、本当に疲れる。

 ディーネの能力を使って吹き飛ばしてしまおうかと考えるほどだ。


 周りにいた部下達が対応してくれて、何とか抜け出したが。


 だから外に出る仕事は嫌いなんだ、特に貴族街でやると周りに令嬢が無駄に集まる。


 書類仕事をやっていたほうがいいな。


 本家の中に入って、使用人にミランダがどこにいるのかを聞く。


「ミランダ様は、ミケラ様とご一緒にいます」

「なるほど。じゃあいつもの部屋か」

「はい」


 ミランダは今日も母上にしごかれているようだな。

 俺は二人がいるという部屋へ向かうと、ちょうど母上が部屋から出てきた。


「母上」

「ルカ、お帰りなさい」

「ただいま帰りました。ミランダは?」

「部屋の中で休憩中です。そろそろ夕飯時なので、あとでまた成果を見てあげてください」

「わかりました。明日の披露式は問題なさそうですか?」

「ええ、学校を一週間も休ませてしまいましたが、彼女はしっかりやってくれました」


 明日には俺の結婚披露式があるのだ。


 そこで彼女には俺の結婚相手として相応しい振舞いをしてもらわないといけなかったので、一週間も家で母上と共に特訓してもらった。


 大変だっただろうが、ミランダはやり切ってくれたようだ。


 母上は少し書類仕事があるというので去っていった。


 ミランダが休んでいるという部屋に入ると、彼女の姿が一瞬確認できなかった。


 しかし床を見ると、彼女が倒れこんでいた。


「ミランダ、大丈夫か?」

「……ああ、ルカ様。大丈夫、よ」

「大丈夫じゃなさそうだが」


 白く燃え尽きているようだ。

 本当に大変だったようだな。


「明日が披露式だが、大丈夫か?」

「マナーや振舞いは大丈夫だとお義母様にお墨付きをもらったから、大丈夫よ。でも疲れがすごいわ……」

「だろうな。この後は夕食を取って寝るだけだろうから、ゆっくり休め」

「食事はお義母様と一緒に取るの?」

「いや、母上は別家で仕事をしているから、夕食は共にしない」

「それはよかった……いや、お義母様は嫌いじゃないんだけど、一緒に食事をすると神経を使うから」

「ああ、わかっている」


 母上にはミランダの成果を見てほしい、と言われたけど、今日の夕食くらいは気軽に食べてもらいたいものだ。


 明日になれば、どうせまた気を張らないといけないのだから。


「ほら、起きれるか?」

「起きれるけど、疲れたから動きたくないわ」

「寝るにしても床は固いだろ……ったく」


 俺はミランダに近づいてしゃがみ、彼女の肩と膝の裏を支えて持ち上げる。


「ちょ、なに?」

「じっとしてろ。部屋に連れて行ってやるから」

「許可なく女性を横抱きにしていいと思っているの?」

「妻を横抱きにするのに許可が必要なのか?」

「……いや、いるでしょ」

「……確かにそうか」


 妻だとしても許可なしで身体を触るのはダメかもしれないな。


「だがもう横抱きにしてしまっているし、妻に却下されていないから問題はないだろう」

「……まあ、別に嫌じゃないからね」


 ミランダは少し恥ずかしそうに顔を背けて目を瞑った。


 素直じゃない奴だ。


 俺は彼女を抱えたまま廊下を歩き、彼女の部屋に向かった。


 ドアを開けて部屋に入ろうとした時に、ミランダの顔を見ると……。


「んぅ……」

「ミランダ、寝ているのか?」


 さっき目を瞑って、そのまま眠ったのか?


 俺は彼女をベッドにゆっくり下ろす。

 全く起きる様子のないミランダ。


 ここまで疲れているとは思わなかったな。


 確かに母上は厳しかったが、こんなに無理をさせたのか?


「ん? これは……」


 ミランダの部屋にある机、その上には本がいくつも積んであった。


 母上との座学などの勉強は、書庫でやっていたはずだ。


 だからミランダの部屋に本があるのはおかしい。

 それに内容もマクシミリアン公爵家の歴史や、精霊王の歴史など。


 俺と母上が明日の結婚式披露式までに覚えてもらおうと定めた内容ではない。


 公爵家の女主人となるなら学んだ方がいいもので、ここ一週間で学ぶには量が多すぎる。


 ……もしかして、一人で隠れて勉強をしていたのか?


 そうじゃないと、ここまで疲れが出るとは思えない。


「シルフ様」


 ミランダと契約している精霊王の名前を呼ぶと、シルフ様が姿を現した。


「ん、何かしら?」

「ミランダは、自室で一人で勉強をしていたのか?」

「ええ、そうよ」

「彼女が自室で学んでいる内容は、明日までに覚えないといけないものじゃないが」

「それはもちろんミランダもわかっていたわよ」

「じゃあなぜここまで無理して学んでいたのだ?」

「負けず嫌いだからよ」


 ミランダのことを十三歳から知っているシルフ様が、呆れるように笑いながらそう言った。


「ミランダって、あんまり勉強してこなかったのよ。精霊魔法学校では実力を隠しているし、座学の成績もそこまで重要視されていないから」

「そうだな。あそこは精霊魔法の実技が重要視される場所だ」

「うん、家庭教師もいなかったからマナーの勉強もしなかったし。でも明日の結婚披露式でマナーとか振る舞いが下手だったら馬鹿にされる。ミランダだけじゃなく、結婚相手のルカも」


 シルフ様は眠るミランダの頭を優しく撫でる。


 ミランダと比べるとシルフ様のほうが子供のような姿なのだが、その姿は母親のようにも見える。


「自分のせいでルカも馬鹿にされるのは、自分に腹が立つから嫌だって。だから寝る間も惜しんで勉強していたのよ」

「……なるほど。それは負けず嫌いだな」


 俺もふっと笑って、ミランダの無垢な寝顔を見る。

 安心しきって眠っているようだな。


 その寝顔を見ているだけで、仕事で令嬢達に邪魔をされて荒んだ心が静まるような感覚だ。


「ルカ。ミランダのことを絶対に大事にしてよ。一年間だけと言っても、あなたはミランダの夫になるんだから」

「ああ、もちろんだ」


 契約結婚で定めている期間は一年間。


 今後、ミランダは俺の妻となったことで面倒な奴らに絡まれるだろう。


 ミランダは精霊王のシルフと契約しているから、自衛くらいは簡単にできるだろう。


 だから直接的な攻撃を受けることはないが、社交界は裏から手を回して精神的に攻撃してくる奴らが多い。


 陰口くらいなら可愛いものだが、悪い噂を社交界に流して孤立させて、精神的に追い込んでいくという手を取る。


 ミランダには、そんな思いは絶対にさせない。

 契約期間の一年間は何があっても、俺がミランダを守る。


 まあ、契約期間が一生になっても、守ってやるつもりだが。


「そう。ならいいわ」


 シルフ様がニコッと笑ってから、姿を消した。


 残ったのは俺と、眠っているミランダだけ。

 小さな寝息を立てて眠っているミランダ。


 ベッドの縁に静かに座って、シルフ様がやったように彼女の頭を撫でる。


 ミランダは自分の髪色が気に入っていないようだが、やはり俺は彼女の髪色が好きだな。


 琥珀色で、とても綺麗だ。

 力強い瞳で美しいと思っているが、今は閉じられているからか、いつもより愛らしい顔つきのように見えるな。


 ……ふむ、悪戯がしたくなってくる。

 だが今は休ませたいから、我慢しないとな。


 ただ……これだけは許してくれ。


 俺は心の中でミランダに謝ってから――彼女の頬に唇を落とした。


「んぅ……」


 違和感を覚えたのか少しだけ寝息が乱れるが、すぐに安定する。

 起きるかと思ってちょっと焦ったぞ。


「今は、頬だけにしておこう」


 俺は小さくそう呟いて、また一度頭を撫でてから腰を上げて部屋から出た。


 その後、夕飯時までミランダは静かに眠っていた。


  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る