第14話 マナー講座の開始


 別家に着いて、一時間後。

 私の目の前には、とんでもない量の料理が並んでいた。


 食堂の大きなテーブルに隙間なくお皿が埋め尽くされている。


 私がお肉が好きといったからか肉料理が多めだけど、魚料理や野菜など本当にいろいろとある。


 まさか本当にこんな料理が並ぶとは……。


「まだ少ないですが……。ミランダさん、シルフ様。あとからもっといっぱい来ると思うから、遠慮せずに食べてくださいね」

「は、はい」

「よーし、久しぶりの食事だからいっぱい食べるわよ」


 私はこの量の食事を前にして狼狽えていたけど、シルフは食う気満々だった。


 でもシルフがいっぱい食べてくれるなら、私も嬉しいわね。


「俺達も食べるか、ディーネ」

「そうですわね、私もシルフと同じように限界はないのでいっぱい食べられますわ」

「今回はシルフ様の久しぶりの食事みたいだから、ディーネはほどほどにな」

「わかっていますわ」


 そして私達は大量の料理を食べ始めるが……。


 ほんっとうに美味しい!

 今日の朝食も美味しかったけど、まさかそれ以上の料理がこんなにあるなんて……!


 やはり公爵家の料理人は素晴らしいわね。


 私はあまり大食いではないとは思っていたけど、いつもの三倍以上の量を食べられた気がする。


 でもそれ以上に食べたのは、もちろんシルフだ。


「んっ、美味しい! たかが百年程度で、ここまで料理が進歩するとは思わなかったわ! あっ、お肉お代わり!」


 私は一時間休憩なしで食べ続けていたが、シルフは二時間以上食べ続けている。


 本当に別家の食糧庫を空にする勢いだろう。


 こんな食べさせてもらってもいいのかな、という心配があるけど……。


 でも、私と契約してからずっと我慢させ続けてしまったので、いっぱい食べてほしいという気持ちのほうが大きい。


 これもお義母様のお陰なので、本当にありがたい。


「お義母様、こんなに食事を用意していただいて、ありがとうございます」

「ミランダさん。全然、こんなものじゃ足りませんよ。まだまだ食べてください」

「いえ、さすがにお腹いっぱいで……」

「本当ですか? これから王都で一番有名なスイーツ職人が家に来て、スイーツを振る舞うように依頼したのですが」

「余裕です。まだまだ食べます」

「それはよかったですわ」


 やはりお義母様のご厚意を無下にすることなんて私にはできない。

 決して、スイーツを食べたいからというわけじゃない。


 まあ用意してくれたものは食べるのが礼儀だから。


 それにスイーツは別腹だし、うん。


「……よく食べるな、ほんと」


 隣でボソッと呟いたルカ様の言葉なんて、全く聞こえないわ。



 そして、正午から始まったお義母様との顔合わせを兼ねた昼食は、夕方ほどに終わりを迎えた。


 さすがにお腹いっぱいだ……こんなにいっぱい食べたのは生まれて初めてね。


「シルフ、いっぱい食べられた?」

「ええ、とても満足だわ」


 シルフもとても満足そうな笑みを浮かべて、空中で寝ているような体勢で浮かんでいる。


「お義母様、本当にありがとうございました」

「ミランダさんとシルフ様が美味しく食べている姿を見て、お腹いっぱいになりました。こちらこそ喜んでいただけよかったです」

「本当によく食ったな。精霊王のシルフ様はともかく、ミランダもかなり食っていたな」

「公爵家の料理人の腕がよかったから、いっぱい食べられたわ」


 美味しいものをいっぱい食べられて、ずっと我慢させていたシルフにも食べてもらえて。


 本当に満足ね。


「さて、じゃあ本題に入ってもいいか?」


 しばらく前から紅茶を飲んで私達が食べている様子を見ていたルカ様が、話を切り出した。


「本題って? 話すには遅すぎた気がするけど」

「俺もこんなに遅くなるとは思わなかった。食事をしながら話す予定だったが、邪魔しちゃ悪いと思ってな」


 そこをしっかり考えてくれていたのね。

 でも、今日はお義母様との顔合わせだけじゃなかったのかしら。


「母上、今のミランダの食事を見ていて、どうでしたか?」


 えっ、何なの、その質問。


 私は首を傾げたが、お義母様は「そうですね……」と顎に手を当てて考える。


「率直に言って、マナーがなってないわ」

「ですよね」

「えっ」


 私の食事マナー、ってこと?


 まさかそのことを指摘されるとは……でも、言いたいことはわかる。


「悪くはないんですが、貴族としてはもう少し所作を綺麗にして食事してほしいですね」

「すみません、ほとんど学んでなくて」

「家でマナーの家庭教師は雇わなかったのですか?」

「モンテス家では雇っていましたが、私は授業を受けていません。妹のオレリアだけで」


 モンテス家は貧乏なので、私に家庭教師を与えてくれなかった。


 社交界にも私はほとんど行かないから、特に困ったことはない。


 今まで指摘されたこともなかったし。


「なるほど、学んでいないなら仕方ありませんね」

「すみません……」

「ああ、だからこれから学べばいい。母上」

「ええ、わかりました。私がきっちりみっちり教え込みますね」

「……えっ」


 これから学ぶんだろうなぁ、とは思ったけど、まさかお義母様が教えてくれるとは。


 なんか、めちゃくちゃ厳しそうだけど。


「その、お手柔らかにお願いします」

「いえ、私は娘となるあなたのためを想って、全力でやります」

「えぇ……」

「では今からやりましょう。食事マナーだけじゃなくて歩き方から立ち姿まで、全てやります。夕飯もご馳走を用意させますが、その時はしっかり注意させていただきますね」


 お義母様は無表情で淡々とそう言った。


 えっ、なんか、本当に厳しそう。

 チラッとルカ様の方を見ると、彼は頷いた。


「お前の想像通り、母上はめちゃくちゃ厳しい。しっかりしごいてもらえ」

「……辞退しちゃダメ?」

「ダメだ」


 やはり逃げることはできないようだ。


 公爵家の女主人になるんだから、マナーはしっかりしないといけないんだろうけど。

 まさか、今から習うなんて。


「頑張りましょう、ミランダさん」

「……はい、頑張ります」


 お義母様に軽く微笑みかけられたので、私も引きつった笑みで返した。


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