第13話 挨拶からの食事
「私は認めませんわ」
「……はい?」
挨拶をしたのに、いきなり却下された。
彼女の顔を見ると、眉を寄せて私を上から見下ろすように睨んできていた。
「ルカ、なぜミランダ嬢を選んだのですか? 彼女のことを私も調べました」
「なるほど、それで?」
「彼女は下級精霊と契約しているのですよ? それに精霊魔法学校でもずっと下級クラスの落ちこぼれ。妹の出涸らしと呼ばれているような者です」
あら、ミケラ様もそのことを調べたのね。
マクシミリアン公爵夫人という方に調べてもらって光栄だけど、まさかここまで最低な印象を持たれていたとは。
「母上、確かにそのほとんどが事実です」
「でしょう? 結婚をしないと当主になれないからと言って、なぜそんな令嬢を……」
「母上、俺が結婚できない理由をお忘れですか?」
「精霊王様に結婚相手として認められる女性がいなかったからでしょう?」
「ええ。それで俺はミランダを結婚相手として、ディーネに認めてもらいました」
「なぜ精霊王様もこんな女性を認めて……」
そこでミケラ様は一瞬固まって、何か考え込み始める。
どうやら違和感に気づいたようだ。
「ルカ、精霊王様が言う結婚相手の条件は、最上級精霊の契約者ですわよね?」
「その通りです」
「じゃあ、なんでミランダ嬢が認められているのですか? 彼女は下級精霊と契約しているのに」
「それが間違いなんです。彼女は精霊隠しをしていました」
「精霊隠しを……最上級精霊と契約していたのに、下級精霊と偽っていたの?」
さすがルカ様のお母様、頭の回転が速いからすぐに答えの目前までたどり着いた。
でも、私は最上級精霊と契約していない。
「いえ、少し違います」
「どういうこと?」
「見るのが早いでしょう。ミランダ、頼む」
「わかったわ。シルフ、出て」
ルカ様に合図されて、私もシルフに声をかけた。
すると私の隣にシルフが現れた。
「ふぁ……眠ってたのに」
「そうなのね。出させてごめんね」
「まあ、大丈夫よ」
眠そうにしながらも出てきてくれた。
精霊王の彼女達も眠るのね。
「う、嘘……まさか、精霊王様と契約を?」
ミケラ様がシルフを見て、目を見開いた。
精霊で人型で出てくるのは、精霊王しかいないから。
「これでわかったでしょう、母上。なぜ俺がミランダを結婚相手に選んだのかを」
「え、ええ。まさか、精霊王様と契約しているのが、ルカ以外にいたなんて」
「それは俺も驚きました。しかも五年前に契約して、今まで精霊隠しをしていたんですよ」
「ミランダ嬢、精霊隠しをしていたのはどうして? 精霊王と契約していることを話せば、下級クラスにずっといることも、妹の出涸らしと呼ばれることもないのに」
まあ、当然出てくる疑問だろう。
「うちの両親はお金と地位が大好きな人間で、妹のオレリアが最上級精霊と十二歳の時に契約してから彼女に期待するようになりました。そして精霊と契約できなかった私には期待せず、家で酷い扱いをし始めました」
「契約できなかった? 今、精霊王様としているじゃない」
「私が精霊王と契約したのは十三歳なんです。契約するまでの一年間で両親や妹からの扱いが変わりました。その一年間で、両親と妹を見限ったんです」
「……」
「シルフと契約したことを話せば対応は変わったでしょうが、それは便利な道具として見られているだけですから」
妹のオレリアも両親に愛されていると思っているようだが……少し違う。
あの両親はオレリアがモンテス家を成り上げてくれる道具だから、大事にしているだけ。
両親から愛されている、というわけではないだろう。
「だからシルフと契約したことは隠し続けて、学校を卒業したら家を出て辺境の村で静かに暮らしたい……と思っていたんですが。厄介な男に捕まりまして」
「それは俺のことか?」
「あなた以外にいないでしょ」
「俺ほど優しい男はいないぞ。ミランダが精霊隠しをしていたことを、犯罪として取り扱わないようにしただろう」
「その代わり、結婚しろって脅してきたでしょ。最悪じゃない」
「俺と結婚したい奴なんて山ほどというのに」
「私はその山の中には入ってなかったし、山ほどいたのに私しか選べなかったのは可哀想ね」
「別に可哀想ではないだろう。ミランダと結婚できたのだから」
「っ……そ、そう」
なんだか少しドキッとしてしまって、少し視線を逸らした。
ルカ様は褒めているような感じを出していないけど、それが逆にズルいわね。
「それで、ミランダ嬢はウンディーネ様に認められたということですね」
「ええ、その通りですわ」
ミケラ様の言葉に反応するように、ルカ様の隣にディーネ様が現れた。
「精霊王シルフと契約していたら、私も文句は言いませんわ」
「……かしこまりました。ルカとウンディーネ様が認めたのなら、私はもう何も言いません」
ミケラ様は目を閉じて、納得したように頷いた。
とりあえず、ミケラ様には結婚を認められたようだ。
会ってすぐに却下されたから、どうなるのかと思ったけど。
「ミランダさん、無礼な態度を取ってすみませんでした」
「いえ、公爵夫人の立場だったら心配するのは仕方ないと思います」
「ありがとうございます、ミランダさん。それと公爵夫人ではなく……その、母と呼んでもらって構いません」
ミケラ様は少し顔を背けながら、照れ臭そうにそう言った。
えっ、可愛い。
二十歳以上も上の女性に思うようなことではないかもしれないけど。
「はい、お義母様。よろしくお願いします」
「ん……初めての娘というものは、いいですね」
さっきまで私が娘になることを反対していた人とは思えないほど可愛らしい反応だ。
ルカ様がこんな可愛らしいところをお義母様から引き継いでいたら危なかった……。
「とりあえず、三人で食事でもしましょうか。ちょうど昼時ですしね」
「そうですね。ミランダさんは何か食べられない物とかはありますか?」
「特にないです。だけどお肉が好きです」
「ふふっ、わかりました。シルフ様もご一緒に食べますか?」
「……ええ、そうするわ」
「えっ? シルフ、あなた食べられるの?」
シルフが一緒に食事をすると言ったので、私はビックリして問いかけた。
私は今まで一度もシルフが食事をしているところを見たことがない。
というか、前に食事を勧めてみても「私は食べないから大丈夫」と言われたことがある。
シルフを見ると、少し気まずそうに顔を背けていた。
「いや、ほら、ミランダと一緒に食べる機会はなかったでしょ?」
「いっぱいあったでしょ。私の部屋で一緒に食べるとか」
「その……ミランダの食事量は少なかったから」
シルフの言葉に、私はハッとした。
十三歳の時から一緒にいたけど、その時はまだ私は成長期。
それでも家族から与えられる食事は最低限で、それでシルフが食べられると知ったら私は彼女に分け与えていただろう。
それを防ぐため、そして私に罪悪感を抱かせないために「食べられない」と嘘をついていたのね。
「ごめんなさい、シルフ。今まで我慢させてしまっていたのね」
「いえ、ミランダ。我慢していたわけじゃないわ。私達にとって人間の食事は嗜好品みたいなものだから、食べなくてもいいのよ。お腹も空かないしね」
「でも……」
「こちらこそ嘘をついていてごめんなさいね、ミランダ」
「……ううん。ありがとうね、シルフ」
「うん、これからは一緒に食べましょ」
私とシルフはそう言って笑い合った。
まさかこの年齢で、シルフのことをさらに好きになるとは思わなかった。
彼女は十三歳から一緒にいてくれて、一番の友達だ。
シルフがいなかったら、私は家での扱いに絶望して自死していたかもしれないのだから。
「あなた達、料理長に伝えてきなさい。今から食糧庫にあるありったけの食材で料理を作りなさいと!」
シルフと話していたら、お義母様が使用人にそんな指示を出していた。
「肉も魚も野菜も全部使い切りなさい! 時間もかかるだろうから、料理人を本家から連れてきて!」
「え、えっと、お義母様?」
「大丈夫ですよ、ミランダさん。私がいっぱい食べさせてあげますから」
ルカ様と同じような無表情のお義母様なんだけど、なぜか目がギラついている。
今の私とシルフの話を聞いてやってくれているんだろうけど……。
「いや、嬉しいですが、私はそこまで大食いじゃないんですが……」
「ミランダ、私は大食いよ。限界がないって言うべきかもしれないけど」
「えっ、無限に食べられるってこと?」
「だいたいそんなものね」
それはすごいわね。
でもお義母様と初めての食事で、いきなりこんなに料理を食べるのは少し気が引ける。
「お義母様、私は本当に大丈夫ですが……」
「いえ、よく見ればミランダさんは細すぎるわ。しっかり食べないと」
「ミランダ、諦めろ。母上はこうなったら止まらん」
「えぇ……」
ルカ様にもそう言われて、私はお義母様をもう止めることはできなかった。
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