第12話 ルカの母親


 私はルカ様と契約結婚をして、マクシミリアン公爵家の本家に暮らすことになった。


 それで昨日、ルカ様と一緒に本家に来たんだけど……本当にすごいところね、ここは。


 やはり公爵家の本家とあって、広くて大きくて豪華だ。


 飾ってある絵画などの美術品も多く、それを一つでも売れば小さい家が建つんじゃないかというくらいの価値があるとのことだ。


 使用人も多いし、仕事もできてテキパキと私の世話をしてくれる。


 昨日の夜のお風呂はとても快適だったし、ベッドもふかふかで暖かくて最高だった。


 今も朝の準備を三人のメイドに手伝ってもらって、私はなされるがままにしているだけで身支度が終わる。


 これは、一日目から堕落しそうになるわね。


 メイドを三人後ろに控えたまま、私は食堂へと向かった。


「ん。おはよう、ミランダ。昨日はよく眠れたか?」

「ルカ様、おはよう。ええ、よく眠れたわ」


 私がルカ様に挨拶をすると、周りの使用人達が一瞬身じろぎをした。


 昨日の本家に入った時もそうだったけど、ルカ様にタメ口で話しているのが驚かれているようだ。

 彼の腕を持って入らなくても、使用人達には舐められることはなかっただろう。


 ルカ様の対面に座って、食事を待っているとすぐに目の前に豪華な食事が並ぶ。


 朝からこんなにいっぱい食べてもいいのかしら?


 でも、全部美味しいからいただきます。


 さすが公爵家、今まで食べてきた朝食で一番美味しい。


「まだ一日だが、暮らしに不自由はないか?」

「ん……もちろん。とても快適すぎて、逆に怖いくらいだわ」

「まあ、お前の家の環境だったらそうだろうな」


 私だけ食事は食堂じゃなく、部屋で取るということはしょっちゅうだった。


 食事内容も家族と比べて質素だったし。

 使用人達も私を舐めていて、私を無視したり陰口を言ったりしていた。


 そう思うと、よく十八年間も耐えたわね。


 あと数カ月耐えれば、辺境の村で一人暮らしを始めたんだけど……。


 一年後、この快適さを知ってから一人暮らしは大変な気がするわね。


「ミランダ、今日は学校休みだろ。予定はあるのか?」

「特にないけど。この家は広いし、見て回ろうかと思っていたけど」

「じゃあ、俺の母上に挨拶しに行くぞ」

「ルカ様のお母様に?」


 そういえば、この家にはルカ様の両親がいないわね。


「お母様はどちらにいるの?」

「別家にいる。あっちで公爵家の女主人の仕事をしている」

「なるほど……えっ、もしかして私も仕事をしないといけない?」

「まだ学生だから、すぐにはしなくていい」

「てことは卒業したらするってことじゃない」

「俺が当主になると、ミランダが女主人だからな」


 うわぁ、めんどくさい……。

 私が公爵家の女主人の仕事なんて、絶対に大変でしょ。


「今から離婚はダメ?」

「ダメに決まっているだろ」

「だよね……まあ、学生の間に少しは女主人の仕事を学んどくわ」

「そうしてくれ」

「そういえば、他の家族はどこにいるの?」


 私の問いかけで、ルカ様の食事していた手が止まった。


 いつも通りの無表情なんだけど、どこか冷たい雰囲気を感じる。


「父上と兄は王都にいない。公爵家が持っている領地の小さな村で暮らしている」

「えっ、そうなの?」

「ああ。確か同じ家を使っていなかったはずだが」


 確か? 定かじゃないというか、父親と兄についてはあまり関心を持っていないみたい。


 私と同じ……いや、同じじゃなさそう。


 私は家族に特別な感情を持っていないけど、ルカ様は父親と兄については何か暗い感情を持っていそうだ。


「……そうなのね」


 私はそう言って特に何も聞かずに朝食を食べる手を進める。


 そんな私の態度を見て、少し目を見開いたルカ様。


「何も聞かないのか?」

「ルカ様が話したいのなら聞くけど」

「いや、話したいわけじゃないが。ミランダが興味ないというのなら、別にいい」

「興味ないわけじゃないわ。旦那となる人の家族のことは聞きたいけど、無理に聞くのは嫌だから」


 ルカ様は私の言葉に目を細めて、少し口角を上げた。


「そうか。いつかは言うが、もう少し待ってくれ」

「わかったわ」

「ありがとう、ミランダ」

「……ええ」


 ルカ様はいつもよりも優しく微笑んでお礼を言った。


 彼の正面から笑顔は破壊力が高いわね。


 胸が高鳴ってしまい、顔が赤くなりそうだ。


 昨日も本家に入る前に彼にちょっかいをかけられて、顔が赤くなってしまった。


 まさかあんなに容姿を気に入られているとは思わなかったから。


 お世辞ではないと言っていたけど、どうなんだろう。


 ……うん、私の平穏な精神を保つために、お世辞だと思っておこう。


『琥珀のような色だな』


 いけない、思い出しちゃダメ。


 妹のオレリアの髪と比べて薄くなった色、と言われ続けてきた髪をそんな風に褒められたのは初めてだった。


 これくらいで喜ぶなんて、私はちょろすぎる気がする。


「食べる手が止まっているが、どうかしたか?」

「……いえ、なんでもないわ」


 私は平静を装って、食事を続けた。



 数時間後、私はルカ様と共に別家に到着していた。


 公爵家の別家だから大きいんだろうなぁ、と思っていたけど、想像以上だった。


 本家よりもちょっと小さいくらいで、そこらの貴族の屋敷よりも大きい。


 別家に入ると、玄関ですぐにお母様が出迎えてくれた。


 ルカのお母様、ミケラ・マクシミリアン公爵夫人。

 黒髪で少しウェーブがかっていて、艶のある綺麗な髪を後ろで一纏めにしている。

 身長も高くて、背筋が伸びていて品のある美しい女性だ。


 顔立ちも綺麗で、ルカ様と結構似ている気がする。


 美男美女の親子なのね。


 お母様は四十歳を超えているというのに、全然見えない。


「母上、こちらが俺の結婚相手のミランダです」

「ミランダ・モンテスと申します。初めまして、マクシミリアン公爵夫人」

「私は認めませんわ」

「……はい?」


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