第24話 試験終了、からの


 試験は数時間に及び、ようやく終わった。


 さすがに長かったわね、三年生の生徒だけでも百人ほどいたから。

 二年生と一年生もやるのだろうが、まあ私達には関係ない。


「試験は終わりだ。結果は数日後発表するので、それまでは今まで通りのクラスで授業を受けるように。では、解散」


 守り人の試験官の一人がそう言って、その場は解散となった。

 訓練場から教室に戻るまでの廊下で、私とアイナは歩きながら話す。


「はぁ、疲れたぁ。本当にちゃんとした試験だったね、ミランダちゃん」

「ええ、そうね。ここまでやってくれるとは思っていなかったわ」


 忙しいはずの王都の精霊の守り人が十数人来て、しかも総司令のルカ様もやってきた。

 ルカ様が来ることは「ミランダの本気の魔法見たい」と言っていたので想定していたけど。


 意外とちゃんとした試験で少しビックリした。


「ミランダちゃんは疲れてないみたいね」

「まあ、真剣にやったけど本気を出したわけじゃないしね」

「えぇ……ミランダちゃん、どの実技試験も一番だったよね?」

「多分ね」

「すごすぎ……ミランダちゃん、本当に強いんだね」

「ありがと。まあ精霊王のシルフと契約しているからね」

「でも、今回はシルフ様の力を頼らずにやったんでしょ? じゃあミランダちゃんの力じゃん」

「それでも使える力の強さが全然違うからね」

「それを操れるミランダちゃんもすごい!」

「ふふっ、ありがと、アイナ」


 アイナはとてもまっすぐ褒めてくれるから嬉しいわね。


 私が精霊王シルフの手助けを受けずに試験をやったことも見抜いているし。


 でもアイナはすぐに落ち込んだような表情になる。


「ミランダちゃんは絶対に上級クラスよね……私はどうだろう。頑張ったけど、失敗したところもあったし。もしかしたらまた下級クラスになるかも」

「下級クラスはないわ、アイナ。それに中級クラスでもないはずよ」

「えっ、じゃあ退学!?」

「そんなわけないでしょ。上級クラスになると思うわ、あなたも」

「そう?」

「ええ。私から見てアイナは三年生の中で、上位十人くらいの実力があったわ」


 上級クラスの生徒達を見ていたけど、アイナよりも確実に上の実力者は数人程度。

 もちろんその中には妹のオレリアは含まれている。


 上級クラスの生徒は他のクラスよりも少なく、二十人程度だ。


 でもアイナはちゃんとした評価をされれば、余裕で入れるはずだ。


「えっ、私が上位十人ってほんと?」

「本当よ。そんなつまらない嘘はつかないし、精霊の守り人の試験官達もわかっていると思うわ」

「それなら嬉しいけど……」

「親友の言うことが信じられないの?」

「ミランダちゃん、時々冗談とかいうし」

「言うけど……」


 こんな大事なことでつまらない嘘を言ったことはないと思うけど。

 すると、私の隣にシルフが出てきて「大丈夫よ」とアイナに声をかける。


「私から見てたら、生徒の中でアイナよりも強い人は七人しかいなかったわ。ミランダも入れてね」

「えっ、じゃあ私は八番目ってこと?」

「そうよ。だから上級クラスには間違いなく入れるわ」

「精霊王のシルフちゃんが言えるなら信じれる!」

「ねえなんで? 私は?」


 三年も親友だった私よりも、まさか知り合ったばかりのシルフのほうを信用されるとは。


「ミランダちゃんも信用しているけど、どれだけ強いのかよくわからないし……でも精霊王のシルフちゃんは強さの指標では絶対に最強じゃん」

「まあそうね。でもアイナ、ミランダも相当なのは覚えておいたほうがいいわ。私が今まで契約してきた人の中でも、才能だけで言えば一番かも」

「えー、そんなに! ミランダちゃんすごいじゃん!」

「ふっ、まあね」

「でもミランダって、その才能を隠すために使うっていう無駄なことをしているのよ」

「何しているのミランダちゃん……」


 アイナの尊敬するような目から、すぐに変な人を見るような目になった。

 別にいいでしょ、私の才能を何に使ったって私の勝手だ。


「面倒な目に遭いたくなかったから、今の状況みたいに」

「……うん、周りからすごい見られているね」


 私達は檻に入った珍しい動物かのように注目されていた。


「シルフが出てくるからでしょ。もう引っ込んでいいわよ」

「なによ、私もアイナと話したいのに」

「シルフちゃんとミランダちゃんと一緒にお茶会したいなぁ」

「それはいいわね。ぜひしましょ」

「近いうちにね。まずはアイナがお義母様との社交界のマナーとかを学ばないと」

「うっ、そういえばそうだった……今日から公爵家の別家に来てって言われているんだよね」

「頑張ってね。差し入れでも持っていくから」

「うん……ミケラ様、少し怖そう」


 お義母様は少しどころか、教えるとなったらすごい怖いけど。


 あと数時間後にはわかることだろう。

 その日の授業はもうなく、クラス分け試験だけやって帰ることになった。



 私とアイナが学校を出たところで別れた。

 彼女はマクシミリアン公爵家の別家に向かうようだ。


 本当なら馬車で迎えに来るようだったが、それはアイナが「恐れ多すぎる!」と断ったみたいだ。


 まあ歩いていけない距離ではないし、彼女は歩きで公爵家の別家に向かった。


 私も歩きで帰ろう……と思ったけど、そういえば私はマクシミリアン公爵夫人だった。


 だから公爵家の馬車を待つことにしたのだが……。


「お姉様」


 後ろからオレリアに話しかけられる。

 さっきの試験の時は周りに聞こえないように悪態をついてきたけど、今は学校の門前なので人が多い。


 だから人当たりのいい笑みをして、優し気な声で話しかけてきた。


「なに?」

「一緒に帰りませんか? 我が家の馬車で」

「はぁ?」


 いきなり何を言っているんだろう?

 今まで一度も一緒に帰ったことなどないのに。


 それに私をモンテス家の馬車に乗せようなんて。


 出涸らしを乗せるなって、両親に怒られるんじゃ……あ、いや。

 そういうことね。


「両親に命じられたんでしょ?」

「っ……」


 図星を突かれたような表情をしたオレリア。


 やっぱりね。

 この前の結婚披露式でモンテス家はマクシミリアン公爵家と全く関わらない、援助しないということを公言した。


 だからそれに焦ったモンテス家夫妻、両親が私を家に連れてこい、とでも言ったのだろう。


 オレリアはそれを聞いて、私を連れて行こうとしている。


 律儀なことね。


「私が行っても、私に利益はないわよね。面倒だから行かないわ」

「っ……お、お父様とお母様も心配しているのですよ! なぜそれがわからないのですか?」


 少し大声を出して、周りから注目される。


 周りの生徒達に注目させて、私の評判を下げるように仕向けようと思っているのだろう。


 オレリアのいつもの手段ね。

 実際、周りの生徒達が私達のことを注目し始めた。


「結婚を発表する前からお姉様はマクシミリアン公爵家に行ってしまったので、両親は心配しているんですよ! ルカンディ様に酷いことをされていないかって!」


 うわぁ、まさかルカ様にそんな疑いをかけるようなことを言うなんて。

 オレリアも意外といっぱいいっぱいなのね。


 でも結構注目されて周りに人が集まってきたから、私も無視はできなくなってきた。


「ルカ様がそんなことをするわけないでしょう? オレリア、公爵様にあらぬ疑いをかけるなんて、どうなるかわかっているの?」

「っ……そ、それならモンテス家に一度来てください。私も両親も、お姉様と公爵様の話を聞きたいのですから」

「私の話? 私の何の話を聞きたいのかしら?」

「ですから、マクシミリアン公爵家で何をしているかなど……」

「それを話す義務は全くないわね。私は自分の意思でモンテス家を出たから。なぜかは、ここで言っていいのかしら?」


 私の言葉にオレリアがたじろぐ。

 彼女はもう笑顔を保てていないことに気づいているのだろうか。


「私は、モンテス家が嫌いなのよ」


 オレリアが生徒達の注目を集めてくれたから、ちょうどいい。


「両親やオレリアは私が落ちこぼれだからと言って、家では私を無視したり罵倒したりしてきたわよね。それで家族のことを好きなままだと思うの?」


 私の言葉に、周りの生徒達が騒めいた。

 学校では私に対しても優しい態度を取り続けているオレリア。


 だから私の言葉が信じられなかったのだろう。


「な、何を言っているんですか、お姉様。私や両親がそんなことをするわけないじゃないですか」


 少し焦りながらも、オレリアは笑みを浮かべて否定する。


 前までは私が「家でオレリアが私を罵倒して虐めてくる」と言っても、誰も聞く耳を持たなかっただろう。


 それだけオレリアは学校でいい人だと思われていた。


 だけど、今は違う。

 私はすでにマクシミリアン公爵家の女主人で、ルカンディ様の妻だ。


 しかも精霊王と契約していることも周りにバレている。


 立場が違うだけで、周りに信用されるようになる。


「別に私も言い触らすつもりはなかったんだけど、オレリアが邪魔をするからよ」

「邪魔だなんてしていませんわ。私はただ家に帰ってくるように言っただけで」

「それが邪魔と言っているのよ。公爵夫人の邪魔をしているってことよ」

「っ……こ、公爵夫人の前に、私のお姉様じゃありませんか」


 はぁ、不毛な話し合いだ。

 私は早く帰りたいのに。


 私は彼女に近づき、周りに聞こえないように耳元で囁く。


「このままここで、私がモンテス家でやられてきたことを暴露されたいの?」

「っ……い、言えばいいじゃない。学校の人達は信じないわ。私は学校では聖人だと思われているくらいなのよ」

「今はまだ、ね」


 学校のトップの成績を維持し続け、人当たりの良いキャラを演じ続けた。

 それはすごいと思うけど、今後は化けの皮が剥がれていくかもしれない。


 特に私と絡み続ける限りは。


「こっちには証人がいるのよ、オレリア」

「証人、ですって?」

「ええ。あなたが家で私に何をやってきたのか、ずっと見てきた人が」

「そんな人、いるわけ……」

「少し考えればわかるでしょう? 人というより、精霊というべきだけど」

「っ!? まさか……!」


 オレリアはとても青ざめた顔をした。

 そう、私が言っているのは精霊王のシルフだ。


 シルフは五年間、両親とオレリアが私にしてきたことを見てきた。


 だからこそシルフはモンテス家が嫌いなんだけど。


 私がシルフと契約したのは一年前だと公表しているのは、それでも十分だろう。


「ここでシルフに出てもらって、証言してもらっていいのよ? あなたの言葉と精霊王の言葉、学校の生徒達がどっちを信じるのか試してみる?」

「くっ……」


 顔をしかめて後退るオレリア。

 さすがにシルフを相手にやり合うつもりはなさそうだ。


『私が出て全部暴露していいって聞こえたけど?』

(言ってないから、シルフ。力も解放しようとしないで、抑えるのが大変でしょ)


 ちなみに心の中ではそんな会話をシルフとしている。

 しかもシルフが力を周りに出そうとしているから、それを抑えるのも大変だ。


 まあシルフがガチギレした時と比べたら、まだ可愛いほうだけど。


「ほら、引きなさい」

「っ……」


 私が言うと、オレリアは渋々ながら後ろに下がる。

 そして軽く頭を下げた。


「申し訳ありません、お姉様。ルカンディ様がお屋敷で待っているということでしたのね。それなら仕方ありませんわ」


 そう言って頭を上げた時には、もう余所行きの笑みを浮かべていた。


 さすが、精霊魔法学校で三年間も猫を被っていただけはあるわね。

 でも青ざめた顔はまだ平常には戻っていないようだ。


 それに今の台詞も、ルカ様が私と約束をして屋敷で待っているから、その約束があるのなら仕方ない、というような感じだ。


 周りの視線を集めすぎたから、自分が引くからそれ相応の理由を用意したのね。


「別にルカ様は屋敷にいないわ。だって彼は守り人の総司令で忙しいもの」

「っ……そうですか。お忙しい人を旦那様に持つと大変ですね」

「ええ、そうね。じゃあ、私は行くわね」


 私はそう言って、少し悔しそうにしているオレリアの顔を横目にその場を去った。


  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る