第25話 女主人になるために


 その後、学校の門前にマクシミリアン公爵家の馬車が停まったので、それに乗って帰る。


 今まで三年間ずっと歩きで登下校をしてきたけど、やっぱり馬車は楽ね。

 これからずっと移動は馬車がいいわ。


「馬車って遅いから嫌なのよね。ねえ、もうミランダと契約したってことがバレたから、空を飛んでいかない?」


 だが精霊王のシルフはお気に召さないようだ。


「シルフ、それはダメよ」

「なんで? 空を飛んだほうが速いし気持ちいいわよ」

「確かにそうかもだけど」


 誰にもバレないように飛んだことはあるけど、確かに気持ちいい。

 あの爽快感を味わうために今飛びたい気持ちも少しあるけど。


「私はマクシミリアン公爵家に嫁いでも、できるだけ目立ちたくないのよ。だって私は一年後、ルカ様と離婚するんだから」

「あ、そういえばそんな契約だったわね」

「そうよ。だから私が今、『公爵家の女主人よ、全員ひれ伏せなさい!』とか言って調子乗り出したらマズいでしょ」

「それは見てみたいけど」

「うん、なんか私も少しやってみたくなったけど。でもそんなことをしたら、一年後に手痛いしっぺ返しがあるに決まっているわ」


 そもそもそんなことをしたいとは思わないけど。


 でもやってみたら周りがどんな反応をするかは見てみたいかも。


「というか、ミランダ」

「なに?」

「公爵家の女主人と、精霊王との契約者。どっちのほうが上なの?」

「……まあ、精霊王との契約者でしょうね」


 今、この国には精霊王の契約者は私とルカ様の二人だけ。


 公爵家はマクシミリアン公爵家の他にも十家ほどあるから、珍しさなどは精霊王との契約者のほうが上だろう。


「じゃあ『精霊王様と契約している者よ、ひれ伏しなさい!』ってできるじゃない。地位でも実力でも」

「できるかもしれないけど、やらないわよ」


 それに実力でって、魔法で皆の膝を折ってひれ伏せさせるってこと?

 上から風で圧をかけてひれ伏せさせるなんて、難しすぎるでしょ。


 まあ、できなくはないけど。


「今度、モンテス家にはやりましょうよ。面白そうでしょ?」

「……ダメよ」


 少し迷ったけど。

 そんな会話を馬車の中でしていると、マクシミリアン公爵家の屋敷に着いた。


 まだ数週間くらいしかここで暮らしていないけど、ここに帰ってくるのが当たり前になってきたわね。


 いつもはルカ様が仕事で帰りが遅くなったりすることが多いのだが……。


「おかえり、ミランダ」

「ただいま、ルカ様」


 今日はルカ様がすでに家にいて、リビングで紅茶を優雅に飲んでいた。

 ソファに座ってカップを片手に書類を読んでいる。


 この姿だけでも絵になるわね、画師がここにいたら絵画に残したいと思いそうだ。


「待っていたぞ」


 オレリアには「ルカ様は家で待っていない」と言ったけど、今日だけは例外だった。

 今日のクラス分け試験を終えてから、すぐに家に戻っていた。


「学校終わりに門前で妹に絡まれてね。少し遅れたわ」

「そうか。あいつも懲りないな」

「オレリアというか、モンテス家が懲りないって感じだけどね」

「クラス分け試験でもオレリアがお前に勝とうとしていたが、逆にその執念がすごいと感じたぞ」

「ずっと下に見ていた私に負けるのが嫌だったんでしょうね」

「あいつは最上級精霊と契約しているが、思ったよりも強くなかった。あまり努力をしてこなかったのだろう」


 精霊魔法学校でトップの成績を維持し続けたオレリアだが、それは最上級精霊と契約したからだ。


 前提として才能が違うから、特に努力をせずともトップを維持できたのだろう。

 でも私もシルフと契約しただけだから、少し耳が痛いけど。


「その点、ミランダの力は想像以上だったな。クラス分け試験は精霊王の力を借りていないのだろう?」

「もちろん借りてないけど、想像以上だったの? あれくらい精霊王と契約しているんだから普通じゃない?」

「威力などはあれくらいが普通、むしろちゃんと抑えていると感じるが、魔力操作の練度が尋常じゃなかったな」


 オレリアにもそれは言われたけど、まさかルカ様にも言われるとは。


「魔力操作に関しては俺よりも練度が上手いと感じたぞ」

「そんなに?」

「ああ。どうやったらそんなに上手くなるのか不思議なくらいだ」

「特別なことはしてないけど……たまにシルフがブチ切れて力を解放しようとするから、それを抑えるくらい」

「とんでもないことをしているじゃないか」


 あれはなかなか大変だったけど、とんでもないことなの?


「ブチ切れって、どれくらいの力を解放しようとしていたんだ?」

「私はあんまりわからないけど……シルフ?」


 私が彼女の名前を呼ぶと、シルフが私の隣に出てきた。

 同時にルカ様の隣にディーネ様も姿を現した。


「私がブチギレて出ようとした時に、どれだけ力を出したかってことね」

「シルフは何をやっているんですか。自分の感情も制御できないなんて」

「仕方ないでしょ。あんただって、ルカが『このゴミクズが、生まれてこなければよかったのに』なんて言われてたら、ブチギレるでしょ」

「殺します」

「でしょ」

「物騒な話を精霊王同士でしないで、怖いから」


 ディーネ様もやはりルカ様のことが好きみたいで、彼が侮辱されたら怒るのか。

 即答で殺すって言ったのは怖いけど。


「キレて出ようとした時は何回もあるけど、どれも本気じゃなかったわ。でも数回くらい、八割くらいの力を解放しようとしたわね。それでもミランダに抑えられたけど」

「周りに誰も悟られないほどに抑えられたのか?」

「ええ。ミランダって本当に制御が上手かったから」

「それはすごいですね。シルフの八割の力ということは、私の八割の力ともほとんど同じ。ルカはおそらく抑えきれないですよ」

「絶対に無理だな。五割も抑えきれる気がしない」


 えっ、ルカ様ですら五割くらいなの?

 どうやら私は意図せずにシルフに魔力操作を鍛えられていたようだ。


 まあできないと周りにすぐにバレていたから、やるしかなかったのだが。


「しかしその才能をずっと隠すために使っていたのが惜しいな」

「はいはい、わかってるわよ。でもこれからは隠せないし隠さないから」

「そうだな。いずれ精霊の守り人として働くことになるだろうからな」


 それが王都になるのか辺境の村になるのかはわからないけど。


 今のところは王都になりそうで怖い。

 私はいずれルカ様と離婚して、辺境の村でゆっくり暮らすことを願っている。


 ……この楽で贅沢な生活を手放すのは残念だけど。


「それで、そろそろ今日の予定をこなすか」

「ええ、そうね」


 ルカ様が仕事を早めに終わらせて私を待っていたのには理由がある。


「これからマクシミリアン公爵家の女主人の仕事を覚えてもらう」

「大変そうね、本当に」

「まあ多少はな。だが俺ほどじゃない」

「公爵家の当主と精霊の守り人の総司令を両立している人と比べないでほしいわ」


 そう思うと本当にすごいわね、ルカ様は。

 私は学業と公爵家の女主人の仕事の両立すら難しそうなのに。


「慣れれば簡単だ。部下にも助けてもらっているしな」

「なるほど、人任せと」

「人聞きの悪い言い方に変えるな」


 ルカ様でも人に頼っているようなので、私もいろいろと頼らないとできないだろう。


 今日はルカ様が付きっきりで女主人の仕事を教えてくれる予定だ。

 本当はお義母様に教えてもらうはずだったが、お義母様はアイナの教育をしている。


 だからしばらくは私の教育はなくなるはずだったのに、まさかルカ様に教わるとは。


 でもお義母様ほど厳しくないはず。

 今頃、アイナは別家のほうでお義母様にしごかれていると思う。


 うん、アイナ、頑張れ。


「じゃあ執務室に行くぞ」

「はーい。お手柔らかに」

「母上ほど厳しくはしないから安心しろ」

「ならよかった」


 そして、私とルカ様は執務室で作業をし始めた。


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