第27話 誘拐からの



 アイナは手首を縛っている縄を取ろうとするが、無駄なことがわかった。


「ねえ、この縄は高かったんじゃない? 付けている人が魔法を使えないようにする何かが組み込まれた魔道具じゃない?」


 目の前で椅子に座っている男、クラウスにそう話しかけた。


 アイナは床に座りながら周りを確認する。

 さっきまで目隠しをされて移動させられていたので、ここがどこかわからない。


 結構長いこと目隠しをされていたから、王都の外れのほうだろうか。


 ここはどこかの倉庫みたいな場所だ。


 クラウスの周りを固めるように五人の男が立っている。


(学校帰りに、いきなり後ろから襲われちゃったんだよなぁ。少し路地裏に入ったところだったけど、まさか襲撃されるなんて)


 油断していた。


 クラス分け試験終わりで疲れていて、でもこれから公爵家でミケラと共に社交界マナーを学ぶから、さらに疲れるかもしれない。


 だから少し気晴らしに心が躍る知らないところに寄り道をしていたのだが。


「はっ、その縄はそんなに高くなかったさ。僕は君のような平民とは違う、カポネ伯爵家の次期当主だぞ」


 見下すように笑いながら、クラウスが椅子の背にもたれながら話す。


「縄よりも高いのは、ここの倉庫に施されている魔道具だ。ここは魔法などでは探知できないし、倉庫内では精霊魔法も使えないようになっている」

「探知できない……そんな魔道具があるの?」

「値段は高いし希少性もあって、あまり有名じゃないからな。だがこの魔道具を倉庫で発動させれば、誰にもバレることなく何でもできる」


 口角を上げて笑っているのが気味が悪い。

 周りの男達もニヤついているので、ここはバレないという自信があるのだろう。


 アイナもさすがに怖くなってきて、背中に冷や汗が流れる。


「何の目的があって、私を誘拐したの?」

「なに、簡単なことだ。こちらの要望をお前が飲むなら、無事に返してやろう。まあ口止めくらいはするがな」

「要望って?」

「学校を辞めろ」

「……はぁ、だと思った」


 アイナの予想通りすぎて、失笑が出てしまった。

 その笑みを見てイラついたのか、アイナのすぐ近くにいた男が彼女の顔を叩いた。


「うっ……!」

「お前、この状況で何笑ってるんだ」

「おい、顔を叩くのはまだやめとけ。跡が残るだろ」


 いきなり叩いた男にクラウスが注意するが、ニヤついているので本気で注意しているわけじゃないようだ。


「それでどうだ、平民。お前が辞めれば、上級クラスの生徒の席が一個空く。そこに俺が入れればいい。簡単な話だ」

「……うん、簡単な話みたいだね」


 アイナの頬の裏が切れたのか、口の中で血の味を感じる。

 この要望を断れば、口の中どころから身体中から血が出ることになるかもしれない。


 でも……。


「絶対に嫌よ」


 上級クラスに入れるチャンスを、棒に振るわけにはいかない。

 一年生の頃からずっと入りたかったのだ。


 そのために努力をし続けて、良い成績を残し続けた。


 でも自分が平民というだけで、どれだけ努力をしても上級クラスに入れなかった。


 生まれを恨んでしまって、愛して育ててくれた両親を一瞬でも恨んでしまって、自己嫌悪した。

 だから自分は家族のために、上級に入れなくても努力はやめなかった。


 誰も見ていないと思っていたけど、隣にずっといた親友のミランダだけが見てくれた。


(ミランダだけじゃなくて……精霊王のシルフちゃんと、私の精霊ちゃんも見てくれてたんだよね)


 そう思って、ふっと笑う。

 笑みを浮かべてしまったので、また頬を叩かれて「うっ!」と呻く。


 しかしこの程度で上級クラスの席を売るほど、アイナの想いは安くない。


「自分で努力できなかったんだから、甘んじて受け入れなさいよ」

「こいつ……! 平民の分際で!」


 クラウスが余裕な態度を崩して、立ち上がってアイナの腹を蹴った。


「ぐぅ……!」

「お前ら平民の立場と、次期当主の僕の立場を一緒に思うな! 次期当主だから、完璧じゃないといけないんだ! 完璧じゃなかったら、すぐにその座を降ろされるんだよ!」


 アイナは手を縛られているから、痛む腹を押さえられない。


 ただ蹲って痛みにこらえるしかできない。


 その姿を見ながらクラウスがまだ余裕がない声で喋る。


「平民が精霊魔法学校に入れることすら鬱陶しいのに、上級クラスに入る? 本当にそんな夢を見ているのか?」

「うぅ、くっ……」

「無理に決まっているだろ。お前みたいな平民は精霊の守り人にもなれないし、平民街で汚い水をすすって生きるしかないんだよ」

「……そんなこと、ないから」

「あぁ?」

「私は……王都の精霊の守り人に、なる。ミランダちゃんと、一緒に……」

「っ、お前、ふざけて――」


 ――瞬間、倉庫の壁が大きな音を立てて崩れた。


 何かが爆発したかのような音がして、壁が吹き飛んだ。


 壁が吹き飛んだ衝撃とともに、そちらの壁に立っていた一人の男も飛んで逆側の壁に激突し、意識を落とした。


「な、なんだ!?」


 クラウスがそう叫び、アイナも床に蹲りながら壊れた壁のほうを見た。


 壊れた壁の向こうで、一人の人間が浮いているのが見える。


 まだ土煙などで姿は見えないが、アイナはわかる。


「ミランダ、ちゃん……」


 思わずその名前を呼ぶと、一瞬にしてミランダがアイナの横に来た。

 消えるように風魔法で移動をしてきたのだろう。


「アイナ……!」


 倒れているアイナを見て、ミランダが泣きそうな顔をする。

 その顔を見て、アイナは逆に笑った。


「え、えへへ……ミランダちゃん、変な顔……」

「……アイナも変な顔よ。頬が、腫れているわ」

「ふふ……似合う?」

「ええ、似合うけど……いつもの笑顔のほうが、私は好きだわ」

「あり、がとう……」


 アイナはそう言ってから、目を閉じた。


 ミランダが来た安心感で、張り詰めていた緊張が解けて、意識を失った。


 だからアイナは――ミランダの怒りを見ずに済んだ。


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