第28話 救出、暴走?



「あり、がとう……」


 そう言って、アイナは目を閉じて意識を失った。

 彼女が固い床に頭をぶつけないように支えた。


「シルフ」

「なに? 私が殺せばいい?」


 ここにいる奴らに殺意を飛ばしているシルフ。


 すでに姿を見せているから、周りの奴らがとても怯えている様子だ。


 私が許可をしてもしなくても、シルフは我慢できずに周りの奴らを殺してしまいそうだ。


 でも、それは許さない。


「アイナに膝枕をして」

「……えっ?」

「彼女が寝ているから、頭が痛くならないように」

「ちょっとミランダ、今はそれどころじゃ――」


 私と視線が合った瞬間、シルフは黙り込む。

 私の怒りを感じ取ったのだろう。


「……わかったわ」

「ええ、お願いね」


 シルフは殺意を引っ込めて、アイナに膝枕をしてくれた。


 風魔法ではアイナの傷を治せないけど、痛みを和らげることはできるはず。


 シルフならアイナの頭を撫でるだけで和らぐ効果があるだろう。


 私は彼女達を後ろに置いて、まだ無様に立っているクラウスに近づいた。


「ど、どうしてここが、わかったんだ……!」


 後退りながら、顔を青ざめながら問いかけてきたのが、それなのね。


「――今、それが重要?」


 私はクラウスの前に立って、目を真っすぐ見つめながら言った。

 私のほうが背が低いのだが、彼は膝が震えているからか私と視線の位置が同じだ。


 いやそれでも……頭が高いな。


 確か跪かせるためには、上から風を圧し潰すように。


「ぐっ!?」


 前にシルフに説明された時のように、クラウスを跪かせようと上から風圧をかけた。


 だけどちょっとやりすぎたみたいで、跪かずにひれ伏してしまった。


 頭から地面に落ちたようで、額から血が出ている。


「く、そ……なぜ、なぜ、この倉庫で、精霊魔法が使えるんだ……!」


 立ち上がろうとしているクラウスだが、まだ私が上から風圧をかけているので床で這いつくばるしかできないようだ。


 自身も精霊魔法を使っているようだが、か弱い抵抗しか受けない。

 こんな雑魚に、私の親友のアイナが――。


「私は、自分に対してだったらそんなに怒らなかった。もう慣れているし、どうでもいいと思っていたから」


 まだ立ち上がれないクラウスを見下ろしながら言葉を続ける。


「でもやっぱり、アイナにやられるのだけは許せないわ」


 ああ、やはり怒りが収まらない。

 このまま魔力を暴走させて、ここら一帯を吹き飛ばしてしまおうかしら。


 ここはカポネ伯爵家が持っている、王都の外れの倉庫だ。


 カポネ伯爵家が持っている倉庫が周りにあるのだから、一帯を吹き飛ばしても問題はないだろう。


 すぐ近くアイナがいるけど、シルフが守ってくれる。


 ああ、そうね。

 このまま怒りのまま魔力を暴走させるのが、一番気持ちがよくて――。


「――ミランダ!」


 瞬間、私は後ろから抱きしめられるように止められた。

 見上げるとそこにはルカ様の顔があった。


「ルカ、様……」

「落ち着け。魔力を暴走させすぎだ。このままでは爆発するぞ」

「あっ……」


 やばい、魔力が暴走している。

 もうすでに暴走しているので、止め方がよくわからない。


「ルカ様、止め方がわからないわ」

「……嘘だろ?」

「私、魔力暴走をしたことがないから、した後の収め方がわからない……」


 もうすでに私を中心に魔力が暴走し、竜巻が起こって倉庫の壁が壊れてまくっていた。


 このままではもっと範囲が広がって、本当にあたり一帯を更地にしてしまうかもしれない。


「ど、どうやって終わらせるの?」

「完全に制御をする、のはもうできないようだな」

「うん、できない」

「荒治療になるが、いいか?」

「ええ、お願い」


 もうすでに周りにいたクラウスや他の男達は壁の瓦礫と共に吹き飛んでいるけど。

 ルカ様は水魔法を操って、自分だけは吹き飛ばないようにしているようだ。


 でもこのままでは被害がもっとすごいことになってしまう。


「よし――」

「――んっ!?」


 キスされた。


 えっ、いきなりなに!?


 しかも前回よりも長いし、離れようとしても腰を抱かれて後頭部にも手を回されているから、離れられない。


 十秒か二十秒か、はたまた一分か。


 どれだけの時間が経ったのかわからないけど、甘く痺れるような感覚に陥っていると、唐突にルカ様が離れた。


「……よし」

「っ……な、なにが『よし』なのよ!」


 私は思わずルカ様の頬に平手打ちをしようとしたが、寸前で手を握られて止められた。


「危ないな、いきなり何をするんだ」

「それはこっちの台詞よ! いきなりなんで、キスを……!」

「お前の暴走を止めるためだ」

「えっ、あ……」


 気づいていなかったが、確かに私の魔力の暴走は止まっていた。


 すでに竜巻は止んでおり、この倉庫だけがボロボロになっているが、他の建物には被害が及んでいないようだ。


 クラウスや何人かの男達が地面に刺さっているようだが、それはまあいいだろう。


「魔力暴走は、魔力を操るという意識を全く逸らすことができれば止まるんだ」

「そ、そうなのね。でもだからと言って、キスじゃなくても……」

「あの場面でミランダが一番気を逸らしそうなことは、俺とのキスしか考えられなくてな」

「っ……」

「言っただろう、荒治療になるって」


 そう言ってニヤッと笑ったルカ様に、思いっきり胸が高鳴ってしまう。


 くっ、確かに言ったし、最終的には暴走は止んだけど。

 それでも、何か大事なものを失った気がする。


 いや、もともとファーストキスは失っていたけど……。


 でもあんな何もかも頭の中から抜けて、それだけにしか集中できないような熱烈なキスなんてされていなかったから。


 それも人前で。

 いや、人は周りにいなかったわね。


 アイナは気絶しているし、クラウスや他の男達も地面に突き刺さっている。


 だから、今のを見ていたのは……。


「えっ、もう終わっちゃったの? もっと濃厚なのしてもいいんじゃない?」

「シルフ、いけませんよ。ここは外なんですし、私達も見ていますわ」

「じゃあ姿を消して見ないようにする? あっ、でも私はアイナの膝枕があるから」

「私は……特にないけど、しっかり見たいために出現しちゃいましたわ」

「ディーネが一番気になってるじゃん」


 私達の契約した精霊王だけだ。

 特にディーネ様は私達の横にいたから、じっくり見ていたようだ。


 私は全く気付いていなかったけど……!


「ルカ、ここで続きをしていいのですわよ?」

「ディーネ、ここでするわけないだろ。するにしても二人きりで、外じゃなく部屋の中だ」

「し、しないから! 続きなんか一生しないから!」


 私は壊れた倉庫の真ん中で、そう叫んだ。


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