第四十八話 語られた真実

「まったく酷い目にあったわい」


 嘆息まじりにシワシワになった胴衣の胸ぐらを正しながら老人——商人の爺さんが独りごつ。


「悪かったよ。爺さん。とにかくメアの居場所さえ教えてくれたら即刻立ち去るからさ」


 冷静になった頭で爺さんに対して行った非礼を、どういうわけかタメ口で詫びつつ、白髪のエルフ——メアの所在を訊ねる。


「まったく最近の若いもんは……。はぁ〜まあいいじゃろ。それで、メアというのはお前さんと一緒にいた白髪のエルフのお嬢ちゃんのことじゃな?」


「そう! そいつ! そいつ!」


「あのエルフのお嬢ちゃんなら、冒険者ギルドに冒険者登録しに行くと言っておったぞ」


「冒険者ギルド?」


 そう告げられて、我知らず、ブレザーのポケットから地図を取り出して目を落とす。


 目を細めて見ると、件の冒険者ギルドが北門と中央広場を結ぶ往来の中間あたり位置していることが読み取れた。


「そうか。つまり引き返さなきゃいけないのか。まったく手間のかかるエルフだぜ」


「若いの、もういいかの。わしは、これから、エルフ村、ひいては、辺境の農村まで商用があって行かねばならなくてな。あまりもたもたしている暇はないのじゃ」


「ああそうか。世話になったな。爺さん。ありがとな。助かった——って、あああああああ!」


 爺さんに礼を告げたその刹那、念頭に当初の目的が忽然と浮かびあがり、思わず大声を張りあげる。


「な、なんじゃ今度は⁉︎」


 俺の突然の叫びに、爺さんがびくりと肩を跳ねあげ、ファイターのように身構える。


「なあ爺さん、俺の身に何が起こったか知らないか?」


 俺が自身の顔を指差しそう訊ねると、爺さんが完全に白んだ顎鬚を触りながら、小首を傾げて、独りごちる。


「お前さんの身に?」


「そうだ。俺の身に何が起きたのか教えてくれ! 幌馬車で寝ていた間に俺に何が起きたのか知っているなら教えてくれ!」


 俺はコクリと首肯すると、胸の前で懇願するように指を組んで、大仰な口調で言葉を爺さんへと投げかけた。


 その言葉を見事に爺さんがキャッチすると、真剣な表情を作って、静かな口調で爺さんが言葉を紡ぎ始める。


「そうか。そんなに知りたいなら聞かせよう。何が起こったのかを」


 爺さんの紡いだ言の葉が耳朶に染み入り、思わず破顔した俺は、話しを促すように老人を煽るような言葉を口にする。


「頼む! 爺さん! 俺に真実を教えてくれ!」

 

 俺がそう言うと、爺さんがついに過去を、俺の身に何が起こったのかを語り始めた。


「あれは……そう、お前さんたちを乗せた馬車が、城門をくぐり抜け、商人組合前の往来に到着したときのことじゃ」


 爺さんが過去について語り始めると、不思議なことにまるでアニメや映画のワンシーンのように回想シーンが展開された。


「起きなさい! 夜雲! 着いたわよ!」


 完全に停止した仄暗い幌馬車の荷台で、白い髪のエルフ——メアが、気色ばんで、ブレザーを身に纏いながら眠りこける黒髪の少年——夜雲龍彦の身体を懸命に揺り動かす。


「もう少しだけ寝かせてくれ」


 眠りを妨げる振動を感じ、蚊の鳴くような声で懇願する。


 が、メアの俺を揺さぶる手が止まることはなかった……。


「いい加減起きなさい! ほら、商人のお爺さんも迷惑そうよ!」


 そう告げるメアの視線の先には、商人風の装いをした老人(爺さん)がいて、手綱を握りながら半身を捻って振り返り、明らかに迷惑そうな表情を浮かべた顔を馬車の荷台へと向けていた。


「ほら、早くー!」


「だああ! わかった! わかった! 起きるから静かにしてくれ!」


 メアの執拗な追撃に、そう言い募りながら上体を起こす。


「何よ⁉︎ その言い方、年下のくせにほんと可愛くないわね! 夜雲、あんたが起こせって言ったから起こしてあげたんでしょ? お礼の一つもろくに言えないの?」


「はい! はい! どうもありがとうございます! チッ。恩義せがましいババアは嫌になるぜ。たく」


 眠い目をこすりつつそう小声で小言を独りごつと、メアがムッとして噛みついてきた。


「今なんて言った?」


「いや別に何でもないですけど……」


 メアの醸す圧力に、まずい、と思って、目を逸らしながら空惚けてみるが、メアは猛然と食らいつくスッポンのように俺に食いさがり続ける。


「嘘! なんか悪口言ったでしょ? いいから言いなさい!」


 キンキン声で吠えるメアが煩わしく感じ、思わず皮肉が口を突いて飛び出す。


「うるせぇな。百歳超えた婆さんなのに耳が遠くなくてすげぇなって褒めたんだ——ぶべぇ!」


 その皮肉を言い切る前に、パンチが飛び、カエルが潰れたときのような声が両唇から漏れ出る。


 メアの華奢な拳が顔面にめり込み、勢いそのままに馬車の外に制服に包まれた身体が放り出される。


 顔に鋭い痛みを覚えた瞬間、今度は後頭部に同じくらい強い衝撃を感覚し、忽ち意識が消失する。 


 エンドロール終了後のムービーシアターのように、一瞬、目の前が真っ暗になって、回想シーンが朝靄のように雲散霧消すると、そこには老人がいて、困ったやつを見るような顔をしてジトッとした目で俺を見据えていた。


「つ、つまり、メアを挑発して殴られ、馬車の荷台から落ちして後頭部を強打して気絶した……ってこと?」


「つまりそういうことじゃ。それで、気絶して瀕死の重傷を負っていたお前さんを治療するために、わしが衛兵を呼んだんじゃ。あと、お前さんのツレが捕縛されたら困ると思って、強盗に襲われた人がいると、もっともらしいことを言っておいたぞ」


 真実をつぶさに口に出し、キメ顔でサムズアップする老人——爺さんを前にして、誤魔化すように笑いながらお礼を口にする。


「ははははは。そ、そうか。なるほど。そういうことだったのか。迷惑かけたな。本当に。じゃあ俺そろそろ行くわ。ありがとな」


「ああ構わんよ。さらばじゃ。若いの」


 爺さんと言葉を交わした俺は、くるりと来た方向へ身を翻すと、そそくさと逃げるようにその場をあとにした。


「エルフのお嬢ちゃんと仲よくなぁ〜」


 背後から爺さんのからかうような声が、聞こえ、うっ、と思った俺は、右手あげて、それに応えると、早足になって、来た道をずんずん引き返していった。

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