第7話 魔法陣展開!這い出る異形!

「うーん。これからどうしようかな……?」


 額に手を当て、困ったように呻く。


 辺りを見渡すが、どこまでもどこまでも草の生えた大地が続いているだけで、村落的なもの、ましてや森や川の類いすら見当たらない。


 ものすご〜く遠くに山影のようなものが見えるが、冗談抜きで、マジで遠い……徒歩だとどのくらいかかるのだろうか?


 そう考えるだけで辟易する。


 これはあれだ、旅行にいざ来たものの、なんか面倒臭くなって、無性に家に帰りたくなったときの、人肌よりも家が恋しくなったときのあの感覚に似ている気がする……。


 たぶん、これは、俗に言うホームシックというやつだな……うん……。


 結局さぁ、なんやかんや、家が一番なんですよ(絶望)。


 そうラノベ主人公らしからぬことを胸中でぬかしながら、返す刀で、崩壊寸前だった自身のラノベ主人公というアイデンティティを取り繕うように、やれやれといった感じで、ラノベ主人公然とした鷹揚な態度で、大仰に諦めのため息をつく。


 それから、けたたましく警鐘を鳴らす眠っていたはずの帰巣本能にピリオドを打つべく、「やってやんよ‼︎」と声を張りあげ、無理矢理自分自身を奮い立たせ、思考をクリアにする。


 もちつけ夜雲!


 まだ焦る時間じゃにゃいぞ!


 俺の左肩付近で小悪魔とゆるキャラを足して二で割ったかのような使い魔的なミニキャラが、俺をたしなめ慰める姿を幻視しつつ、しゃべる雲とした会話を元に、クリアになった思考をもって、現在の状況をゆっくりと整理する。


「まず俺は異世界にいる。それから、武器といくつかの能力をもらった。その効果で魔法が使える。で、魔王を倒すと元の世界に戻れる。そして、友だちはいない。彼女はもっといない。厨二なのに高一ではなく厨二病のノージョブになった。タハハ、大変だ……」


 乾いた笑いを漏らし、また笑いとは何か別の何かを漏らしそうになる。


 てか、目からは既に何かが漏れてる。


 ちぇ、雨なんか降ってないのに……。


 ちくしょう……心が……堪らなくつらいよ……。


 そんなふうに胸中でこぼして、くよくよする中で、よくよく考えてみれば、親に何も言わずに異世界に来てしまったということに気がつく。


 まあ一応、思春期だし大丈夫か(てへぺろりん)。


 それにあれだ、魔王倒せば問題ないしな!


 大丈夫!大丈夫!


 てか、魔王どこ?


 次から次へと増え続ける疑問に首を捻り、首と頭を痛めていると、このまま現実逃避しなければ、脳に深刻なダメージが及ぶと判断した俺の生存本能が魔法のようにステキな記憶を呼び起こす。


「あ! そういえば、俺、魔法使えるじゃん!」


 あの夢が現実であるならば、俺は魔法が使えるはずという忽然として生じた考えが、今まで降り積もった疑問を吹き飛ばし、一気に脳をその手中に置く。


 そして、魔法を使いたいという欲求を満たすべく、すぐさま思考を巡らせる。


「で? どうやって使うんだ? あれか? 剣をワンドみたいにして詠唱とかすればいいのか? それとも、手のひらを開いて、魔法陣を展開させればいいのか?」


 滔々と紡がれるゲームで培った知識と、自身で選択し、しゃべる雲から授かったであろう五つの魔法の名前と、水の魔法書に記載されていたそれらの説明文を照らし合わせ熟考する。


 そんなさなか、ウォーターバレットという単語が脳裏をよぎる。


「ウォーターバレット……水の弾丸……ってことは、もしかして!」


 俺はすぐさま『天の剣』を左手に持ち替えると、右手の人差し指と親指をピンと伸ばし、残りの指を折って、右手をピストルの形に変化させる。


 それから、突き出した人差し指を、真っ正面にある虚空へと向ける。


 そして、裂帛の気合いを彷彿とさせる馬鹿デカい声でもって、件の魔法名を叫んでみせる。


「ウォーターバレット‼︎」


 すると、予想通り指先からウォーターバレット……。


 もとい水の弾丸(笑い)が出ることはなく、辺りがシーンと水を打ったように静まり返る。


 きゃああああああああああ‼︎


 めっちゃくちゃ恥ずかしいいいいいいいい‼︎


 唐突に羞恥心が芽生え、顔が上気し熱を帯びる。


 そんな身内で逆巻く感情に、耐えながら、もう一度、魔法名を叫ぶ……。


 さっきよりも小さな声で……。


 今度はピストルを撃ったときの反動を再現してみようと思い、指先をわずかに斜め上に逸らすような動作を加えてみる。


 またダメか……?


 そんな弱気なことを内心で呟くメンブレした俺を否定するかのように指先に、今度は小さいネオンブルーの魔法陣が瞬時に展開され、そこから青く輝く何かが放たれる。


 その青く煌々と輝く何かは、空気を切り裂くような音を立てながら、目にも留まらぬ速さで直進すると、大体五十メートルを進んだところで、まるで空気に溶けるかのようにして掻き消える。


 それはさながら、墨汁を流し込んだかのような夜空を、鮮やかに両断する燦然と輝く流星のようだった。


「今のが……魔法か?」


 何が起きたのかよく理解できずに、目をパチクリさせる俺だったが、すぐにブンブンとかぶりを振って、そのままピストルを模した自身の右手を見据える。


「魔法だよな? 今の? 魔法陣みたいなの出てたし! よし! やったぞ! 魔法だ! やった!」


 歓喜に口元を綻ばせ、再び人差し指を真っ正面に向ける。


 そこで思い直し、今度はその人差し指もとい右腕を、若干斜め下に傾けて、草の蔓延る大地に狙いを定める。


「ウォーターバレット!」


 先程と同様に手首を軽く捻るような動作を加えつつ、魔法名を口にすると、指先にまたしても小さな魔法陣のようなものが生じた。


 そして、瞬く間に、魔法陣から水の弾丸が、疾風の勢いで、草にまみれた地面、目がけて一直線に射出される。


 ビュンという空気を裂くような音がして、青く鋭く輝く小さな魔法の弾丸が、草で葺いたその大地に炸裂する。


 その結果、草原の一部分が抉れ、雑草や土の小さな塊が目の前に飛散する。


「うお! 成功だ!」


 高揚感の滲む言葉を呟きながら、ウォーターバレットが直撃した場所に目を向ける。


 すると、大地の草は剥げ、小さなクレーターが生じていた。


 これを見るに、鉄を穿つ水の弾丸という魔法書の説明文も、どうやら眉唾ではないらしいと心の中で思いつつ、再び感嘆の声を漏らす。


「す、すげー威力だ。他の魔法も早く使ってみてぇぇぇ‼︎」


 期待感に胸を膨らませながら、残りの魔法に意識を切り替える。


「ウォーターバレットは使えたから、次は……ウォーターレプリカだな……。自分の分身体を創り出すとか……めちゃくちゃ気になるし……。よし!」


 独り言を切れ切れに呟きながら、決意したような声をあげる。


 それから、手のひらを真っ正面にある奥行きのある空間へと向けて、一際大きな声でその魔法名を叫ぶ。


「いくぜ! ウォーターレプリカ!」


 しかし、またしても……何も起きない。


 再び顔を火照らせ、柔弱な己が意志を砕く、強い羞恥が雷光のように生じ、その忸怩たる想いが身体中を電流の如く電光石火の勢いで駆け巡りそうになるが、即座に深呼吸することによって、瞬時に精神を安定化させ、その流れを瞬く間に阻害する。


「なんか……あれだな……大声を出すと魔法って使えないのかな?」


 何もかも嫌になった俺は、絶望の淵に落っこちるように膝から崩れ落ち、草の犇めく大地をバシバシと二回立て続けに手のひらで叩き、涙と愚痴を臆面もなくこぼしてみせる。


「魔法陣を展開させると、魔法が発動するっぽいってことはなんとなくわかるんだけど……うーん……うん?」


 そんな考察を愚痴のように呟いて、呻いていると、突然草の上に置いた手のひらが、光出す。


 そして、水面に波紋が生じるように、手のひらを中心に仄かに輝く半透明の魔法陣が展開される。


「どゆこと……?」


 突然の出来事に目を瞬かせ、マンホールくらいの大きさがあるその魔法陣へと目を落とす。


「なんでだろう?」


 疑問を口にしながら、魔法陣の生じていない、別の場所に手を置いてみる。


 がしかし、魔法陣は展開しない。


 頭上に疑問符を浮かべながら、口を開く。


「魔法陣……展開……どうい……う」


 口籠もりながら、考えを呟く最中、またしても手のひらが輝く。


「うお! まただ!」


 そんな呟きを無視するように再び草原に、ほんのり輝く半透明の魔法陣が展開される。


 そして、二つ目の魔法陣が展開されると、どうしてだか一つ目の魔法陣は崩れるように消え去ってしまった。


「一度に二つは展開……できないってことか? いや、そんなことより、もしかして、魔法陣と展開って言葉が条件なのか……?」


 朧げにそんな仮説を立てて、即座に行動に移す。


 トライアンドエラーこれが重要だ。何ごとも挑戦だ!


 そう思い定めた俺は、緑の絨毯に、再び右手のひらを置いて、キーワードだと思われる単語を次々と呟く。


「魔法陣……展開……うわぁ‼︎」


 すると、たちどころに手のひらが輝き、またしても魔法陣が展開される。


 そして、二つ目に展開された魔法陣は、想定通り跡形もなく消えてしまった。


 その三つ目に生じた魔法陣を見据えながら、思ったことを口にする。


「つまり、展開場所を手のひらで指定して……キーワードを呟くことで魔法陣が展開されるのか……たぶん? てか、それよりも……この魔法陣……いったいどうやって使うんだ?」


 尽きぬ疑問に頭を抱えながら、魔法使いのための塾とか予備校とかないのか?といった具合に伝家の宝刀であるところの現実逃避と他力本願を発動させる。


 さらに、自己をストレスから守るべく、魔女の……お姉さん……家庭教師……ムホホ……といった具合に、知的レベルの高い連想ゲームに興じる中で、ふとあることに気がつく。


「色が……なんか違う……?」


 覚えた違和感を口にしながら、思考を巡らせる。


 なんだか、ウォーターバレットを発動したときの魔法陣は青っぽい色だったのに、この魔法陣は透明というか半透明というかクラゲというか透明なビニール袋みたいだ。


 何か、違いがあるのか?


 うーん……あ!


 もしかして!


 なるほどなるほど……。


 わかったぞ!


 いや嘘!


 まったくわからん(吐血)。


「マジでどうすればいいんだ? あと、四つも魔法が残ってるのに……。ちくしょ〜……わかんねぇ……。早く女の子といちゃ……いや、魔王を討伐して帰宅したいのに! 早く水鬼とか伝説級の魔法使ってみてぇのに! ぐわー‼︎ ん?」


 大袈裟に頭を掻きながら呻いていると、透明というか半透明というかクラゲというか透明なビニール袋みたいな俺の魔法陣が、瞬く間に青く染まり、ボンと一気に五、六倍の大きさに、突如としてデッカくなっちゃう耳のように拡大する。


「マジで⁉︎ どういうことだ⁉︎」


 俺はなかばパニックになりながら、ゾウの耳より大きく拡大した魔法陣から転がるようにして抜け出し、踵を返して尻餅をつくと、まじまじと巨大化したその青く輝く魔法陣を凝視する。


 何かよくないものが、魔法陣から這い出してくることを暗示するかのように、冷たい怖気が、露骨に俺の背骨を這いあがってくる。


 そして、急にそんな冷汗三斗の想いになった俺と同じように、辺りに漂っていた草原、特有の長閑な空気は一変し、ひりつくような緊張感が、濛々とした暗雲のように、周囲に牛歩を彷彿させるような速度で徐々に立ち込め始める。


 そんな緊張感が張り詰めていくさなか、遂にやつがその姿を現す。


 それはいきなり出現した。


 あたかも水面から河童が這い出すかのように、巨大な骨ばった手が、巨大化した魔法陣からザブンという音とともに出現したのである。


「な、なんだ⁉︎」


 突然の出来事に、俺の目が皿のように丸くなる。


 それから、その異様な光景に数秒の間、釘づけになっていると、あることに気がついてしまった。


 魔法陣から這い出してきた巨大なその手が、明らかに人間の手の形状とは異なるということに……気づいてしまったのである……。

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