第七話 魔法陣展開!
「うーんと……これからどうしよう……」
額に手を当て、困ったように独りごつ。
縋るように辺りを見渡してみると、茫洋とした草の生えた大地があるだけで、村落的なもの、ましてや森や川の類いすら見当たらない。
周囲には草むら以外何もないが、遠い目をしてよくよく見ると、ものすご〜く遠くに青味がかった山影のようなものが視認できた。
が、冗談抜きでマジで遠い……。
徒歩だとどのくらいかかるのだろうか? そう考えるだけで辟易するくらい距離がありそうだった……。
これはあれだ、旅行にいざ来たものの、急に面倒臭くなり、何もかもどうでもよくなって、無性に家に帰りたくなったときの、人肌よりも家が恋しくなったときのあの感覚に似ている気がする……。
きっとこれが、俗に言うホームシックというやつなのかもしれない……うん……たぶん……。
「結局、なんやかんや、家が一番なんですよね〜」
誰に言うともなくそう漏らす。
「…………」
暫時、沈黙が流れ、耐えきれなくなって思わず大音声で叫ぶ。
「ぎゃああああああ‼︎ もう何もかも嫌だあああああああ‼︎」
「もちつけ夜雲! しっかりするんにゃぞ!」
恐慌をきたしたように叫んでいると、にわかに声がした。
びっくりして、電撃的に声のした方向に顔をむけると、俺の左肩付近で小悪魔とゆるキャラを足して二で割ったような見てくれの、小さなクリーチャーが浮かんでいた。
俺を窘める摩訶不思議なクリーチャーを幻視した俺は、水をかけられたように我に帰ると、そのクリーチャーを尻目に、声を出して、現在の状況を整理することにした。
「まず俺は異世界にいる。それから、武器といくつかの能力をもらった。それで、その効果で魔法が使える……らしい。で、魔王を倒すと元の世界に戻れる……らしい。そして、友だちはいない。それから彼女はもっといない。厨二なのに高一ではなく厨二病のノージョブになった。ハハハハハ、大変だ……」
乾いた笑いを漏らし、それから笑いとは別の何かを、我になく漏らしそうになる……。
てか、目からはすでに何かが漏れている。
ちぇ、雨なんかぜんぜん降ってないのに……。
ちくしょう……。
心が……心がつらいよ……。
胸中でそう溢して、くよくよする中で、よくよく考えてみれば、親に一切何も言わずに異世界に来てしまったことに、はたと気がついた。
「…………」
まあ一応、思春期だし大丈夫か……。
本当に大丈夫か……?
そうだ!
あれだ!
魔王倒せば帰れるらしいから大丈夫だ!
大丈夫!
大丈夫!
よかった〜大丈夫で!
「よし! とにかく、魔王だ! 魔王を探そう!」
そう言って、現実から目を背けるように、四辺に目を投げる。
が、魔王の居場所を特定できるような手がかりは、見当たらない。
「…………」
手かがりないので、魔王を探すのを一旦やめにした俺は、魔王と相対したとき、どのようにして魔王を倒すのかについて考えを巡らせることにした。
魔王を倒すには、力が必要だ。
俺に授けられた力……剣と……魔法。
魔法?
「そうだ! 魔法だ!」
俺は、自分が魔法を使えるらしい、ということを思い出すと、それが事実かどうかをたしかめるべく、敢然と行動を開始した。
「で? どうやって使うんだ? あれか? 剣をワンドみたいにして詠唱とかすればいいのか? それとも、手のひらを開いて、魔法陣を展開させればいいのか?」
滔々とゲームで培った知識を披露しつつ、右手に握った剣と無手の状態の左手に交互に視線を走らせる。
そんなさなか、『ウォーターバレット』という単語が脳裏をよぎる。
「ウォーターバレット……水の弾丸……ってことは、もしかして!」
俺はそう口にすると、すぐさま剣を左手に持ち替え、右手の人差し指と親指をピンと伸ばし、残りの指を折って、右手をピストルの形に変容させた。
それから、突き出した人差し指を、真っ正面にある虚空へと向ける。
そして、裂帛の気合いを彷彿とさせる馬鹿デカい声でもって、件の魔法名を口にした。
「ウォーターバレット‼︎」
すると、予想通り指先からウォーターバレット……もとい水の弾丸(笑)が出ることはなく、代わりに辺りがシーンと水を打ったように静まり返る。
ぐぎゃああああああああああ‼︎
むちゃくちゃ恥ずかしいいい‼︎
唐突に羞恥心が芽生え、瞬く間に顔が上気し熱を帯びる。
身内で火の渦のように逆巻く感情に、耐えながら、もう一度、魔法名を叫ぶ……。
さっきよりも小さな声で……。
今度はピストルを撃ったときの反動を再現してみようか、と思い、指先をわずかに斜め上に逸らすような動作を加えてみる。
またダメか……?
心の中でそんな弱気なことを呟くメンブレした俺を否定するように指先に、今度は小さいネオンブルーの魔法陣が瞬時に展開され、そこから青く煌々と輝く何かが、猛然と躍り出る。
その輝く何かは、空気を切り裂くような音を立てながら、目にも留まらぬ速さで直進すると、大体五十メートルを進んだところで、空気に溶けるようにして消えてしまった。
それはさながら、墨汁を流し込んだかのような夜空を、鮮やかに両断する燦然と輝く流星のようだった。
「今のが……魔法か?」
何が起きたのかよく理解できずに、目をぱちつかせる俺だったが、即座にブンブンかぶりを振ると、間髪入れずにピストルを模した自身の右手に目を注いだ。
「魔法だよな? 今の? 魔法陣みたいなの出てたし! よし! やったぞ! 魔法だ! やった!」
歓喜に口元を綻ばせ、再び人差し指を真っ正面に向ける。
そこで思い直し、今度はその人差し指もとい右腕を、若干斜め下に傾けて、草の蔓延る大地に狙いを定める。
「ウォーターバレット!」
先ほどと同様に手首を軽く捻るような動作を加えつつ、魔法名を口にする。すると案の定、指先にまたしても小さな魔法陣が生じた。
そうして、瞬く間に、魔法陣から魔法の弾丸が、疾風の勢いで、草にまみれた地面、目がけて一直線に射出された。
ビュンという空気をつんざくような音がして、青く鋭く輝く小さな魔法の弾丸が、草で葺いたその大地に炸裂する。
その結果、草原の一部分が抉れ、雑草や土の小さな塊が目の前に飛散する。
「おお! 成功だ!」
高揚感の滲む言の葉を口にしながら、ウォーターバレットが直撃した場所を注視する。
そうすると、大地の草は剥げ、小さなクレーターが生じていた。
これを見るに、「鉄を穿つ水の弾丸」という魔法書の説明文も、どうやら眉唾ではないらしい、と心中で思いつつ、再び感嘆の声を漏らす。
「す、すげー威力だ! 他の魔法も早く使ってみてぇぇぇ‼︎」
期待感に胸を膨らませながら、残りの魔法に意識を切り替える。
「ウォーターバレットは使えたから、次は……ウォーターレプリカだな……。自分の分身体を創り出すとか……めちゃくちゃ気になるし……。よし!」
独り言を切れ切れに呟いて、爾後、決意したような声をあげる。
それから、手のひらを真っ正面にある奥行きのある空間へと向けて、一際大きな声でその魔法名を叫ぶ。
「いくぜ! ウォーターレプリカ‼︎」
しかし、またしても……何も起きない。
再度顔を火照らせながら、独りごちる。
「なんか……あれだな……大声を出すと魔法って使えないもんなのか?」
冷や水を浴びせられた俺は、膝から崩れ落ちると、青い草の犇めく大地に剣を刺し、片手をついて、四つん這いのような格好をする。
「魔法陣を展開させると、魔法が発動するっぽいってことはなんとなくわかるんだけど……うーん……ん?」
そんな考察を愚痴みたく呟いて、唸っていると、突然草の上に置いた手のひらが、光出す。
ややあって、水面に波紋が生じるように、手のひらを中心に仄かに輝く魔法陣が展開される。
「どゆこと……?」
急な出来事に目を瞬かせ、マンホールくらいの大きさがあるその魔法陣へと目を落とす。
「なんでだ?」
疑問を口にしながら、魔法陣の生じていない、別の場所に手を置いてみる。
がしかし、魔法陣は展開しない。
頭上に疑問符を浮かべながら、口を開く。
「魔法陣……展開……どういう——」
口籠もりながら、考えを呟く最中、またしても手のひらが輝く。
「うお! まただ!」
驚く俺を横目に、再び草原に、ほんのり輝く魔法陣が展開される。
そうして、二つ目の魔法陣が展開されると、どういうわけか一つ目の魔法陣は崩れるように消え去ってしまった。
「一度に二つは展開……できないってことか? いや、そんなことより、もしかして、魔法陣と展開って言葉が条件なのか……?」
朧げにそんな仮説を立てると、即座に行動に移す。
緑の絨毯に、再び右手のひらを乗せると、キーワードだと思われる単語を立て続けに呟いてみた。
「魔法陣……展開……。うわぁ‼︎」
すると、たちどころに手のひらが輝き、またしても魔法陣が展開される。
そして、二つ目に展開された魔法陣は、想定通り、跡形もなく消えてしまった。
その三つ目に生じた魔法陣を仔細に眺めながら、思ったことを口にする。
「つまり、展開場所を手のひらで指定して……キーワードを呟くことで魔法陣が展開されるのか……たぶん? てか、それよりも……この魔法陣……いったいどうやって使うんだ?」
尽きぬ疑問に頭を悩ませながら、魔法使いのための塾とか予備校とかないのか? といった具合に伝家の宝刀であるところの現実逃避と他力本願を発動させる。
さらに、現実逃避を拗らせ、魔女の……お姉さん……家庭教師……ムホホ……といった具合に、知的レベルの高い連想ゲームに耽っていると、ふいとあることに気がついた。
「色が……なんか違う……?」
覚えた違和感を口にしながら、首を傾げる
なんだか、ウォーターバレットを発動したときの魔法陣は青っぽい色だったのに、この魔法陣は半透明なビニール袋みたいな風合いだ。
何か、違いがあるのか?
うーん……あ!
もしかして!
なるほど!
そういうことか!
わかったぞ!
いや嘘!
まったくわからん‼︎
「マジでどうすればいいんだ? あと、四つも魔法が残ってるのに……。ちくしょ〜……。ぜんぜんわかんねぇ……。早く女の子といちゃ……いや、魔王を討伐して帰宅したいのに! 早く水鬼とか伝説級の魔法使ってみてぇのに! ぐわー‼︎ ん?」
大袈裟に頭を掻きながら呻いていると、半透明なビニール袋みたいな風合いの魔法陣が、瞬く間に青く染まり、ボンと一気に五、六倍の大きさに、突如として拡大する。
「マジで⁉︎ どういうことだ⁉︎」
なかばパニックになりながら、いきなり拡大した魔法陣から転がるようにして抜け出し、踵を返して尻餅をつくと、まじまじと巨大化したその青く輝く魔法陣を凝視する。
何かよくないものが、魔法陣から這い出してくることを暗示するように、冷たい怖気が、俺の背筋を這いあがってくる。
そうして、急にそんな冷汗三斗の想いを抱いて青い顔をした俺と同じように、辺りに漂っていた草原、特有の長閑な空気は一変し、ひりつくような緊張感が、濛々とした暗雲よろしく、周囲にみるみる立ち込め始める。
緊張感がありありと張り詰めていくさなか、ポチャンという水音が俺の耳を掠めた。
その音の出所は、面前に鎮座する魔法陣であるらしかった。
目を細め、釘づけになっていると今度はザブンという水音がした。
その音は最初に耳にした音よりも明らかに大きな音だった。
その音に驚いて、肩を跳ねあげた瞬間、目に異様なものが飛び込んできた。
目にゴミが入ったときのように、目をぱちくりさせる俺の目には、異様を絵に描いたような光景が映じられていた。
なんと、巨大化した魔法陣から、骨ばった巨大な人の手がにゅっと飛び出していたのである。
「な、なんだ⁉︎」
その突然の出来事に、眦が裂けてしまいそうだった。
爾後、その異様な光景に目を奪われていた俺が、初め巨大な人間の手だと認識していたそれが、人間の手ではない、ということに気がついたのは割とすぐのことだった。
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