第六話 異世界で呻く

 チュンチュンと小鳥の囀る声で、目が覚めた。


 俺の満面には心地よい日差しが、燦々と降り注いでいる。


「ふわぁ〜」と言いながら、仰臥したまま大きく伸びをして、薄く両瞼を開ける。


 にわかに眩しさを感じ、諦めて瞼を再び閉じる。


「 ふぁ〜よく寝た」


 欠伸混じりに、そんな月並みなことを呟く。


 それから、未だ脳中に焼きついている……あの摩訶不思議な夢について心中で、ポツリポツリとその所感を述べる。


 変な夢だったな……。


 雲がしゃべるだなんて……。


 見た夢の内容に苦笑した俺は、再び瞼を、今度は完全に開いて、馴染みの自室の天井に目を向ける、と、そこには目が覚めるような蒼天と、柔らかく莞爾と微笑む太陽があった……。


 ん? なんで空? ん? どうして太陽? 


 …………ドッキリか?


 人を寝てる間に移動させるというドッキリを、以前ネットの動画サイトで見たことがある。が、あれはネットタレントが、仲のいい友だちに、悪ノリでするようなドッキリ企画だったはず……。


 でも、俺の知り合いにそんなネットタレントなんかいないし……というかまず友だちと呼べる存在が俺にはいない……。


 何かがおかしい。


 こんな非の打ちどころのない、俺に友だちがいないことよりもありえない何かが、俺の身に起きている。


 胸に兆した違和感を体外に追い出すように、鼻から空気を吸ってそれを一気に吐き出す。


 まあ一旦落ち着こう。


 そう思い、再度息を吸い、今度はゆっくりと長く吐く。


 そうやって、思考の安定化を図る。


 起き抜けの頭に十分酸素が供給されたことで、頭が段々冴えてきた。


 そして、その冴えた頭で考える。


 まず、俺には友だちがいない……。


 つまり、これは、この今の状況は、ドッキリなんかじゃないということだ‼︎


 そう結論づけて、やるせない気持ちになり、現実から目を背けるように、何かに縋るように、起き直って周りを見渡す。


 すると、目に映るのは茫々たる青い草原であった……。


 どうやら、俺は自室ではなく広大な草原のど真ん中にいるらしい……。


「なんで?」


 そんな疑問が、我知らず口を突いて飛び出した。


 そのとき、ふと右手に何かが握られていることに気がついた。


 視線を大草原から外し、手に握られたその何かに向ける。


 手に握られていたのは、紫色の液体……がなみなみと入った透明な小瓶だった。


 見覚えがあるような? ないような? そう思いながら、記憶を辿る。


 そうして、思い出す。


 この小瓶がポーションと呼ばれる回復薬であるということを……。


 さらに、理解する。


 夢が、夢ではなかったということを……。


「俺は……俺は、本当に異世界に来たのか⁉︎ やったー‼︎ もう学校に行かなくていいんだ! やったぜ! あばよ! 退屈なスクールライフ! さらば! 現文のオニザキ! じゃあな! 有象無象のクラスメートたち! 俺は高卒になるんじゃない! 英雄になるんだ!」


 顔に笑みを湛え、歓喜の籠った声をあげる。


 そして、ふとあることを思い出し、ポーションをブレザーのポケットに仕舞い込む。


 それから、フリーになった手のひらをじっと見据える。


「じゃあ、あれも現実ってことか……?」


 そう独りごちながら、両瞼を閉じて、あるイメージを念頭に思い浮かべる。


 それは、鞘から剣を抜き去るイメージ……。


 その動作をありありとイメージした瞬間、空いていたはずの手のひらに途端に質量が生じた。


 手中に沸くように出現したその物体に、目を向けポツリと誰に言うともなく呟く。


「天の剣……」


 俺は剣のグリップを握り込むと、立ちあがって、思いっきり、それを真一文字に薙いでみせた。


 ぶん! という空気をつんざく音が耳に届く。


「すげ〜! 本物だ〜!」


 感嘆の声を漏らした俺は、思いがけず我に帰ると、つい考えてはいけないことを考えてしまう。


「これからどうしよう……」


 右手を……剣をだらんと垂らし、太陽と白い雲が浮かぶ、空を仰ぎ見る。


 空は澄んでいて、どこまでも高い……。


 なんて、美しい空だろう……。


 こんな青空を見ていると、将来のことなんかどうでもよくなってく——いや! よくない! まったく! ぜんぜん! よくない‼︎


 頭を抱え、夜雲龍彦が呻く。


 頭を両手で押さえ、苦鳴を漏らす夜雲を尻目に、その呻き声を合図に、夜雲の異世界を股にかける冒険活劇の幕が今切って落とされた‼︎

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