第三話 異世界に行きたい!

 ようやく家に辿り着いた。


 ついに、俺は学校から帰宅したのだ……。


 つらくきびしい道のりだった……。


 感に堪えない想いで胸がいっぱいだ……。


 俺は胸中でそう述懐すると、鞄の中から家の鍵を取り出し、即座に鍵穴に差し込み手首を軽く捻ってみせた。


 すると、ガチャリと小気味のいい音が鳴り、その音を合図に張り詰めていた緊張の糸が切れたかのような心持ちになった。


 そして、勢いよく家の玄関のオートロック式の扉を開け放つと、すぐに靴を脱いで、式台にあがり、靴をそろえることなく、玄関をあとにした。


 それから、足取り重く軋み音をあげながら階段をのぼり、二階にある自室に入ると、入り口そばの片切スイッチを指で押し、鞄を放り投げて、照明の無機質な白い光に照らし出された狭い部屋の三分の一を占領する愛用のベッドに身を投げ出しゴロンと寝転がった。


「ぐああああ! 疲れたあああああああ! オニザキうぜえええええええ! きえええええええええええええ‼︎」


 人前では決してあげない首を絞められたガチョウような奇声をあげ、ベッドの上で脚をジタバタさせる。


「マジでふざけんなよオニザキのやろう! どう見ても現文ってなりじゃねぇだろうがよ! 見た目的に体育教師だろ! ふざけやがって! 許せねぇよ! ちくしょう‼︎」


 拳で枕を殴りつけ、理不尽な罵詈雑言を滔々と口から吐き出し、今日あった不運を頭の中で反芻する。


「あ〜あ〜明日も学校か〜。だり〜いきたくねぇ〜。てか、あれだわ。俺はこの世界に向いてねぇ気がするわ。神さま! どうかお願いします! 異世界に行きたいです! どうかどうか異世界に行かせてください! この通り‼︎」


 手の皺と皺とを合わせベッドに仰向けになって懇願する。


 明らかにものを頼むような態度ではない。


 数秒の沈黙をおいて、夜雲龍彦は両腕を広げ、ベッドの上で大の字になると、眼前の虚空を見るともなく見つめる。

 

 そうして、誰に言うともなく独り言を呟いた。


「なーんてな。マジでなんとかならねぇかな〜。うわ〜なんか、急につらくなってきた〜。もう寝よ。朝になったら、シャワー浴びよ! 今日はもう寝る!」


 夜雲はそう言うと、ベッドの端に置いてあるリモコンを手に取り、電気を消す。


 それから、目を閉じ、独りごつ。


「異世界……。どうか異世界に行かせてください……。この通りぃぃ……」


 夜雲の独り言は部屋の闇に掻き消え、夜雲の意識もまた闇に沈み込むようにして、徐々に薄れていった。

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