第三十七話 三つ首の怪物

フラッシュライトよりも強烈な白い閃光が、再び洞窟の最奥部を白く塗りつぶす。


 ついで、顔に覆い被さった指の隙間、ついで細めた瞼の隙間に苛烈なその光が、あたかもゴキブリのように入り込み俺の視界を圧倒的な白で埋め尽くす。


 あまりの眩しさに身を揉んでいると、耳馴染みのあるだるまさんが転んだを想起させる調べが耳をくすぐり、その苦悶を見事に霧散させる。


「「も〜ういいか〜い?」」


「どう考えてもそれは俺のセリフだろうが!」


 そんな赤子の手を捻るという暴力的かつ非道徳的な表現より捻りのないツッコミを入れながら、顔に纏わりついた自身の指を引き剥がし、鋭い視線を音の発生源に包丁の切先が如く突きつける。


 すると、目の前の光景を見て、思わず息を呑む。


「な、なんだ……? その姿は?」


 嫌な汗を全身に一分の隙もなく張りつかせ、おずおずと訊ねる。


 そうして、その問いを受けて、目の前の怪物——邪竜がしずしずと大きな口を動かす。


「「どうだ? 驚いたか? ククク」」


 悪役然とした笑い声を耳にした俺は、額に浮かんだ汗を手の甲で拭いながら、頬をひくつかせる。


 それから、変貌を遂げた邪竜の全身をよくよく見て、一際大きな声でその変身に対する所感をあけすけに言い放つ。


「驚くも何も……またしても『ヤマタ』じゃねぇじゃねぇか! 怖がって損したわ!」


 ほんの数秒前まで、双頭の蛇のように二つの首を生やした姿をしていた目の前の怪物は、瞬く間にケルベロスのように三つの首を持った怪物へとその姿を変容させていた。


 ナイフよりも鋭利な指摘を受けた怪物——邪竜の三つの頭のうち、真ん中の頭がその凶悪な面を曇らせ、バツが悪そうに目を伏せる。


 そして、俺から見て右側の頭は、目を犯人のように泳がせながら、口笛を吹いている。


 リアクションぐらい統一しろや!と叫ぼうとしたところで、出し抜けに突然に人が恋に落ちるかのように、邪竜の双頭が同時にその太い首をぶんぶん振って我に帰り、俺を四つの恐ろしい眼球で見据え、開き直ったかのようなテンションで言い訳をし始めた。


「黙れ! もし我が『ヤマタ』であったならば、貴様、すでに死んでいたぞ!」


「そうだ! すでに死んでいたぞ!」


「どこの伝承者だよ! そういうのは、俺の死が確定してから言うセリフでしょうが! しかも、死んでるのはお前の方だろ! どう見ても!」


 俺はそう言うと人差し指を前に突き出す。


 指の先、俺から見て左斜め前には、邪竜の頭があった。


 それは、見覚えのない頭だった。


 たぶん……双頭の状態だったときには生えていなかった頭だ。


 なんか、他の頭と違って、鯉の髭みたいなのが生えている……。


 その点を踏まえて指先にいる頭が、三番目に生えた頭なのは間違いなかった。


 なんとなくだが、邪竜の頭には、個々に、かすな個性のようなものがある気がしていた。


 少なくとも、髭を生やした頭以外の頭にはわずかながらではあるが、顔つきや性格、発言に個性のようなものを感じることができた。


 だが……前述した通り、新しく生えた三番目の頭には髭以外に個性のようなものを感じることはできなかった……というよりも生気すら感じることができなかった。


 なぜかと言うと、その三番目に生えたであろう頭が、なぜか他の二つの頭と異なり、萎れた花のようにだらりと地面に首を垂れていたからだ……。


 あと若干体表の色も褪せている……ような気がする……。というか、ぶっちゃけ死んでいるといっても過言ではない見てくれをしている……。


「これは、あれだ! 酒を飲みすぎたせいでこうなっているだけだ! 断じて、死んでいないし、魔力が枯渇してるとかそういうことじゃないから安心していいぞ!」


「安心していいぞ!」


 しどろもどろに応える邪竜に憐憫の眼差しを向けると、邪竜が仕切り直すようにゴホンと仰々しく咳払いをしてみせる。


 それから、大きく息を吸い込んだかと思うと、まるで何かを誤魔化すかのように腹の底に響くような凄まじい雄叫びをあげた。


 すると、一気に今まで弛緩していた空気が、ひりつくものへとその姿を豹変させる。


 さすがは、邪竜と名乗るだけのことはある。


 そう思いながら、剣の切先を邪竜へと向ける。


 ついに、待ちに待ったこの瞬間が訪れた。


 そうこれは、『ボス戦』というやつだ。


 これだ!これこそが、俺が憧れていたやり取りだ!


 ここまで来るのにいろいろと思い通りにいかないことばかりだったが、この勇者(自称)と怪物の戦いだけは、これだけは誰にも止めることはできない。


 母さん!父さん!あなたの息子は、今日から英雄(自称)になります!


 そう意気込んで、剣を両手持ちで構え、邪竜を力強い勇者めきたる不退転の決意が込められた眼差しで、さながら射るように力強く睨み据える。


 すると、邪竜の二つの頭が待ってましたと言わんばかりに、同時にその恐ろしい竜の口を開く。


「「来い!」」


「いくぞ!」


 邪竜の言に応えるように、俺がそう叫んで、駆け出そうとしたところで——ある声が洞窟内に響いた。


「動かないで! そいや!」


 聞き覚えのある声だった……。


 そう思いながら釘づけされたようにそのまま足を止めると、忽然と前方に極太の火柱が出現し、三つ首の邪竜をあっという間に丸呑みにしてしまった……。

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