第三十六話 双頭の竜

 首が欠損した邪竜の胴体からスタングレネイドくらい眩しい光が発せられ、仄暗かった洞窟内部が一分の隙もないくらいに白く染めあげられる。


「ぐわああああ‼︎ 眩しぃぃぃ‼︎」


 辛抱堪らずそう叫びながら、目を保護するように両腕で顔を覆い隠す。


 すると、出し抜けに、だるまさんが転んだを彷彿とさせるリズミカルな声が、ぐらりと俺の耳朶を揺さぶった。


「「もぉーいいぞ!」」


 そう言われて、素直に両の腕を顔から離し、目を見開くと、驚くべき光景が眼前に広がっていた。


 目の前にいたのは、双頭の大蛇が如き竜であった。


 見覚えのある凶悪な容貌から、それが青年のような風貌をした邪竜が、変貌を遂げた姿だと瞬時に判断する。


 変身……しやがった……。


 最悪だ……。


 心中でそうぼやきながら口を真一文字に引き結んで、双頭の竜と化した邪竜を警戒するように目を細め繁々と様子を観察する。


 その直後、俺の胡乱な視線を受けた邪竜が笑み崩れ、『同時』に口を開き、示し合わせたかのように鋭い牙を見せつけると、『同時』に挑発するかのような言葉を口にする。


「怖いか? 小僧」


「ビビってるな? わっぱ」


「な、なんだって?」


 同時に違う言葉を紡ぐ双頭の竜が何を言っているのか聞き取れず、思わず聞き返す。


「だから、怖いか? 小僧」


「だから、ビビってるな? わっぱ」


 音と音が干渉して何を言ってるのかまったくわからねぇ……。


「何言ってるかわからねぇよ! 同時に違うことをくっちゃべるな! 俺は聖徳太子じゃねぇんだぞ!」


 苛立ち混じりにそう言い募ると、邪竜の双頭が互いに顔を見合わせ、大きく太い丸太のような首を小さく捻ってみせる。


「なんだ? その聖徳太子とか言うのは?」


「なんだ? なんだ?」


「だ・か・ら、同時に違う言葉をしゃべるな! あと、そこに食いつくんじゃねぇよ!」


「「そうか。それもそうだな。失敬失敬」」


「はぁーいらいらする……」


 ダブリングしたボーカルのような音声を耳にした俺は、嘆息混じりに胃の腑からせりあがってきた苛立ちをボソリと口にした。


「「聞いて驚け! 我こそが、あの、かの有名な『邪竜ヤマタノオロチヒュドラ』その竜である。膝を折り首を垂れれば、配下にしてやらないこともないぞ!」」


 邪竜の発言を受けて、上下関係とか無理な俺は、渋い顔を作り硬い声で応える。


「いや、そういうのはちょっと……。あと、なんだよ、その欲張りセットみたいな名前は?」


 聞いたことのある怪物の名前をこれでもかと、いたずらに無理矢理に羅列し、木工用ボンドでくっつけたかのような仰々しいその名前に、反射的にツッコミを入れる。


 その言葉を受けて、邪竜がキョトンとした顔で言葉を発する。


「「何? 貴様、我の名を知らぬというのか? なんだ? 洞窟にでも住んでいた口か?」」


 遠回しに世間知らずだと言われたこと、オマケにお前が言うな的な発言を受けて、湧きあがった苛立ちを原動力に、再びツッコミを入れるべく口を懸命に動かす。


「どんな口だ⁉︎ 洞窟が棲家の癖によくそんなことが言えるな! あと、どうして『ヤマタ』を名乗っているんだ? どう見ても『ニマタ』じゃろがい⁉︎」


 これでもくらえ!と言わんばかりに、蝶のように舞い蜂のように刺すボクサーのように、論破するために泥団子のように磨きあげた己の泥縄で用意した言葉を、マシンガンのように口から早口で、立て板に水を流すかのように紡ぎ出す。


 だが、俺のありったけを、畳みかけるようなツッコミを受けて、返ってきたのは、俺の想像を絶するような言葉だった……。


「「そうか? 見たいか? 我の真の姿が?」」


 意地悪な笑みをその瓜二つの面に湛えた邪竜が、そんな耳を疑うようなことをのたまう。


「いや、いい、やめて、うそ、うそ、うそ、ええて、まじで、そういうのええて、おもんないから……やめて、マジで頼むから……」


 俺は大仰に両の手を振って、邪竜のその言葉を拒絶するが、願いも虚しく邪竜は聴く耳を持たなかった。


「「刮目せよ! 我の真の姿を!」」


 邪竜はそう一際大きな厳かな声をあげると、ハイビームより眩しい白光を全身から放ち始める。


「ぐあ! 眩しい! 目がぁぁぁ‼︎」


 顔を両手で覆い苦しむ俺の悲痛な叫びを塗り潰すように、再び洞窟内部は白い閃光で一杯になってしまった……。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る