第二十八話 昼食

 森の木々の繁茂した枝葉が落とす影の中を、黙々と進むこと約一時間、ようやく、『オロチ山』の入山口だと思しき場所へと辿り着いた。


「やっとついた〜。たぶんここに違いない」


 そう独りごち、膝に両手を突いて、ぜいぜいと肩で息をする。


「本当なら、もうとっくに着いていたはずなのに……。はぁはぁ……ぜんぶあいつらのせいだ……ちぃ……」


 二匹の怪物の姿が脳裏を掠め、忌々しげに舌打ちする。


 すると、やにわに、グゥ〜という腹の音が、ぐらりと耳朶を揺らした。


「……それにしても……腹が減った……。あ!」


 あることをはたと思い出し、一際大きな声で叫び、手のひらを繁々見つめる。


「ランチがいない!」


 見ると手のひらは無手で、昼食にするために捕まえたはずの蛇が、いつの間にかいなくなっていた。


 どうやら戦闘の最中に、取り逃してしまったらしい……。


「ちくしょう……。どうして俺がこんな目に……。そうだ。ぜーんぶあいつらのせいだ……。許せねぇ」


 胸中で怒りがメラメラと燃えあがるのを感じながら、この筆舌に尽くし難い情動をどこかにぶつけたい衝動に駆られるが、ちょうど水でも差すかのように、グゥ〜グゥ〜と腹の虫が今度は輪をかけてけたたましく喚き散らす。


「はぁ〜もう〜嫌だ……。お家帰りたい……。温かいご飯で腹を満たしたい……」


 空腹によって心が弱り、思わず嘆息混じりにそう零す。


「まぁしょうがない……。諦めてのぼるか……。ここを乗り越えれば、きっと……きっと楽になる! だから、頑張れ俺! そ、それに……邪竜を殺して……食ってやればいいだけだ……グハハハハ」


 そうやって自身を宥めすかしてみるが、激しい空腹感によって崩壊しつつある正気までは、どうすることもできなかった。


 この煩わしい苦しさを置き去りにするように、俺はうねる山道を、しぶしぶのぼり始めた。

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