第四十九話 エルフに金をせびられまして
俺は、商人組合から来た道を戻り、賑やかな広場を通過して、ギルドを目指していた。
緑色の家屋の群れに挟まれる往来を歩くこと二十分、ふと左の方に顔を向けると妙に見覚えのある白い頭髪の少女? の姿が目についた。
立ち止まって目を細めて見ると、その白い頭髪の少女? は、しゃがみながら手に小石を握り、懸命に地面に落書きか何かをしている様子だった。
孜々として地面を小石で抉る少女? の背後に近づき、言葉を投げかける。
「何してんのお前?」
瞬間、少女? の妖精を彷彿させる尖った耳がぴくりと動く。
地面に小石をリリースして、手について泥を払いながら少女? が膝を伸ばすと、くるりと振り返って、あけすけに言葉を口にした。
「暇潰しよ。ずいぶん遅かったわね。どこほっつき歩いてたの?」
振り返った拍子に、揺れた絹糸に似た風合いの髪を、我知らず目で追いかけた俺は、即座に我に返ると、一言一言丁寧に言葉をじれたような風情で返す。
「てめぇ。俺が……いったい……どんな想いで……ここまで来たと——」
メラメラ身内で猛る怒りの炎の熱エネルギーをブレスに変えて、ドラゴンのように吐きかけようとしたそのとき、寝耳に水を入れるかのようにして言葉が飛び、なみなみと水が差され、とつとつと紡いでいた言葉が遮られる。
「そんなことより、はい!」
少女? の朗々たる言葉とすっと差し出された手のひらを前にして、我にもなくぎゅっと眉根が寄る。
「なんだよ? その手は?」
訝しんだ俺がそう疑問を呈すると、少女(二百十七歳)——メアが、あっけらかんとした態度で言葉を続ける。
「何って? お金に決まってるでしょ。冒険者登録の費用、二百五十ジャラチャリン」
真率な表情のメアのルビー色の瞳を見つめながら、眉を曇らせたまま、きっぱり否定の言葉を口にする。
「ないぞ」
すると、メアが、はぁ〜、とため息をつく。
「そういうのいいから、ちょっと飛んでみなさいよ」
大仰に肩をすくめながら、とんでもないことを口走るメアに、こめかみをひくつかせ、わずかに気色ばんで再度同じような意味合いの返事を叩き返す。
「だから、ねえって!」
そう言い切って、ズボンの両ポケットを裏返した俺を認めて、メアが心底、人を馬鹿にした表情を作って無遠慮に告げる。
「甲斐性がないと女の子にモテないわよ」
「うるせえよ!」
コント師のような口調で俺がそう言うと、間髪入れずに、メアが両の手のひらを勢いよく合わせる。
パチンという小気味いいその音を耳にしつつ、眦を決したメアと視線がかち合う。
そのときなんだか嫌な予感がした俺は、「何……だよ?」と恐る恐る切れ切れに疑問を口に出した。
「そういえば……夜雲……あなた、なんだか高そうな剣……持ってたわよね?」
臆面もなくそう訊いてくるハイライトの消失したメアの赤い目を目にして、ギクリとしてわずかに後ろにさがると、拒否するように両手のひらを前に突き出し、拒絶の言葉を滔々と聞かせる。
「無理無理無理無理、それだけは絶対に無理だ‼︎」
俺の怪力や魔法の力の源である『天の剣』を手放したら、こんなモンスターが跋扈する世界でどうなるか、考えただけでも身の毛がよ立つ。
「はぁー。まったく。じゃあ。他に何か金目のものはないの?」
嘆息混じりにそう問われ、怒りを覚えるよりもまずメアが剣を諦めてくれたことに安堵した俺は、腕組みをしてフクロウのように小首を傾げて頭を捻る。
売れそうなものか……?
そう考えながら自身の足元を仔細に眺める。
視線の先には、エルフ村の村長にもらった金運アップ効果(真偽不明)があるという白い蛇革のサンダルが一対あり、わずかに泥が付着して汚れていた。
こいつらを洗って綺麗にすればいけるか? と思ったとき、なにかの拍子に、念頭に矛を交えた邪竜やそれらの部下たちとの記憶がどこからか流れ込んできた。
それらの去来した記憶が、呼び水となり、思わず「あ!」と声をあげる。
「何か売れそうなもの思いついた?」
期待の色が差しキラキラと輝く双眼で、こちらを見つめるメアのそれらの紅玉のような二つの瞳の中で、俺がニヤリとほくそ笑む。
「思いついた」
得意げに紡ぎ出した俺の言に、メアの満面がぱあっと華やぐ。
「さすがー!」
「さぁ、俺のとっておきのお宝を買い取ってくれる場所まで案内してくれ」
「こっちよ! ついてきて!」
俺は、そう言い残して身を翻して歩き出したメアのあとに続いて、邪竜たちとの戦いの戦利品として手に入れたお宝がいったいいくらで売れるのか? 遊んで暮らせるぐらいの値段で売れてくれたらいいなぁ、ということを考えた。
家に帰りたい!念願の異世界に来た俺は強くそう思わざるを得なかったのだ! 砕片皿ウツワ @saihenzarautuwa
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