家に帰りたい!念願の異世界に来た俺は強くそう思わざるを得なかったのだ!
砕片皿ウツワ
第1話 家に帰りたい
ああ〜だりぃ〜。
そう心の中で、間延びする声をあげる。
何がだるいかって?
そう授業だ。
高校の授業は実に退屈だ。
しかも、第一志望ではない高校の授業は、特に退屈だ。
だから、入学してから俺のモチベーションは萎えに萎え、今ではもう枯れ枝のごとくなり果て、他人からさりげなく振りかけられる些細な心ないデリカシーのない一言で、簡単にバキバキに折れてしまう状態にある。
特に同年代の女子のキモいという言葉は、トンカチのように俺のモチベーションを、折るだけにとどまらず、粉々にことごとく砕くから注意が必要だ!
マジ女子怖い。
あと、クラスで女子の集団が会話してると俺の悪口言ってるんじゃないかって、ものすごく不安になるんだよね(笑)。
また、始まった〜!
夜雲くんマジ自意識過剰〜!
女子は、夜雲くんの悪口なんて絶対に言ってないよ(笑)。
マジで落ち着けって(笑)。
……マジで言ってないよね?
女子は俺に興味ないから大丈夫だよね?
信じていいよね?
心中で、そんな考えてもしょうがないことを考え、自問自答しながら、死にたくなっていると、唐突にキンコンカンコンという授業開始の合図でお馴染みの耳障りなチャイムが鳴り、俺の耳朶と純情をぐらりと揺さぶった。
ちぃ!授業か!懲役五十分!ありがとうございます!とまたしても心の中で、毒づくようなぼやき声をあげながら、不承不承ながらカバンから教科とノートをそそくさと取り出し、無造作にカードのようの机に広げる。
さらに、追加召喚!
俺は高校生男子の自意識を代償に、電子辞書をフィールド(机)に展開する。
今から行われるのは現代文の授業、否、バトルだ。
だが、俺にはバトル(授業)に真面目に臨む気も、ノートを取る気も毛頭ない。
だって、現代文なんて暗記科目でもないし……。
ぶっちゃけ勘じゃん(笑)。
心の中で嫌な笑みを浮かべ、さらに心中で、いろんなエスエヌエス上の偉い人たち(笑)に怒られそうなことを言い切り、電子辞書を堂々と開いてみせる。
電子辞書は偉大だ!
だって、小説が読めちゃう!
便利なものだ。
授業を真面目に受けてることを偽装しつつ、読書に興じることができるなんて最高じゃね?
他人が決めたストーリーより、自分で決めたストーリーの方が大事じゃね?
人生は一度きりだしね☆
俺は、否、この僕は凡庸なそこらのマ・ジ・メな高校生みたく敷かれたレールの上を走ることはしないのだよ☆
そんなふうに胸の内で、自分自身を肯定するフレーズをいくつも紡ぎ出しながら、自己肯定感をかさ増ししつつ、今日読みたい、今読みたい小説のタイトルを品定めするべく目を細める。
どうしようかな?
どれにしようかな?
心の中でポツポツとボソボソと呟いていると、ふと、『八岐大蛇』という単語が目に飛び込んできた。
八岐大蛇の物語かぁ……。
なんか漠然とした内容は知ってるんだけど、ちゃんと読んだことはなかった気がするな……。
よし!
今日はこの昔話でも読んでやるとするか!
そう心中で偉そうに独りごちながら、そのタイトルを選択し、物語を読み始める。
ふむふむ、『スサノオ』?
なんかゲームとかで聞いたことがあるな……。
へ〜『天の剣』っていう武器を使うのか?
なんか特殊効果とかあるんかな?
そんな魅力的な単語に厨二心をコチョコチョとくすぐられながら、半分くらい読み進めたところで出し抜けに名前を呼ばれる。
「や•く•も•た•つ•ひ•こ……夜雲龍彦! おい! 夜雲!」
誰だ?
ワシを呼ぶのは?
何を隠そう。
夜雲龍彦こそが我が真名。
厨二なのに高一。
そんな矛盾を抱え、人生という名の闇のロードを切り開く開拓者。
そんな俺の名を気安く呼ぶ愚か者はいったいどこの誰だ‼︎
まったく、俺の侮蔑を免れると思うなよ!と胸中で想いながら、声のする方向、つまり前の方に目を向ける……とそこには筋骨隆々で、鬼のように怖そうな顔をした男が、黒板の前で額に青筋を浮かべて、俺をギロリと睨み据えていた。
現文の……オニザキ‼︎
なぜ、お前がそこに⁉︎
ああ、そう言えば、現代文の授業だった(てへぺろ⭐︎)。
頭の中で、頭をコツンと小突き、ぺろっと舌を出すと、第二波がまさに怒涛の如く、俺の鼓膜をつんざくように襲いかかる。
「夜雲龍彦! 立て!」
大きな怒気の籠った声をぶつけられ、反射的に腰を浮かし、すっと即座に弾むように椅子から立ちあがる。
肌がピリピリとひりつくような空気と、重々しい沈黙が場(教室)を完全に支配している……。
しくった!
電子辞書をポテチの袋の中に忍ばせるべきだった!
そう思い自分の不甲斐なさから、下唇の裏側を強く噛むが、後悔しても、もう遅い。
今にも断頭台の鋭いギロチン(鋭い眼つきのオニザキ先生)が、俺の血を求めて動き出そうとしている……気がする。
本能的に現実逃避するように、そんなくだらないことを考えながら、オニザキの鋭い視線に、目を白黒させ、たじろいでいると、オニザキが遂に口を開く。
「『廊下に立ってろ!』と言いたいところだが、ご時世的にダメなので今回は不問とする。現代社会に感謝して真面目に授業受けろよ! じゃあ気を取り直して授業続けるぞ!」
「は、はい……。す、すみません……でした……」
俺がおずおずと謝罪を口にすると、その切れ切れの声を皮切りに、教室中の至るところから笑いが起こる。
そして、俺は冷や汗を垂らしながら、力なく椅子にしずしずとへたり込むかのように腰をかける。
恥ずかしいという感情と怖かったという感情が、心の中で複雑に渦巻く。
だりぃぃぃぃぃ‼︎
学校イヤすぎいいいぃぃぃぃぃぃ‼︎
早くお家に、家に帰りたいぃぃぃぃぃぃぃ‼︎
性懲りもなく、心の中で忌々しげに、悲痛に絶叫し、俺は指で電子辞書を、パタリと閉じるのであった……。
とほほ……。
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