幼馴染に告白したらフラれたので、気晴らしにゲームのオフ会を開いたら、長年のフレンドが実は物静かで可愛いクラス１位の銀髪美少女でした

第9話 東條とカリーナさん

　夕焼けの空が広がる屋上。

　呼び出された雨宮を待っていたのは、我が校一の美少女『雪道（ゆきみち）彩花（あやか）』。

　容姿端麗、スポーツ万能、成績トップクラス、お嬢様のように気品のある言動、男子すべてを惹きつける要素を兼ね揃えた彼女こそ、この世界のメインヒロインである。

　そんな彼女が、なんの特徴もない雨宮孝明を呼び出した理由、それは―――

『孝明さま、私は貴方をお慕いしております。こんな私（わたくし）ですが、恋人になっていただけないでしょうか……？』

　照れながらも堂々と愛を告げる彼女に、雨宮は心打たれた。

　これを断る男は果たしているのか、否！

『こんな僕ですが、よろしくお願いします！』

『孝明さま……』

　ああ、夢のライフが始まろうと―――

『死んでください』

　ドンッ！　と乾いた音が響く。

　撃たれた。心臓のど真ん中を、銃で撃たれたのだ。

　制服の胸部が、真っ赤に染まっていくのが見え、雨宮はその場に倒れ込んでしまった。

『この程度の告白で、私と恋人関係になれると思ったら大間違いですわよ！　おほほほっ！』

　銃口から上がる煙をフッと息で吹き消しながら、雪道は高らかに笑った。

　冷たくなっていく雨宮を見下ろす顔は、狂気に満ちていた。

　彼女はサイコパスなのだ。

《GAME OVER》

　血に塗られたゲームオーバー画面に、雨宮は肩を落とす。

　中古で購入した一昔の恋愛ゲームを帰宅して早々、深夜になるまで遊んでいたせいで目の下にクマができてしまった。

　なぜ、こういった恋愛ゲームは後半に進むにつれて雲行きが怪しくなっていくのか。

　序盤は普通にヒロインを攻略してクリアできるのに、後から追加されるストーリーはまったくの別物というパターンが多い。

　ヒロインたちが当然のように銃火器や凶器を学校に持ち込んでいる世界観。

　初見殺しの選択肢。

　胃がもたれるバッドエンド。

　雨宮は手に持っているパッドで、遊んでいた恋愛ゲームを強制終了させる。

　中古品６８０円にしてはやりこみ要素は申し分ないのだが、雨宮にはもうこれ以上遊ぶ気力が残っていなかった。

　美少女と仲良くなるための参考として購入したのだが、最終的に何の成果も得られなかった。

　現実の女の子は、ゲームのように簡単に主人公を好きになったり過剰なスキンシップをしたりしない。

　そんなイージーモードではないのだ。

「カリーナと仲良くなったのはいいものの、もしも彼女の嫌なことをしてしまったら。千歌のようなバッドエンドに……」

　東條に告白したあの日のトラウマが蘇るが、気持ち悪くなって吐いたりしなくなった。

　前よりかは立ち直れている証拠だ。

　ゲームのキャラよりも圧倒的に可愛い現実の女子、カリーナと仲良くなれたことが大きい。

　彼女との会話だけで、嫌なことを全部忘れられるのだ。

「でも、こないだみたいに高咲のような女子に絡まれたらカリーナに迷惑がかかるし……」

　カリーナに相応しい男性かと聞かれたら、そうではないと胸を張って言えるのが、今の雨宮の現状である。

　端的に言うと、不安要素があまりにも多すぎて、どの課題から取りかかればいいのかを迷っているのだ。

　ウェブや動画で「かっこよくなるには？」や「イケメンになる方法」など色々と検索してみたのだが、どれもピンとこないものばかりだった。

「俺は、カリーナに相応しい男になりたいぃぃぃぃ……」

　隣の部屋で妹が寝ており近所迷惑になるので、雨宮は声を抑えながら叫んだ。

　カリーナの友達として、というのもあるが雨宮は純粋に変わりたくなったのだ。

　友達に囲まれて、充実した高校生活を送れるようなリア充に。

　次の日の朝。

　東條と登校中にバッタリ会わないよう、家から早めに出た雨宮は、急いで学校へと向かった。

　杏奈に不思議そうな顔で見送られたが、察しのいい子なので後で気付くだろう。

　いつまで、この関係が続くのだろうか。

　東條には散々な指摘を受けて完膚なきまでフラレたのだが、それが自分のだらしなさが原因だと雨宮は自覚していた。

　だから、可能ならふたたび東條とは友人としてやり直したい。

「俺は……」

　下駄箱で上履きに履き替えている時も雨宮は悩んでいた。

《カリーナともっと仲良くなる》

《カリーナに相応しい友達になる》

《東條と仲直りする》

　どれも難易度の高いクエストばかりで、全クリできる自信が湧いてこない。

「おはよう孝明くん！　いい天気だね！」

　難しい顔をする雨宮の背中を、ポンと誰かに叩かれる。

　キョドりながら振り返ると、そこには拝むのも烏滸がましいほどの銀髪の美少女が、こちらに手を振っていた。

「か、か、カリーナさん！？」

「もうっ、呼び捨てしてよね。よ、び、す、て」

「か……カリー……ナ」

　後ろで手を組んで、いたずらっぽく指摘してくる小悪魔カリーナに魅了されながら、雨宮は小声で訂正する。

　ここ最近、一番会話をしている相手のはずなのに未だに慣れずにいた。

「じゃ、一緒に教室に行こっか。まだ早いし、ゆっくり歩きながらね」

「う、うん。そうしよ、そうしようか……」

「ふふ、孝明くん。声震えすぎだよ。もしかして、あんなにイイコトをいっぱいしたのに、まだ緊張してるとか言わないよね〜？」

　カリーナの意味深な発言に、近くにいた生徒たちが一斉にこちらに注目してきた。

　彼女の言う「イイコト」とは周回や素材集めダンジョン攻略などのことで、如何わしい意味では断じてない。

（でた……カリーナの天然発言！）

　彼女もそういう意図で発言しているわけではない、ただの天然っ子である。

　だが、雨宮を照れ殺しするには十分すぎる破壊力だった。

　コミュ障なので他生徒に誤解だと説明できるはずがなく、雨宮は顔を真っ赤にしてカリーナと一緒にその場を後にする。

「ねっ、孝明くんって部活に入ってたりするかな？　私は帰宅部ですぐ家に帰っちゃうの」

　いつも自分より『アルカディア・ファンタジー』にカリーナが先にログインしているので、彼女が部活に所属していないことは考えれば分かることだが、帰宅部なんて部活は存在しない。

「俺も入ってないけど、どうかしたの？」

「実はかくかくしかじか……」

「いや、分からないけど……！？」

　本当にかくかくしかじかで説明しようとする人がいて驚愕する雨宮。

「実は、前々から気になってた部活があってね。孝明くんと一緒に入部できたらな〜って思っちゃって」

「部活か……」

　人と接するのが苦手な雨宮の辞書には『部活に入ろう』なんてものはなかった。

　別に人が嫌いとか、そういうのではなく。ただ単に苦手なのだ。

　だから、団体で活動しなければならない部活というものを避けてきた雨宮なのだが……。

（カリーナともっと仲良くなるためには、誘いを断るのはNG。腹をくくれ雨宮孝明っ！）

「い、いいんじゃないかな……」

「やった、孝明くんならそう言うと思ったよ」

「で、ちなみに、その部活は何を……？」

「ふふ、なんと私たちの得意分野である『ゲーム研究部』なのですっ」

「ゲーム研究部……あ、そういえば」

　高校に入学したばかりの頃に、体育館で行われた部活動紹介を雨宮は思いだした。

　かなり印象が強かった部活なので、記憶が鮮明に蘇る。

（いたなー、すごい派手な演出で体育館全面を巻き込んだ紹介のしかたをして先生にこっぴどく怒られていた先輩たちが……）

　体育館の壇上でアニメチックな曲が流れたと思いきや、ゲーム研究部の部長みたいな先輩がドライアイスの煙を浴びながら登場。

　マイクを手に、ゲームに対する熱い想いをラップにして踊ってたな。

　見ている新入生全員がドン引きしてたけど。

「あ、あれね……憶えてるよ……すごかったよね」

「だよね、だよね。私も入りたい入りたいってずっと思っていたんだけど、一人だと恥ずかしくて……一緒に入部してくれるような友達が周りにいないし。だから、孝明くんと仲良くなれてチャンスかなって」

　なるほど、と納得する雨宮。

　ゲームは好きだし人の頼みを断れない雨宮には、断る理由がなかった。

「じゃあさ……今日の午後、下見に行ってみない？」

「ふふ、私も同じことを考えてたよ。それでこそ私の相棒だね。きっと孝明くんと私は運命の赤い糸に結ばれて……」

「え……！？」

　勘違いしないようにしていた雨宮でも、流石に今の発言は期待せずにはいられなかった。

「なーんてね。冗談だよっ、照れちゃって可愛いんだから」

　ところがカリーナは舌をつきだし、ウィンクしながら冗談だと告げた。

　なんて罪な女だ、とこればかりは命の危機を感じる雨宮だった。

　この調子で学校一の美少女にからかわれ続けられたら、午後まで心臓が保つ気がしない。

「……そこの二人、ちょっといいかしら？」

　聞き覚えのある声が後ろからして、雨宮は足を止めた。

　隣で楽しそうに歩いていたカリーナも止まって、不思議そうな顔で振り返る。

「あれ、東條さん？　私たちに何か用？」

　幼馴染の東條千歌だった。

　腕を組んで、ものすごくバツの悪そうな表情で立っている。

　忘れようとしていたあの鋭い眼差しを、ふたたび向けられたことで雨宮は気持ち悪くなって、その場から逃げ出そうとしたが。

「用があるのは孝明だけよ、アナタには関係ないわ」

　雨宮は近づいてきた東條に腕を掴まれ、逃げられなくなってしまう。

　小学生の頃からの付き合いなので、東條は雨宮の行動を先読みできたのだ。

「あのさ、東條さん。孝明くんが嫌がってるから辞めてくれないかな？」

「だから、二度も言わせないでちょうだい。用があるのは孝明くんで永瀬さんじゃない。邪魔だからどっかに行ってくれないかしら？」

　周囲の空気が、重くなるのを感じた。

　雨宮を挟んで、東條とカリーナが睨み合っていたからだ。