第30話 センパイの彼女
「ああ、やっと昼休みだー。学食か購買、どっちにしよっかなー」
四限目の授業が終わり、伸びをする熊谷。
あまり裕福な家ではない彼にとって学食は贅沢、一番安いうどんでも買うのを躊躇ってしまうほどである。
所持金を確認してから後ろを振り返り、雨宮に意見を求めようとするが。
「なぁ、雨宮。焼きそばパンとコロッケパン、どっちの方が腹持ちいいか知ってっか……って」
熊谷は言葉を詰まらせ、飲もうとしていた缶ジュースの中身をこぼしてしまう。
「君たち……随分と、見せつけるじゃねぇか……」
熊谷の目に映るのは、男子の夢そのもの。
前まで陰キャで存在感の薄かった雨宮孝明の膝の上に、学校一の美少女カリーナが陣取るように座っていたからだ。
羨ましすぎて、卒倒する男子生徒もいた。
カリーナは周りの目なんかどうでも良さそうな顔で、いつもの塩対応口調で熊谷に言う。
「悪いけど、孝明くんは貸し切り中だから」
「あっ……そっすか。じゃ、俺はお暇しときますね……」
彼女の圧にやられ、熊谷は即退散するのだった。
「あの、カリーナさん?」
「何?」
「どうして、膝の上に座っていらっしゃるのか……説明していただいても?」
状況を飲み込めず、雨宮は膝の上にいるカリーナに訊ねた。
距離感がバグるどころの騒ぎじゃない距離、彼女の体重と体温を直で感じ取ることができ、女子特有の良い香りに包まれた雨宮は、混乱でショートしかける。
「別にいいじゃない。仲の良い人の膝の上で、昼ご飯を食べたい時だってあるでしょ?」
「いやいや、知りませんよ。仲のいい人同士でも、あんまりやらないって」
「あのさ……! さっきから敬語『さん』付けまでして、他人行儀なんだけど。ああ、そっか、そうだよね……」
一年から告白を受けた雨宮の噂を耳にしてから、カリーナの口調と表情は凍てつく氷のように冷たい。
加えて意味不明な言動のせいで、混乱した雨宮は一歩距離を取ったような口調になってしまい、それが更にカリーナをあらぬ方向へと導いてしまう。
彼女の冷たい表情が、段々と陰鬱なものへと染まっていく。
「とっっっっっっても可愛い、可愛い、可愛い、可愛い、可愛い、後輩の彼女さんがデキっちゃったからだよね、そうだよね、仕方ないよね。他の女子と仲良くするのイケないよね、なるほどなるほど……はは……孝明くんとの縁だけは切りたくないから、これからも相棒のままでいてね。あ、あとオメデトウ」
早送りになったり途切れたり、音が変だったり、と壊れたラジオのように勘違いを並べるカリーナに、雨宮は後ろから軽い頭突きをお見舞いする。
「あてっ」
「付き合ってない、付き合ってないから! そこでストップして!」
「え……なに? 『付き合ってる彼女とイチャイチャしたいから、私たちの相棒関係はここでストップしよう』?」
「いや、どういう耳してるんだよ!? 違うから、君の考えてること何もかも勘違いだから、一旦冷静になってから、俺の話しを聞いてぇ――――!!!!」
アイドルと呼ばれるぐらい人気の一年に告白されたが、断ろうとしたこと。
断ろうとしたが、彼女が何処かにいって返事できなかったこと。
午後になったら改めて返事をしたいこと。
雨宮は淡々と説明して、カリーナの誤解を解いていく。
冷静を取り戻したカリーナの表情は、分かりやすいぐらい希望に満ち溢れていく。
声も活気を取り戻していっている。
「えへへ、そうなんだー、へー。じゃ、その子とは付き合わないんだぁ?」
「だから、さっきからそう言ってるだろ。噂の信憑性を調べれば、すぐに分かることなのに。珍しいね、カリーナが周りに流されるなんて」
「当たり前でしょ。孝明くんのことだから、聞いてないフリなんてできないよ……」
首をかしげて、さも当然のように恥ずかしいことを口にするカリーナに、雨宮は吹き出しそうになったが、なんとか堪える。
今回の事件で分かったことは、カリーナが独占欲モンスターだということ。
それもそうだ、雨宮が他の女子と五秒にも満たない会話をしただけでも嫉妬ドロドロになる彼女が、何も感じないはずがない。
あそこまで、あからさまな態度だと喜んで良いのか否か……。
「でも、でもでも……なんか怪しーな」
納得していくと思いきや、何かに引っかかったのかカリーナは小さく呟いた。
一体なにが怪しいのか、それを聞く余裕もなくカリーナは浮気をされた妻のようなスタンスで、ふたたび表情を曇らせていく。
相変わらず綺麗な瞳、容姿端麗、才色兼備、だけど怖い。
「変な質問になっちゃうけどさ」
カリーナは頬杖をついて、雨宮の顔を疑わしそうに見つめた。
「なんで可愛い子からの告白をオッケーしなかったの? 阿澄さんって一年で有名人、アイドルって言われるぐらい人気の女子でしょ?」
「だって、俺はカリーナが……」
「私が?」
(って、言えるワケないよなぁ!?)
流れで告白するところだった。
雨宮は寸前のところで言葉を途切れさせて、顔を逸らす。
カリーナに気持ちを伝えるのは、彼女に相応しい男になってからと決めているため、今ここで告白するわけにはいかないのだ。
「俺は、俺は……」
頭をフル回転させて、言い訳を考えようとする。
犯罪者が、刑事から問い詰められているような状況だった。
カリーナの疑わしい視線が痛くて、不安で、自然と伝えたい言葉が口から溢れ出ようとする――――
「センパーイ、一緒にお昼に行きましょ?」
左腕から柔らかい感触と、甘い声。
あまりにも唐突すぎて雨宮の心臓が破裂しかけるが、それよりも眼前にいるカリーナの顔が形容できないぐらいドス黒かったため、声を抑えてしまう。
「あ、あの……君はさっきの」
恐る恐る、左側を見ると。
そこには二次元キャラと勘違いしてしまうぐらい可愛い一年、阿澄 楓が胸を押し付けるように雨宮の腕に抱きついていた。
「―――雨宮センパイの彼女、楓ちゃんです☆」
一方、3年の教室で弁当のおかずを賭けてカードバトルをしている剣持先輩と天音先輩がいた。
バトルの途中で突然、天音先輩は何かを感じ取ったのか、アホ毛をブンブンと揺らす。
「おい、そんな怖い顔をしてどうした? 次はお前のターンだぞ」
「いやぁ……なんかボクの『☆』と被るキャラが出現したような、嫌な感覚がしてぇ。危機感を覚えたつーか、ボクの可愛さに便乗してムカつくよーな、剣持っち。もしかして、これは恋!?」
「勘違いも甚だしい、さっさと引け」
「まっ、それもそだな☆」
カードゲームで天音先輩は、剣持先輩に敗北するのだった。
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