第31話 執念深い後輩ちゃん



 人生とは、どうしてこう……上手く事が運ばないのだろうと、雨宮は思った。

 失敗したら取り返しはつかない、つかないのなら変わるしかない。

 次こそ失敗しないために行動する、ゲームのようにリトライができないから尚更である。


 ただ、いくら変わろうとも、どうしようもない時がある。


(―――それが、今です)




「え? 彼女じゃない? 君とは付き合わない? はは、冗談言わないでくださいよセンパイ。こんな可愛い子から好意を向けられてるのに拒否とか、もしかして照れているのですかぁ?」


 下校中。

 一年のアイドルと言われた一個下の後輩、阿澄という子が腕を抱きついていた。

 男子からすると美味しい状況なのだが。


 後ろからカリーナが、雨宮と阿澄のおかしすぎる距離感を睥睨していた。

 運がいいのか悪いのか。


「いや、だから付き合わないって何度言わせたら気が済むの……いい加減離れてくれないかな」


 後輩とはいえ女子、しかもカリーナに引けを取らないほどの美少女。

 それだけで雨宮の声がこもりそうになるが、何とか拒否してみせる。


「ふふ、やっぱ照れてる」


 阿澄は真に受けてくれず、さらに身を委ねてくる。

 この密着具合、もはや恋人。


 雨宮は耳を赤くさせながらも、強引に彼女を引き剥がそうとする。


「あのっ、そういうのイケないと思うんだけど……君、阿澄さん? さっきから私の孝明く……じゃなく友達が困っているから、そろそろ離れてあげたらどうかな?」


「ああ、永瀬先輩。まだ付いてきていたんですか? 帰りは駅の方ですよね? もうとっくに過ぎてるのに、どうかしました?」


「な、なんで私の通学路を知ってるの……いや、そんなことは置いておいて。どうしたも何も、友達が困っていたら気にするのが、友達でしょ?」


 しつこい阿澄から雨宮を引き剥がし、カリーナが間に割って入る。

 そんな彼女を、阿澄は不服そうな視線を向けた。


「困ってるとか、被害妄想は大概にしてくださいよ〜。雨宮センパイがこんな可愛らしい後輩から好意を向けられて、喜ばないはずがないでしょ? 嬉しすぎて、本音が言えないだけですって」


 阿澄は両手をあげて、得意げに言った。

 そんな彼女の発言にカリーナは眉をピクリと震わせて、雨宮の方に視線を移動させる。


「孝明くん、それって本当……?」


 雨宮は全力で首を振りながら、腕でバッテンを作る。


「違うじゃない!」


「でもでも、可能性ゼロって断言できないので、本音を口にするまで私がんばりますから☆」


 カリーナの後ろにいる雨宮に、阿澄は舌をつきだしながらウィンクしてみせた。

 冗談っぽく聞こえるが、本気なのが開かれた片目から感じ取れて、雨宮は身震いする。


「それにそれに、何か問題でもお有りですか?」


「え? 何が……」


「私と雨宮センパイが付き合うことに対してですよ。別にお友達程度の関係なら、寧ろ喜ぶべきじゃないですかぁ?『友達に可愛い彼女ができた、おめでとね』って」


 核心をつくような言葉。

 それはカリーナの対抗心を削ぐには十分なものだった。


「もし、アナタがもう雨宮センパイとお付き合いしているなら、私も納得して引き下がっていますよ。だけど二人は仲がいいだけで、別に恋人関係チュッチュってわけじゃないですよね? だったら私が諦める理由なんて、どこにも無いじゃないですか?」


「いや、あの……」


「それとも永瀬先輩には、私と雨宮センパイの恋路を邪魔する、明確な理由があったりして〜?」


 阿澄の言うことが正論すぎて、カリーナは威勢をなくしてしまう。

 それを見計らっていたのか、トドメと言わんばかりに阿澄は続けて言った。


「実は、カリーナ先輩は雨宮センパイにガチ恋しているけど、中々告白する勇気がなくて友達以上恋人未満の関係に満足していたりして?」


「はぁあああああああああああ!?」


 蒸気機関車のように頭から湯気を出し、顔全体を真っ赤に染めて、遠くにある山に響きそうなほどの声をカリーナは腹から出した。

 通行人たちの注目を集めてしまう。


「なっ、急になにを言い出すのか、か、かな! わ、わた、わたしは、そんなつも、つもりで」


 震えながらキーボードを、じゃなくガチでカリーナは全身をガタガタと上下に震わせていた。


 動揺するにしても、もっと控えめにできなかったのか。

 いや、感情に正直なカリーナにはポーカーフェイスなど至難の業だ。


 そんなカリーナを後ろで見ていた雨宮は、頭に「?」を浮かべていた。

 どうして彼女がそんなに動揺しているのかが理解できなかったからだ。


 カリーナが自分に異性としての好意を持つなんて、そんな事など考えたことがない。


「まともな恋愛もできない可哀想な美少女さんですね〜。せっかく男女を虜にする美貌を持ってるのに、宝の持ち腐れですよ〜?」


「なっなっなぁ!?」


 阿澄の快進撃は終わらない。

 クラスの女王を言い負かした、あのカリーナが追い詰められている。



「あの、それ以上はやめてくれないかな? 的を得ている部分もあると思うけど、いくらなんでも先輩に対して失礼だ。俺は、君とは付き合わないし付き合う理由がない」


「可愛いじゃないですか、私☆」


「それは否定しないけど、顔が良いだけじゃ……」


「でも、雨宮センパイもカッコ良くなりたいから、スキンケアをしたりワックスを付けたりしてるじゃないですかぁ?」


 中身だけでは人から好かれることはできない。

 顔、服装、身だしなみを整えることも大切だと散々学んできたのだ。

 それを否定することが、いまさら雨宮にはできなかった。


「自意識過剰だと思われるかもしれませんけど、私と付き合うことにデメリットはこれっぽっちもないと思うんですよ? 見ての通り友達多いし、バレーをやって運動神経もいいですし、成績も上の中ぐらいですよ?」


「……それは、素直にすごいね」


「そうそう☆それなのに、付き合わないとか……かなり勿体なくないですか? 今一度お聞きしますよ? 私は雨宮センパイが好きです、彼氏になっていただけますか?」


「……」



 やはり、そうだ。

 告白する瞬間だけ、口調が冗談っぽく聞こえない。

 瞳も微かに震えており、怯えのようなものも感じとれた。


 阿澄 楓は本気で、雨宮が好きなのだ。








「ごめん、それでも。やっぱり付き合えない」


「……照れてます?」


 断ってるのに、またフザけるように返事をする阿澄に、雨宮は真剣な眼差しを向ける。


「俺は、君のことを知らない。会った記憶がないし、好意を持たれるような事をした覚えがない。阿澄さんの気持ちを蔑ろにしてしまうようだけど、本当にごめん」


 雨宮は頭を下げる。

 まさか、ここまでのことをされるとは思われず阿澄は目を見開いて、後退りをした。


「そっか……覚えてないですか」


 雨宮の気持ちが伝わったのだろうか。

 阿澄は、雨宮とカリーナを交互に見やってから、ゆっくりと背中をみせた。


(覚えてない……? なにが?)


 まるで、以前なにかあったかのような口ぶりだ。

 何度も言うようだが、こんな可愛い子と接点があるのなら忘れるはずがない。


 高校で関わった女子なんていない。

 もしかして、学校外ならあるかもしれないが。

 思い出そうとする雨宮を、歩きだそうとした阿澄はもう一度だけ顔を向ける。



「―――私、センパイのこと諦めませんから」


 笑っていたが、淋しさすら感じとれる捨て台詞を口にした後、阿澄は逆方向へと走り去って行ってしまった。


 やはり足が速く、彼女の姿がすぐに見えなくなってしまう。

 そこは普通に諦めてほしかったのに、と雨宮は肩を落とす。


 しかし、そんなことより阿澄の「覚えてないですか」という言葉が、雨宮の脳裏に根強く残っていた。

 もしかして、こちらが覚えてないだけで本当にあの子と関わり合いがあったのだろうか?


 記憶を掘り返そうとするが、やはり思い出せない。

 雨宮は、もどかしい気持ちになってしまう。


 いや、このことは一旦忘れて、ひとまずカリーナを優先しよう。

 他の女の子のことを考えていたら、ふたたび嫉妬深いダークネスカリーナになりかねない。



「ご、ごめんカリーナ! 俺の問題なのに巻き込んじゃって………え?」


 後ろにいるカリーナの方に振り向こうとすると、それより先に手を握られる。

 細くて柔らかい、女子の手。


「か、カリーナ……どうしたの?」


 返事を期待していたがカリーナは返事をせず静かに俯いていた。

 心做しか、彼女の耳元が赤くなっているような気がする。


 どういう意図で手を握りしめてきて黙り込んでいるのだろうか?

 女心を理解するほどの知識がない雨宮は、空気を読んでカリーナの沈黙に付き合うことしかできなかった。



「あのさ……孝明くん……」


 ようやく口を開いたカリーナの声は、恥ずかしそうに振動していた。

 その緊張が手を握りしめている雨宮にまで伝わり、彼も同様に心臓の鼓動を早くしてしまう。


 恥ずかしい空気になって尚も、カリーナは意を決して告げる。



「この後…………








   私のうちに来ない?」


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