第29話 浮気しちゃったんだ……?


 早朝に走り込みをして、妹が作ってくれた朝食を食べる。

 健康的に過ごしたことで体は軽くなり、晴れやかな気持ちで雨宮は登校していた。


 教室には片想いをしている仲のいい女の子が待ってくれており、放課後になれば優しい先輩たちと楽しいゲームができる。


 こんな充実した学校生活は、雨宮にとって小学生以来である。


 もう自分も陽キャなのでは?という過信は墓穴を掘りかけないので頭に過ったとしても、実際にそうであるかのように振る舞ったりはしない。


『熊谷の陽キャ育成』はレッスンワンをこなしただけで、課題はまだ山積みである。

 調子に乗るなよ、と熊谷にクギを刺されているので雨宮はいつも通り、彼から言い渡された課題をこなす日々を送っていた。


 環境がちょっと変化しただけで調子に乗るな、自分を過信するな、いつも通りにしろ。

 そうすれば、いつか友達100人、女の子にモテモテの陽キャに———



 

「雨宮先輩! 好きです! 私と付き合ってください!」


 ―――後輩に告白された。


(熊谷くん、レッスン1どころかラストステージまで一っ飛びしたんだけど……!?)


 数ヶ月前までの雨宮なら、絶対にあり得ないであろうシチュエーションが、平和な日常に終止符を打つのだった。




 後輩の女の子の名前は阿澄あすみ かえで

 日本人とは思えない金髪碧眼、動くたびに揺れるポニーテール。

 まるでアニメから飛び出してきた、二次元のような整った顔立ち。


 決して誇張した表現ではなく、実際に阿澄を目の当たりにすれば誰もが同じコメントをしてしまうほどの容姿なのである。


 そんな女の子から突然呼び止められ、予期せぬ告白を受けた雨宮の頭に過ったのは「罰ゲーム」という単語だった。


(第一この子とは接点なんてあったっけ? あったらこんな可愛い子を忘れるはずがないし。もし初対面なら告白するのはおかしい……もしや流行りの罰ゲーム?)


 女子同士でゲームをして、負けた人は罰として冴えない男子生徒に告白をする。

「罰ゲーム」ほど人の想いを踏みにじる残酷なゲームは存在しないだろう。


「……ええ、と。あの……き、君は1年だよね? なんで俺なんかに……」


 雨宮は、緊張と混乱の入り乱れにより陰キャスイッチが入ってしまい声が震える。


 熊谷からは、いつか女の子に告白されるための自分磨きのアドバイスは受けているが、本当に告白されたときの助言は貰っていない。

 今の返事が正しいのか否かは、分からない。


「「私は、雨宮先輩じゃないと嫌です。どうか、私を彼女にしてくださいっ!」


 阿澄は頭に「?」を浮かべたような表情で頭を傾け、ハッキリと言った。

 あまりにもストレートな返答だったので、雨宮は顔を赤らめて照れてしまう。


 可愛い、可愛すぎる。

 罰ゲームという可能性も拭いきれないが、こんな子から告白を受けて嬉しくない男子はいないだろう。


 しかし、雨宮は首を横に振って、片想いしているカリーナのことを思い浮かべる。


(そうだ、俺が好きなのは……カリーナで、彼女に相応しい男になったら想いを伝えるって決めたんだ)


 目標を見失うわけにはいかない。

 もう自分は、昔の挙動不審で優柔不断な陰キャではない。


「あの……申し訳ないけど、俺にはもう好きな人が……」

「あれ、もうこんな時間? 日直なのでそろそろ教室に行かないと。ごめんなさい雨宮先輩、返事は放課後になったら、聞かせてください。それじゃっ」

「え? いや、返事もなにも……」


 お断りをしようとした雨宮を遮るように阿澄はそう言って、申し訳なさそうに頭を下げた。


 返事もなにも、お付き合いする気がない雨宮は慌てて彼女を呼び止めようとするが、風のように走り去って行ってしまった。

 走り方とスピードからして運動部だろう、追いつけない。



 取り残された雨宮は、頭を悩ませてしまう。

 すぐ側の下駄箱に頭を叩きつけたくなったが、痛いので止めておく。


 罰ゲームとは思えない真っ直ぐな告白だった、普通に顔を赤らめていたし緊張しているようでもあった。

 あんな可愛い子から好意を持たれるのは、男子なら嬉しい。


(好きな子がいるんだけど……)


 初めて会ったかもしれない後輩より、中学生の頃からゲーム内で交流のある相棒のカリーナの方に、心が傾くのは必然的なことである。

 放課後になったら、好きな人がいるから付き合えないと、しっかりとお断りしよう。




 しかし、雨宮は知らなかった。

 この告白が全校でちょっとした事件になっていたことを――――






「孝明ぃ? アンタふざけてるつもりなの? 言ったわよね、カッコつけたわよね? 永瀬さんが好きだから『もう逃げない』って?」


 一時限目の授業が終わってすぐ幼馴染である東條に教室から連れ出された雨宮は、男子トイレで彼女から壁ドンされていた。


 胸キュンする場面かもしれないが、鼻の先まで接近してきた東條の恐ろしい剣幕に、雨宮は小さく縮こまってしまう。


「いや、千歌っ。違うんだ、告白されたんだけど……」


「何が違うって言うの? 全校で噂、掲示板で記事になっていたわよ『大スクープ。雨宮孝明、一年生のアイドルに愛の告白を受ける! 意外なカップル誕生!!?』と。もしかして、オッケーしちゃったの?」


 東條の顔が、一段と恐ろしくなる。


「してない! してないから! てか、誰だよ、その記事作成したの!? 早すぎでしょ!」


「そんな事はどうでもいいわよ。で、結果はどうなの? 付き合うの? 付き合わないの? ……どっちよ?」


 東條の気持ちを受け入れず、剰えカリーナの想いまで蔑ろにしよとしている。

 彼女目線で、きっとそう写ってしまったのだろう、事実とは異なるが。


「あの、ここ男子トイレ……」

「ガルル!」

「ひっ、すみません!」


 用を足そうとトイレに入ってきた男子を、東條は威嚇して追い返してしまった。

 かなり頭にきているようだ、早めに誤解を解かねば。


「いや、だから。付き合うだなんて一言も言ってないよ! 俺が好きなのは、カリーナだからぁ!!!」


「……」


 宣言するように言うと、東條から無言の圧を受ける。

 殴られるのか? 雨宮はいつでも受け身をとれるよう準備すると、東條はとくに何かをするわけではなく雨宮から離れた。


「目に嘘はないようね。まったく、人騒がせだから……」


「いや、勘違いしたのそっちでしょ?(記事と噂のせいかもしれないけど)」


「幼馴染としてアドバイスするけど、よく知りもしない子と付き合わないことね。後々、後悔するかもしれないから……」


 ただでさえカリーナとの仲を良く思っていない東條から、珍しくアドバイスを受けた雨宮はキョトンとする。


 いや、彼女とは数年も幼馴染をやっているんだ。

 喧嘩をしたからと、その縁が完全に切れることはない。


「そう、かもね。ありがとう、千歌。肝に銘じておくよ」


「ふんっ」


 素直に感謝を告げると、東條はいつもの刺々しい態度に戻る。

 いや、これはどっちだ?






 もうそろそろ二限目が始まってしまうので、雨宮と東條は急いで教室に戻る。

 一年のアイドルに告白をされたという噂は、クラスメイト全員の耳に入っているのは確実。


 雨宮は緊張しながら教室の戸に手をかけ、ゆっくりと開けた。

 すると教室の中から不穏な空気が一気に廊下へと流れ出してきて、その負の源が自分の席のすぐ側から発せられていることに気づく。


 恐る恐る、視線を向けると。



 仲良くなってから、一度も見たことがない。

 絶対零度、塩対応の極地。


 怒りなのか、それとも悲しみなのか判別つかないほどまで曇りに曇った表情で、彼女―――永瀬カリーナは無機質な声で聞いてきた。













「相棒なのに……浮気しちゃったんだ?」

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