第2部

第28話 二次元の女の子と嫉妬


 期末試験を終えて、夏休みが近づいてきた月曜日のこと。


 学校一の美少女と呼ばれた永瀬カリーナは、青いヘッドホンを着用して、小さく鼻歌を歌いながら通学していた。


 道行く男子たちはカリーナに気づくと立ち止まり、列を作るようにして彼女の周りに群がり、写真を撮ったり、見守ったり、声をかけるという猛者もいた(主に自分に自信のあるイケメンだけ)。


 そんな男子集団は、カリーナにとって取るに足らない烏合の衆。

 週に三度は起きる現象なので、気にも止めず足取りを速めて、校舎を目指す。


(孝明くんと何を話そうかなー……新しく更新されたストーリーを昨晩でクリアしちゃったし、ネタバレはダメだよね)


 高嶺の花と言われ、彼女の心を掴むのは神でも無謀と言われたカリーナの頭の中は”雨宮 孝明”というクラスメイトの事でいっぱいだった。

 それもそうだ、永瀬カリーナは彼に想いを寄せているからである。


「お、来た来た。カリーナちゃんだよね? ひゅーめっちゃ可愛いなぁー」


 もうすぐで昇降口に着きそうだったところを、複数人の男子生徒に邪魔されてしまう。


 せっかく良い気分で雨宮との会話を想像していたカリーナはヘッドホンを外して、怪訝そうに腕を組んだ。


「おはよー、よかったら僕たちと一緒に学校サボってお茶しなーい? きっと楽しいと思うぜ?」


「そうそう、そのあとはカラオケに行ってイイことを教えちゃうよ〜?」


 チャラい、制服を着崩している、噛んでいたガムを吐き捨てている、不愉快。

 そんな連中に誘われて、カリーナの表情にますます嫌悪感が滲み出る。


(タイプじゃないし、嫌だなぁ……しかも三年だし面倒くさいかも)


「ご遠慮しておきます」


「まー、待ってよ。ちょっとぐらい良いじゃん?」


 通り過ぎようとしたら、ふたたび進行方向を塞がれる。


 案の定、面倒くさい三年生に絡まれてしまい、カリーナは頭痛を感じた。

 絡んでくる連中には、あからさまに嫌そうな表情で拒絶しても、折れない人間がいたりする。


 鋼のメンタルなのか、それともただの馬鹿なのか、カリーナにとってどうでもいいことだった。

 ただ、早くここから抜け出して相棒の雨宮と会いたいのだ。


「興味ありません。急いでますので、邪魔しないでくだ……きゃっ!?」


 力づくで突破しようとしたが、一番背の高い金髪先輩に強めに腕を掴まれ、思わず声を出してしまう。


「先輩の頼みを聞けないとか生意気な後輩だなカリーナちゃんは〜。こりゃ、お仕置き必要な感じゃない?」


「くっ、離してっ! 離さないと大声を出すよ……!?」


「うるせぇな、いいから大人しく俺らと一緒に来いつってんの! 暴れたら、ただじゃおかねぇぞ?」


 腕をガッシリ掴んだ金髪先輩はそういってカリーナに顔を近づけて、脅すように囁いた。


 今までにない強引なパターンにカリーナの塩対応は通じず、昇降口とは反対の正門へと手を引かれる。


 流石のカリーナも予想してなかった事態に恐怖を覚え、弱々しい表情になってしまう。


 このままだと連れていかれてしまう、そう思った瞬間———



 金髪先輩が前に吹き飛んで、地面に顔面を叩きつけた。


 あまりにも突然だったため脳の処理が追いつかなかったが、目の前で華麗な着地を披露してみせたある人物で、カリーナは助けてもらえたのだと理解する。


「天音先輩!」


 そこにいたのは同じ部活の先輩の天音 詩織だった。

 小さくて可愛らしい見た目に反して破天荒な性格をしているが、肩書きはゲーム研究部の部長。


 国内で数々の大会を制している、かなりすごい人物なのである。

 カリーナの腕を掴んで離さない金髪先輩を、背後から強烈なドロップキックを食らわしたのだ。


「おいおい、テメェら。ボクの後輩に何ちょっかい出してんだよ? ああん? おら、この、おら、おら」


 何故か土を掘るときに使うシャベルを手にして、カリーナに絡んでいた三年達にメンチを切る天音部長。


 側から見れば可愛らしい小動物の威嚇なのだが、三年達は怖気付いたように後退りしていた。


 それもそうだ、天音部長の背後にはもう一人グリズリー、いや剣持 蒼真が仁王立ちで怖い顔をしているからである。


「じ、邪魔すんじゃねぇーよ! ゲーム好きのオタクどもが調子に乗ってると痛い目をみるぞ?」


「ほう、よく動く口だな。痛い目を見るかどうか、やってみねぇと分からねぇだろ☆」


「ひっ……”不屈のラーテル”め」


 意外にも天音部長がビビられてる。

 しかも、通り名みたいのもあるし、やはり彼女が只者の可愛らしい先輩ではないことは確かだ。


「おい、剣持っち。行くぞ」


「言われなくても、うちの可愛い後輩に手を出そうとする害獣は、ここで駆除だ」


 指の関節を鳴らして、同意する剣持副部長。

 三年達は数的に有利だと思ったのか、逃げずに立ち向かうのであった。


 剣持副部長は自慢の剛腕で数人吹き飛ばし、天音部長はシャベルを振り回して逃げる奴らを追いかけていた。


「カリーナ! ここは俺らに任せて、さっさと教室に行け! コイツらには、これから何をしちゃいけねぇのか、しっかりと体で覚えさせるから心配するな!」


 善戦してる剣持副部長の言葉に、カリーナは深く頭を下げて昇降口へと走っていった。

 先輩たちが居なければ確実に連れて行かれていた。頼れる先輩ができて良かったと、カリーナは内心深く二人に感謝するのだった。


「おらおら〜☆」


 振り返ると、天音部長がクルクルと回転してシャベルで数人吹き飛ばしていた。

 なんて衝撃映像なのか。





 次の日、家から母国のお菓子を持ってきて、お礼として先輩たちに差し入れよう。

 上履きに履き替えたカリーナは雨宮が来るまでの間、暇をつぶすためにヘッドホンを着ける。



「……先輩、好きです。私と付き合ってください!」


 お気に入りの曲を流そうとした瞬間、廊下の方から女の子の声が響く。

 緊張のこもった声で、誰かに告白をしている。


 こんな朝っぱらから、しかも全生徒が通るであろう昇降口の近くで告白をするとは、大胆にも程がある。


 公共の場でプロポーズをする海外の人みたいだ。

 まあ、他人の告白だし勝手にやってればいいけど……。


(……気になる)


 カリーナはヘッドホンをはずす。

 好奇心を抑えられず、彼女は声のした方へと向かった。


 バレないように静かに近づき、下駄箱から顔を出して廊下の方を見る。


 いつか好きな人に告白するときの参考になればいいな。

 そんな考えが頭をよぎり、告白をした女子と、されている方の男―――


「え?」


 カリーナの時が、止まった。


 告白した方の女の子は、可愛らしいアニメから飛び出したかのような見た目をしている。可愛い、誰がどう見てもそう思ってしまうぐらい……。


 だけど、重要なのは女子の方ではない。

 男子の方なのだ。




「……ええ、と。あの……き、君は1年だよね? なんで俺なんかに……」


 このオドオドとした声と喋り方。

 慣れないワックスで整えた髪をかいて、困った表情を浮かべている。


 学校一の美少女カリーナにとっての彼は、相棒でありフレンド、かけがえのない親友であり初恋の男の子。


 いつも「女の子と付き合ったことはないよ」「女友達? はは、いないよ」とカリーナを安堵させる言葉を並べてきた彼、雨宮あまみや 孝明たかあきが告白さていた。


 アニメやゲームから飛び出してきた二次元のような女の子に、先を越されてしまったのだ――――




「私は、雨宮先輩じゃないと嫌です。どうか、私を彼女にしてくださいっ!」


 照れてしまう雨宮と、緊張しながらも絶対に成功するであろうと信じてやまない自信に溢れた女の子。

 初々しくて、甘ったるい光景。


 しかし、今までに感じたことのない感情をカリーナは抱いてしまう。

 不安と怒り、悲しみが一つに混じり合ったドス黒い感情。




 ――――そう、嫉妬である。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

幼馴染に告白したらフラれたので、気晴らしにゲームのオフ会を開いたら、長年のフレンドが実は物静かで可愛いクラス1位の銀髪美少女でした 灰色の鼠 @Abaraki123

★で称える

この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。

フォローしてこの作品の続きを読もう

この小説のおすすめレビューを見る

この小説のタグ