第2話 高校1の美少女カリーナさん
次の日の教室で、雨宮は緊張していた。
幼馴染の東條に告白すると決意したからだ。
彼女とは小学生の頃からの付き合いで、初対面のときは友達になろうなんて思っていなかった。男子と女子じゃ趣味は合わないし、近所という理由だけで仲良くさせようとしてくる親の考えが気に入らなかった。
しかし、公園の砂場で東條が同じ学校の上級生にイジメられているところを目撃した雨宮は、弱いながらも彼女を助け抜いてみせたのだ。
顔面を殴られたことで鼻血を垂らす雨宮は、東條を不安にさせないように満面の笑顔を浮かべながらボロボロになった彼女の手を引いた。
その日を境に二人はかけがえのない大親友になったのだ。
高校でも親友であることに変わりなかったが、東條の方は変わった。
引っ込み思案だったのに真面目な委員長みたいな性格になって、スタイルも良くなった。
今じゃクラスの人気者だ。
比べて雨宮は、底辺寄りのコミュ障。
窓際の席で、少ない友達と話す以外はスマホをいじったり寝たフリをしていたりする。
たまに大勢の友達に囲まれている東條をチラ見したりするが、声をかけたりはしない。
「おはよー、今日もダリィなー」
「え、あ……おはよう……
チャラチャラした金髪の
ぎごちなく挨拶を返す雨宮を、熊谷は特に気にする様子はなくサムズアップした。
サッカー部で期待のエースと呼ばれるほど活躍して、女子から大人気で、誰に対しても隔てなく接するイケメンである。
クラス替えをした初日から、時々声をかけてきたりするので雨宮は熊谷のことが嫌いではなかった。むしろ友人関係になったらと考えたりしたが、住む世界があまりにも違うので声をかける勇気がなかった。
「どうしたんだよ？ さっきから緊張しているようだけど、もしかして女子に告ったりして？」
「っ！ どうして分かったの……？」
「顔を見れば分かるよ、もしかして東條ちゃんだったりして〜」
告白することと告白する相手を言い当てられた雨宮は、熊谷の鋭すぎる洞察力に呆気に取られてしまう。
「図星かいな。へへ、分かるよ。東條ちゃん可愛いもんな。幼馴染というアドバンテージを活かして成功させてこいよ」
「え、どうして千歌と俺が幼馴染だって知っているの……？」
「クラスメイトの人間関係ぐらい把握しているよ。じゃなきゃ上手く立ち回れないし、知って損はないしさ。まあ、ともかく頑張れよ。応援してるぜ」
そう言って熊谷は席を離れて、どっかに行ってしまう。
雨宮は胸に手を当てて、心臓の鼓動が早くなっていくのを感じた。
（やばい……危うく熊谷君のこと好きになりかけた)
まさか女子だけじゃなく男子にもモテビームを放つとは。
油断のできないチャラ男だ、ぜひとも友達になりたい。
「おはよう、カリーナさん」
「おっはーカリーナちゃん！ 今日も激カワじゃん！」
雨宮の後ろの席に近づいてきた二人の女子が、日本には馴染みのない名前を口にした。
それもそうだ、雨宮の後ろの席に座っている女子生徒は、ロシア人とのハーフだからである。
窓から差し込む日差しで、神々しく輝く銀色のボブヘアー。見る者を引き込む翡翠に澄んだ瞳を前髪から覗かせている。
端正な顔立ちだけではない。
学生とは思えないスレンダーな体型が、男女問わずクラス全員を虜にしていた。
神様が利き手で創造したのは明々白々、女神とは彼女のことを言うのだろう。
カリーナ・スノーヴィルヴナ・レベジェフ。
ロシアではそういう名前だったが、ここ日本では永瀬カリーナという名前らしい。
事情は知る者はいないが、雨宮たちにとって後者の方が呼びやすいので寧ろありがたかった。
「……ああ、ごきげんよう。いい天気だね」
少しだけ大きくて不釣り合いな青いヘッドホンを外し、カリーナは流暢な日本語で返事をした。
よく通る可愛らしい彼女の声に、雨宮は前の席でよかったと内心ガッツポーズする。
「カリーナちゃん、ちょっと元気ない感じじゃん？ 困ってることがある感じ？」
二人組の片方、ギャルっぽい女子が心配そうに聞いた。
元気がないのはいつものはずじゃ、と前の席で盗み聞きしている雨宮は思った。
カリーナは他の
休み時間だって友達が大勢いるのに、彼らと過ごすより席で一人音楽を聴いていることが多い。そのうえ自分から誰かに声をかけることがほとんどない。
物静かな性格なのにカリーナがカースト上位を維持できているのは、単純に可愛いからである。
「ごめん、私事だから話せない。自分自身でしか解決できない」
「そ、そう。アタシら親友だから、話したくなったらいつでも相談しな。力になってあげるから」
「うん、ありがとね」
ホームルームが始まりそうなので会話はそこで終わり、女子二人は自分たちの席に戻っていった。
熊谷も缶ジュースを手に、自分の席に着席する。
雨宮は相変わらず告白が成功するかしないかで緊張していたが、同じくらい後ろの美少女カリーナが元気を失くしている理由が気になっていた。
（偏見はいけないけど、苦労が多そうだよなカリーナさん……）
東條よりかはではないが、雨宮も他の男子と同様にカリーナに好意を抱いていた時期が一度だけあった。
好きな人がいるので、できるだけカリーナのことを意識しないように心がけている雨宮なのだが、あの美貌を意識しないのはハードルが高すぎる。
だが雨宮の気持ちが揺らぐことはない。
放課後、いつものように東條と二人で下校するタイミングで、何気なく体育館裏に連れて行って、そこで告白する。
何故、体育館裏かというと、そこで告白をすると７０％の確率で成功するらしい。
装備の強化確率にするとかなり高い、雨宮はゲーマーとして７０％の確率に賭けることにしたのだろう。
（いや、現実とゲームはまったくの別もの。告白の成功は、千歌の気持ち次第なんだよな）
そんな事はなかった。
ゲームと現実は全くの別物だと雨宮はちゃんと分別のつく男だった。
下校時間になり、生徒が各々の帰路につくため支度をしていた。
中には友達とカラオケだったり部活だったりと、帰宅部の雨宮とは異なった時間軸で生きている生徒ばかりだ。
東條はというと、午後の吹奏楽部がオフになっているので一緒に帰るため雨宮の席へと向かう。
「こらっ、雑に教科書を詰めると鞄に穴が空くでしょ？ もっと綺麗に整理してから入れなさい」
「あ、ありがとう。千歌はいつも支度が早いね」
「孝明が鈍くさいのよ。ほら、口より手動かしなさい」
なんかやんか手伝ってくれる千歌に感謝しながら、支度を終えた雨宮。
そんな雨宮の健闘を祈るように、チャラ男の熊谷は意味深な笑みとサムズアップをした。
それを見て、雨宮は苦笑いをしながら返すように手を振るのだった。
「あのさ千歌、ちょっと一緒に寄りたいところがあるんだけど、いいかな？」
「道草食うつもり？ 駄目よ、真っ直ぐ帰宅しなきゃ。大事な話しなら、アナタの家でいいじゃない」
「そうもいかなくてさ、お願い！ すぐに終わるからさ！」
両手を合わせて懇願する雨宮に、東條は困惑の表情を浮かべた。
彼がここまで頼み込むということは、深刻な事情を抱えているのもしれない。
「まったく世話が焼けるわね。いいわよ、連れていきなさい」
早く帰って、雨宮家で杏奈とカレーを作りたかったが、幼馴染として心配なので東條は雨宮の誘いに付き合うのだった。
普段はツンツンしているが押しに弱い東條の弱点を、長年一緒にいるだけあって雨宮は把握していた。体育館裏誘導作戦は成功、あとは東條に気持ちを伝えるだけである。
教室を出ていく二人の会話を盗み聞きしていたカリーナは、何か思うところがあったのか顎に手を当てて考えていた。
すぐに何かの勘違いだと納得したのか、首を横に振りながら愛用のヘッドホンを装着して帰宅するのだった。
早く帰りたい事情が、彼女にあった。
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