第3話 告白決行と失敗


「俺は、千歌のことがす、す、す、好きです……どうか俺とつ、つ、つ、付き合ってください……」


 雨宮はついに東條に気持ちを打ち明けた。

 緊張のあまり声が壊れた機械音のようだったが、それでも真剣に伝えているつもりだ。


 東條は告白を予想していなかったのか、後ずさりして口に手を当てた。


「孝明、あなた……」


「突然で、ごめん。だけど伝えられずにはいられなかった。俺は、面倒見がいいところ、厳しいけど笑うと可愛いところ、困っているときに助けてくれるところ、ご飯を作ってくれる千歌が大好きなんだ。友達としてじゃなく、異性として。よろしくお願いします!」


 雨宮を頭を下げ、手を差し出した。

 勇気を出して、涙を堪えながら告白をしたのだ。


 できるなら東條とは幼馴染以上の関係になり、手を繋いで登校したり、放課後デートしたりしたい。


 返事を待つこと数分。

 なかなか手を握ってこないので、雨宮は顔を上げた。

 視界に映ったのは、嫌そうな表情で引いている東條だった。


「え、普通に無理なんだけど……私と孝明が付き合うって、どう考えても釣り合うわけがないじゃない……? そんな目で私を見ていたの……キッモ」


 東條の口調は、普段より冷たかった。


「くだらないゲームのせいで徹夜して、一人でまともに起きられない。友達が少ないくせに、自分からクラスメイトに声をかけたりせず寝たふりでやり過ごす。見た目も中途半端で性格は暗い。そんな人を好きになる女子がいるわけないでしょ?」


 東條の言葉が胸にグサグサ刺さり、雨宮は吐き気を覚えた。

 反論の余地がない正論。陰キャの自分に対して突きつけられた辛い現実。

 逃げ出したかった、泣きたかった。

 でも、東條はそれすら許さなかった。


「もしかして私が、取るに足らないアナタを好きだから今までそばにいたって勘違いしてないわよね? バッカじゃないの? 天地がひっくり返ってもありえない。水の上を歩くほうがまだ確率高いわ。幼馴染だからって調子に乗らないでよ」


 雨宮は氷漬けされたように立ち尽くし、黙り込んだ。

 それが東條の逆鱗に触れたのか、毒舌はさらにエスカレートした。


「勉強もスポーツもロクにできない。あんたと付き合うくらいなら、サッカー部のエース熊谷君と付き合ったほうがずっとマシ。ああ、なんで私がこんな奴と幼馴染なのかしら?もっとイケメンがよかったわー」


 今度は小馬鹿にするようにクスクス笑う東條に、雨宮は涙を堪えきれなかった。

 ここまで徹底的にフラれるとは思っていなかったからだ。


 彼女の言う通りだと、雨宮は納得してしまった。

 自分は中途半端で根暗な、どうしようもない陰キャだ。クラスで大人気の東條とは釣り合うはずがない。

 客観的に見て、無理な儚い願いだったのだ。


「泣きたいのはこっちのほうよ、全く。一緒に下校するのはナシ。当分あなたの家には行かないから、頭冷やして反省しなさい」


 言うだけ言ってスッキリしたのか、東條は満足げな表情で雨宮を置いて先に帰ってしまった。


 残された雨宮は壁にもたれかかり、体育館から響く部活動の音を聞きながら、静かに泣き崩れるのだった。




 一時間ほど経って、正門に向かうと、なぜか熊谷が立っていた。

 ポケットに手を入れ、こちらに近づいてくる。


 雨宮は怖くなって裏門に方向転換しようとしたが、熊谷が何かを投げてよこした。

 慌ててそれをキャッチする。


「一緒に帰ろうぜ」


 熊谷は気遣うようにそう言って、雨宮のペースに合わせて歩き始めた。

 投げられたのは、学校の自動販売機で売られているレモンの缶ジュースだった。


 いつも一人か東條と通っていた帰り道を、今は一言の会話もなく、熊谷と肩を並べて歩く。





〈オフ会楽しみだね、早めに会いたいから土曜日でどうかな?〉


〈おお、急に乗り気ッスね。もしかして日曜日は、そ、その彼女とデートの予定があったりして……?〉


 雨宮は胸がズキッと痛んだが、会話を切りたくないのでキーボードを打ち続けた。


〈はは、まさか〜。徹底的にフラれちゃったよ、もう駄目かも。励ましてください〉


〈フラれ、え? ま、ま、マジっすか!? 本当の本当にフラれたんッスか!?〉


 まさか、ここまで食いついてくるとは思わず、雨宮は素で引いた。

 もしかしてドラゴンヘッドは、他人の不幸を喜ぶタイプなのか。


〈しっかしバカな女だな〜。俺だったら、絶対にレインさんの告白を断ったりはしないッスよ〜。結婚を前提に付き合うのに〜〉


〈男同士なのに気持ち悪こと言わないでくれるかな……? 幼馴染から純度100の正論をぶつけられて落ち込んでいるの〉


〈そんな女の言う事なんて気にしなくていいッスよ。いつも通りにするッス〉


〈いや、幼馴染の言うことに納得した部分もあったからさ。これから、少しだけ自分を磨いていこうかなって……〉


〈駄目ッス! いつも通りのレインさんでいてください〉


 ゴツい顔面で責められ、雨宮はビビった。

 だけど気を遣ってくれているのか、やはり優しい人だ。


〈分かった、とりあえずオフ会は土曜日12時ね。遅れることがあったら前もって連絡すること〉

〈モチのロンっす! じゃ、もう落ちるんでおやすみッス!』


《ドラゴンヘッドさんがログアウトしました》


 返事を待たずに即ログアウトとは、相変わらずマイペースな人だ。

 そこを含めて、雨宮はドラゴンヘッドが好きだった。


 告白が失敗に終わり、胸に受けた傷を癒やすためにも、早く彼と会って話がしたいと雨宮は思った。





 一方。

 レインより早くログアウトしたドラゴンヘッドの中身の人物は、声にならない声を出してベッドに倒れ込んだ。

 枕を抱きしめ、レインの告白失敗を同情するどころか、盛大に喜んでいた。


「ふふ……やった」

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る