第7話 授業中でもお構いなく
雨宮孝明という人物を詳しく知るクラスメイトは少ない。
休憩時間に、自分の席でうつ伏せになってよく寝ているため、まともに顔を覚えている人があまりいないのだ。
まるで恋愛ゲームによくいる主人公やヒロインとは関係のない、顔無しのモブ。
それが雨宮という人物の立ち位置である。
「ね、孝明くん。さっき公式が新情報を公開していたんだけど、もう見た?」
「ま、まだかな……」
「すごいよ、今回は新情報てんこ盛りだから早く確認しておいてよ。ネタバレは絶対にしない主義だけど、ヒントをあげよう。あのキャラが再登場らしい……」
「ああ、そうなんだ」
そんな取るに足らない雨宮が、いつの間にか皆の憧れの永瀬カリーナと仲良くなっていたのだ。
楽しそうに饒舌で喋るカリーナを、彼女の友人達ですらあまり見たことがないのか、開いた口が塞がらなかった。
「あの、カリーナさん。一応、授業中なのですが……」
朝からずっと、カリーナはこの調子だった。
授業中だろうとお構いなく、後ろから話しかけてくるのだ。
幸いにも一番後ろの席なので、先生に気づかれずに済んでいるが、近くに座っているその他大勢のクラスメイトには普通に聞かれてしまっている。
そのせいで、もう全生徒の間で噂になっていた。
あの容姿端麗なゲームとは無縁そうなカリーナが、陰キャの雨宮とゲームの話しをしていると。
「成績が下がるか心配してくれてるの? それならホラ、ちゃんとノートはとってるから問題なしっ」
関係のない話しをしながらノートをとる高等テクニックをいとも容易くやってしまうカリーナは、やはりレベルが違う。
彼女は可愛さだけではなく賢さも備えているのだ。
成績は学年トップ10位以内、得意なのは英語と数学である。
「それでね、近々実装されるエルフの村なんだけど、トップランカーに付いていけるように新しい装備を製作しないといけないんだ。孝明くんは今夜空いてるかな?」
指摘されようと、どこ吹く風でゲームの話題を再開させるカリーナは、やはりどこまでもマイペースである。
雨宮はそんな彼女と、ドラゴンヘッドの姿を重ねてみた。
ドラゴンヘッドは常に新しいことに挑戦する努力家で負けず嫌い、しかし時に見せるマイペースな部分を雨宮は思い出した。
『レインさん、剣士の上位ジョブになりたいんで手伝ってくださいッス』
おっさんアバターなのだが、似ている。
そう思いながら雨宮は振り返って、頬杖をつくカリーナの顔を見つめた。
めちゃくちゃ可愛いのに、何故あんなゴツいキャラメイクをしたのか謎だ。
(そこは人の勝手だから、とやかく言うのはお門違いだよな)
雨宮はそう自分に言い聞かせていると、音もなく接近してきていた先生に、教科書で軽く頭を叩かれてしまう。
「授業中ですよ雨宮くん、集中しなさい」
「……ふふ」
何故かカリーナじゃなく、真面目に授業を受けていた雨宮のほうが注意されてしまう。
その光景が面白かったのか、カリーナは腹を抱えて机に突っ伏した。
後ろで小さく笑われているのが聞こえ、雨宮は腑に落ちない表情のまま、引き続き授業を受けるのだった。
(完全に俺のせいじゃないよね、コレ……)
4限目の授業が終わり、昼休みがやってきた。
各々が学食に向かったり、教室に残って弁当を食べたりしている中、雨宮は弁当を持っていつものスポットを目指そうとした。
そう、階段裏である。
この時間だと人通りが少なくて、落ち着いて昼飯を食べられる場所なのだ。
「あ、孝明くん! どこに行くの!」
行こうとしたら、腕を掴まれてしまう。
カリーナの華奢な色白な手だった。
こんなにも直接触られるとは予想してなかったので、雨宮の顔が徐々に赤くなっていく。
「さっきの話しの続きがしたいし、一緒にご飯を食べながらでどうかな?」
またもや問題発生。
あの永瀬カリーナに、昼ご飯のお誘いを受けたのだ。
それを耳にしたクラスメイトたちが一斉に驚愕の声を上げた。
カリーナは訳がわからず教室を見回すが、すぐに興味を失って雨宮の腕を引く。
強引に席に座らされた雨宮は状況が飲み込めず呆然としてしまうが、カリーナに机をくっ付けられて、ようやく事の重大さに気付く。
「あ、あの……俺とご飯って」
「うん、そのままの意味だけど。なにかマズイことでも?」
カリーナは不思議そうな表情を浮かべて聞いてきた。
本当に周りがどうして騒いでいるのか、分かっていない様子だ。
「で、でも今まで一緒にご飯を食べたことがないじゃん? それなのに、俺なんかでいいのかなーって思って……」
確かにゲーム内ではフレンドという奇跡じみた仲なのだが、現実では一切関わり合いのない関係だったのだ。
それが急に「一緒にご飯を食べましょう」は流石に違和感しかないのでは、というのが雨宮の考えだった。
何よりも自分のような底辺なんかと一緒にいていいのかという純粋な疑問もあった。
「私は、孝明くんだからいいの。だって君は私の相棒であり友達。ゲームで過ごした時間と比べたら、確かに現実では他人かもしれない。けど、だからって他人同士みたいに接するのは、私は違うと思う」
カリーナは自分の意見を曲げない、思ったことを率直に言うタイプである。
悪く言えば自己中だが、良く言えば自分の価値観を大切にしている真っ直ぐな女の子なのだ。
「孝明くんの方は、嫌だったかな?」
ドラゴンヘッドとの付き合いが長いからこそ、雨宮は折れるしかなかった。
折れて昼ご飯に付き合うしかないのだ。
「いえ、ぜひとも喜んで、ご一緒させていただきます……!」
「ぷっ、部下と上司みたいじゃない。やっぱり面白いな、私の”相棒”は」
カリーナに上目遣いで見つめられ、雨宮は不意にときめいてしまう。
これも彼女にとっては無意識なのだろう。
(ずるい人だな……)
みんなの憧れの存在と、二人っきりでご飯を食べる。
自分には、永遠に無縁のシュチュエーションだと雨宮は思っていた。
いつもの日常が、非日常に染め上げられていく。
甘酸っぱい恋愛ゲームのような非日常に――――
「あのさ、カリーナ。ウチらと一緒に食べる約束あったしょ。なんで、こんな訳のわからない陰キャと食べてるわけ?」
「そうそう、カリーナちゃんを独占なんて調子に乗ってるでしょ。つか、実際そいつが無理やりカリーナちゃんを付き合わせてたり?」
廊下の外にまで聞こえるくらいの声で、あることないこと言うスクールカーストトップ集団。
大人気のカリーナが、ヒエラルキー最底辺の雨宮と一緒に昼ご飯を食べるという状況が気に入らなかったのか、わざわざ大声を出しながら席に近づいてきたのだ。
この教室の絶対的な女王様で、カリーナを自分のステータスとしか思っていない性悪女子である。
カリーナはいつものドライな表情で、高咲を見つめるのだった。
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