第11話 陽キャの家


 変わるって言っても、人はそう簡単に変われるのだろうか?


 体型は努力次第だとは思うが、顔はどうしようもないものだ。

 生まれつきカッコいい顔かそうではない顔で決まる。

 ここは神様の匙加減と諦めるしかない。


 雨宮は男子トイレの鏡の前で、前髪を掻きあげた。


(うん、決まんない)


 雨宮の顔は可愛いとカリーナに言われたが、どうせならカッコいいと言われたいのが男というものだ。

 大人になっても童顔は絶対に避けたい。


「北斗の◯のケン◯ロウぐらいには渋く、男前になりたい」


 腕に力を込めて上腕二頭筋の膨らみを確認してみるが、ちっさい。

 まったく筋トレをしないインドアー派なので必然的とも言える。


 これから鍛えればいいかもしれないが、何から始めればいいのかが分からない。

 始めたとしても継続していけるのかも定かではない。


「はぁ……続けられず挫折するやつだ」


 未来の自分の姿を、予想する雨宮。

 20代でも部屋に籠もって、キモい笑みを浮かべながらゲームをしている雨宮孝明というニート。


(やだやだ! それだけはなんとしても避けなくては!!)


「お前、さっきから面白いことしてんな」


「ひゃああああああああ!?」


 後ろから声をかけられて雨宮は情けない声で叫んだ。


「く、熊谷くん……!?」


「いつもモゴモゴ喋ってるくせに、いつにもなく大きい声出してんな。近いうちお遊戯会でもやんの?」


 前の席に座っている金髪のチャラ男、熊谷 利光。

 武将のような名前なのに典型的な若者の彼は、近頃なぜか雨宮に絡むようになっている。

 カリーナと仲良くする前、東條にフラれた時からである。


「いや、これは……その」


 泣きそうな顔で言い訳を考える雨宮だが、そんな彼の肩に熊谷は手を置いた。


「分かってるよ、どーせ容姿を気にしてか何かだろ?」


 鋭い! と衝撃を受ける雨宮。

 いや、鏡の前で20分も自分を見つめていれば誰だって同じことを思うか。


「どーせ顔は生まれた時から決まるとか思ってるんだろ?」


 いや、妹の杏奈並に鋭いかもしれない、この男。

 雨宮は観念したように内心白旗を掲げた。


「その通りだよ。どんなに努力しても顔を変えることができない人間は星の数ほどいる。大金払って整形手術するなら話しは別だけどな。それも一つの選択肢だ」


 熊谷らしくない真面目は話しに、雨宮は静かに耳を傾ける。


「だが、他人が自分に求めるものが必ずしも顔ではないことだけは理解してくれ。どんなに顔が良くても性格の悪い奴なら、俺はごめんだ。そうじゃない奴もいるが、本当に幸せになりたいなら俺は前者を選ぶね」


「か、か、顔以外はどうすれば……」


「……じゃあさ」


 雨宮の肩から手をどかして、熊谷は廊下の方へと指をさした。


「俺ん家に来いよ」


 突然の提案に、雨宮は呆然とする。

 雨宮は友達がいないわけではないが、友達の家に行った経験は一度もない。


 しかも、誘ってきたのはよりにもよってスクールカーストのトップに君臨するサッカー部のエース熊谷である。

 女子からモテ、チャラい友達に囲まれる彼とは無縁の世界で生きてきた雨宮は、カリーナと知り合ったとき並に動揺してしまう。


「ん? 別に強制じゃねーよ。ただ、色々とアドバイスをしてやろっかなって思っただけ」


「あ、あ、あ、あ」


 カリーナは友人からどうしても一緒に下校してほしいとお願いされたらしくて、ゲーム研究部の部活見学は後日することになってしまったのだ。


 雨宮は混乱する頭の中でどうすべきか試行錯誤するが、本当に変わりたいなら身近にいるポピュラーな人を参考にすべきでは、と結論に至る。


「行きます!」


「やっぱ声出るじゃん」


 陰キャの雨宮はアドバイスを受けるため、超がつくほどの陽キャ熊谷の家にお邪魔するのだった。





「おにーちゃんお帰りー!」

「おかえりー!」

「兄貴ー!」

「兄ちゃん!」


 熊谷の家は、小さなボロボロの平家住宅だった。

 玄関に入ると、男の子3人と女の子1人に出迎えられる。

 家の中もかなり狭く、大人数で住むような場所ではないのは明らかだった。


「おう、帰ったぞー。お前らー」

「あれっ、その人は誰!」

「だれー!?」


 熊谷の後ろには、今にでも倒れそうな面持ちの雨宮がいた。

 親戚と幼馴染以外の家に入るのが初めてで、死ぬほど緊張しているのだ。

 そんな可笑しな挙動をする雨宮に、子供たちは興味津々に近づく。


「ダチだよ、俺のダチ〜」


「だ、だち……」


 ナチュラルに友達と言われた雨宮は、信じられないと言った顔を浮かべた。

 いつから私達は、そのような親密なご関係に!


「ダチだ! ダチ!」

「俺達と遊びやがれ!」


 子供とは思えない口の悪さで、腕や肩に登ってくる子供たちに困惑しながら、床に落ちないように支えながら家の中に入る。


「わり、雨宮。これから晩飯作るから、その間はそいつらの遊び相手をしてくれないか?」


 近くの壁にかけられていたエプロンを着けた熊谷が申し訳なさそうに告げながら、返事を待たずに居間の奥に行ってしまった。

 子供慣れしてない雨宮は、新しい来客に目をギンギラギンに輝かせる子供たちを前に、後退りする。


「遊べ、遊べ」

「遊びやがれー」


 後ろに回り込まれ、逃げ道を塞がれてしまう。

 将棋でいう詰み状態になってしまった雨宮は、近づいてくる子供たちを前にだらしない声で叫んだ。


「ぎゃああああああ!?」


 晩飯ができるまでの間、雨宮は子供たちの玩具と化したのは言うまでもない。

 料理を持って戻ってきた熊谷はボロ雑巾のように床に転がる雨宮の姿を、驚愕じゃなく微笑ましそうに笑った。




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