第15話 入部試験と急展開


「「廃部ぅ!?」」


 天音部長から告げられた衝撃の事実に、雨宮とカリーナが同時に驚愕の声を上げた。


 パソコンやゲーム機が山ほど置かれているので、今も大勢で活動してるのかと思いきや、現在の部員はたったの2名。

 顧問はつい最近辞めたばかりで、本格的な廃部の危機に瀕しているらしい。


「前々から廃部検討対象に入ってたみたいでな。一昨年は10人もいたんだが、俺と天音が2年になった昨年、全員抜けちまった」


「薄情な連中だよなー」


 真剣に語る剣持と、その横で砂糖たっぷりの紅茶をちびちび飲む天音。

 普通なら部長が説明する場面だが、剣持は気にしていない様子だ。


「知っての通り、部活動をするには規定人数に達していないとならない。うちの高校じゃ4人以上が決まり。だが、残ったのは俺と天音の2人だけ。しかも来年卒業する予定の2人だ。顧問も『活動は絶望的だ』って辞めてしまった。そうなると、年内には廃部が確定する」


 スラスラ説明する剣持に、雨宮は相槌を打つ。

 だが、隣のカリーナは涙を浮かべてプルプル震えてる。

 ようやく念願の部活に入れると思ったのに、という心境だろう。


「で、でも、入部希望者がいれば大丈夫ですよね? 俺とカリーナが入れば廃部の話はナシに……」


「そうだ。君たちが入部して、あと顧問を見つければ廃部は免れるだろう。だが――」


 剣持はそれでも晴れない表情で続ける。


「2年の入部希望者じゃ『廃部検討対象』は解除されない。君たちが3年になる来年も継続するだろうな」


「っ!」


 確かに、と雨宮は納得した。

 来年、天音と剣持が卒業すれば、残るのは3年になった雨宮とカリーナの2人だけ。


「確実に解除するには、規定人数を超える2年と1年の新入部員が必要だ。お前たちには重荷だと思う。嫌なら無理に入れとは言わん。俺たちが卒業した後、ゲーム研究部を廃部にするか続けるかは、お前たちの判断に委ねる」


「剣持先輩……」


 見た目なんてアテにならない、本当に優しい先輩だ。

 男が惚れる漢気が滲み出てて、雨宮はすでに剣持に憧れを抱いてた。


「でもでも、お二人って有名なプレイヤーじゃないですか?」


 カリーナが言うと、剣持が驚いたように目を見開く。


「俺たちを知ってるのか?」


「ええ、イチゲーマーならお二人を知らない人はいないと思います!」


 ゲーマーなのに知らない雨宮が、隣で申し訳なさそうに俯く。


「剣持先輩は国内のFPS大会で数々の優勝を遂げた世界レベルの選手。天音先輩はRPG、レース、格闘、カードと、ジャンル問わず活躍する『ヘブン・サウンド』ですよね?」


「「ギクリ」」


 正体を見抜かれ、動揺する先輩2人。

 全然知らなかった雨宮は唖然とカリーナを見る。


「私じゃなくても、お二人の正体を知ってる生徒は大勢いるはず! 普通なら入部希望者が殺到しますよ!?」


「そういえば、そうだよね。トロフィーが山積みになってますし……」


 部室の隅で、トロフィーが無造作に積み上げられてる。

 優勝品として大事に扱ってない感がすごい。


「ああ、実はこれには深い理由があってな……ここからが本題だ。二人とも、得意ジャンルは何だ?」


 真剣な顔で尋ねる剣持にビビりつつ、雨宮とカリーナは顔を見合わせる。

 得意ジャンルなんて、決まってる。


「「ファンタジーRPGです!」」


「ほう……」


「なるほど、フフ……」


 剣持の目がギラッと光り、天音が不敵な笑みを浮かべた。

 様子がおかしい。さっきまでの大歓迎ムードが一変し、2人の雰囲気が変わった。

 まるで、待ちわびてたと言わんばかりに。


「な、なんですか?」


「ふふ……もしかしてアマミーきゅんとカリーナちゃんは、普通に入部できると思ってた?」


 天音から変なあだ名『アマミーきゅん』を付けられた雨宮だが、それどころじゃない。

 普通に入部できないのか?


「この部室のパソコンやソフト、冷蔵庫は、ボクたちが大会で稼いだ資金で買ったも。部員になれば使い放題。冷蔵庫で飲み物を冷やしたりもできる。クーラーもガンガン効いてて涼しい。ゲーマーにとって最高の環境だ」


 身長が低い天音は見上げる形だが、別人みたいな口調と目で威圧してくる。

 獲物を捉えた肉食獣の眼光だ。


「しかし、実力に見合わない者たちに使わせるほど、ボクたちは寛大じゃないのでね、試験を受けてもらうことになっているのだ☆」


 可愛く言ってるけど怖い。

 試験……入部に試験って、サッカーやバスケ漫画だけの設定かと思ってたけど、存在するんだ。


「で、でも、このままじゃ廃部に……!」


「腹くくれぇ! 雨宮! 俺たちは冗談で言っていないぞ!」


 剣持も穏やかなキャラから、見た目に合った怖いキャラに豹変。

 声量と迫力に、雨宮は思わず椅子から立ち上がる。

 知り合ったばかりだが、自分たちの知ってる先輩達はもういなかった。


「孝明くん、面白くなってきたね……」


 この状況をありのまま楽しむカリーナ。

 あ、彼女もそっち側の人間か。


「「ゲーマーなら正々堂々、ゲームで白黒つけるのが流儀ぃ!」」


 アニメの世界に迷い込んだような錯覚に陥る雨宮。

 高咲たちに厨二病と馬鹿にされそうな展開だけど、オタクを否定するような連中は、ここには居ない。


 先輩たちが本気になれるのは、ここが彼らの居場所だから。

 なら、自分も本気で応じなければと、闘志が湧いてくる。


「好きなゲームを選べ。世の中のあらゆるゲームをやり尽くしてきた俺たちは、どんなゲームでも受けて立つ」


「っ! 孝明くん、あれしかないね……」


「ああ、そうだな。あれだ」


 二人は近くのパソコンを起動し、あるゲームにログインする。

 見慣れた画面――『アルカディア・ファンタジー』だ。


「天音先輩、剣持先輩。これでPVPしてください!」


 PVP。

 プレイヤー同士がリアルタイムで戦う機能だ。

『アルカディア・ファンタジー』にもPVPはあり、大会が頻繁に開催されるほど多くのプレイヤーに利用されている。


 先輩たちの実力は未知数だけど、中学時代からやり込んだゲームならこっちが有利だと、雨宮とカリーナは踏んだのだ。


「ほほーん、これか。ボクも好きだぞ、このゲーム☆」


「まさか俺たちの得意分野で挑むとは、笑止千万!」


 慣れた手つきで先輩たちもログイン。

 そこで雨宮は気づく。自分たちの考えが甘かったと。


 先輩たちの操作するキャラが、何度も開催されているアルカディア・ファンタジーのPVP大会で、連続優勝を果たしているプレイヤーの名前だったからだ。


 天音『スカイミュージック』格闘家。

 剣持『ソードマスター』弓兵。


 天音のキャラは高身長のボインボインなお姉さん系。

 剣持のキャラは剣じゃなく弓矢を装備している、名前のイメージとは異なるのかよ。


「う、うそっ! あのスカイミュージックさんとソードマスターさん!?」


 カリーナは怖がるどころか、尊敬度が上がって気絶寸前。

 気持ちは分かるけど、マズい状況だと理解してほしい。


 でも、雨宮たちも上位プレイヤーの一員である。

 先輩ほど有名じゃないけど、カリーナ『ドラゴンヘッド』と雨宮『レイン』は一部プレイヤーから恐れられる腕前を持っていた。

 連携なら誰にも負けない。


「それじゃ、試験開始だ!」


 天音の合図で試験が始まった。




 数分後、雨宮たちはコテンパンに敗北した。

 入部条件は引き分けか勝利のみ。

 負けた二人の入部は認められなかった。


 終わった後、剣持は申し訳なさそうにし、天音は勝利を盛大に喜んでいた。





 ————





「……負けちゃったね」


 17時半。夏が近いからなのか外はまだ明るい。

 でも、雨宮とカリーナの顔は曇ってた。

 カリーナとの連携をもってしても勝てなかったからだ。


 動きをすべて先読みされ、どの攻撃も通じなかった。

 大会で連続優勝する先輩たちの実力は、やっぱり伊達じゃない。


 勝たなければ入部できない。

 あの二人に勝てるイメージが湧かず、雨宮は途方に暮れていた。


 そんな彼の肩に、カリーナが手を置く。

 白くて華奢な、彼女らしい手だ。


「次こそ勝ちましょ。まだチャンスはあるよ。年内なら何度でも挑めばいい。練習あるのみだよ」


 言いたいことをズバズバ言うカリーナの言葉なら、きっと嘘じゃない。

 東條や高咲の件で分かったことだが、彼女は生粋の負けず嫌いだ。


(カリーナに相応しい男になるなら、彼女の想いにも応えなきゃ……)


「そうだね、まだ終わってない。先輩たちもプロゲーマーとしてのプライドがあるし、認められるくらい強くならないとな」


 そうと決まれば練習だ。

 でも、ゲーム内での掛け合いだけじゃ不利だと、先輩たちとの戦いで学んだ。


 天音と剣持は口で指示を出し合いながら操作してた。

 対して雨宮とカリーナは終始無言。それが勝敗を分けた原因の一つだろう。


「それぞれの家でチャットするより、同じ空間で練習したほうが効率的かも……」


「うん、やっぱりそうだよね。さすが私の相棒。孝明くんと私はゲーム内じゃ長い付き合いだけど、現実ではまだ短い。でも先輩二人は違う。まるで一心同体みたいだった」


「だな、怖いくらいに……」


 先輩二人は、まるでゲームに命をかけてるかのように戦ってた。

 今でも、あの恐ろしい姿を鮮明に思い出せる。


「それじゃ、孝明くんの家にお邪魔してもいいかな?」


「えっ……」


「だって私は電車で3駅だよ? わざわざ孝明くんを往復させるわけにいかないし、徒歩の孝明くんの家ならって思ったけど……ダメかな?」


 カリーナが自宅に来る。

 現実で知り合ったばかりの美少女を家に連れ込む。

 変な考えが頭をよぎり、放心する雨宮の頬を、カリーナがつんつん突く。


「う、うちね! で、でも片付けてないからなー、散らかってるかもなー」


 陰キャ特有の意気地ない返事をしてしまう。


「大丈夫。母国にある私の実家も散らかってたから、全然気にしないよ」


 母国の実家って、ロシアのことか。

 別に散らかってないけど、東條以外の女子を部屋に招いた経験がない雨宮は、端的に言えばチキンになってた。


 でも、ここで熊谷なら「入れろ、男なら入れろ」と怖い顔で連呼してきそう。


(覚悟を決めろ、雨宮孝明!)


「お、おっけー。じゃ……俺ん家へ、れ、レッツゴー」


「おぉ〜!」


 照れる雨宮に、カリーナは通常運転。

 でも、他人に塩対応な彼女が自分にだけ笑顔を見せてくれるのが、嬉しかった。


「ん?」


 ポケットのスマホが振動し、取り出して確認する。

 幼馴染の東條千歌からのメールだった。


 フラれた日以来、やり取りしてない。

 驚きつつも、雨宮はメールを開かずスマホをしまう。

 今は東條と話す気分じゃなかった。


(カリーナとの関係を誤解されないよう、妹の杏奈に説明しなきゃ……)


 自分では釣り合えない美少女が家に来るという、ラブコメみたいな急展開に、雨宮は今までにない緊張感に包まれていた。

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