第14話 ゲーム研究部


 ゲーム研究部の部室は、一部改装中の旧校舎にある。

 午後になると一般生徒がほとんど通らない理由は、もちろん、不良の溜まり場だからだ。


 不良に遭遇してもおかしくない状況。

 ただ、目の前に立つ男は不良というより極道のツラだ。

 不良のボス的なポジションかもしれない。


「え、ええと、その……僕たちは……」


 男の問いかけに、慎重に言葉を選ぼうとする雨宮。

「ゲーム研究部を探してます」と正直に言ったら、舐められてカツアゲされる危険性がある。

 背中に隠れるカリーナを危険な目に遭わせたくない。


「……」


 腕を組んで立ちはだかる男の貫禄に圧倒され、泣きそうになるのを堪えながら、雨宮はポケットから“ソレ”を取り出した。


「今日はこれしか持ってないんです! どうかこれで勘弁を!」


 黒の長財布。所持金4000円。

 穏便に済ませるには、相手より先手を打つしかない。


 これからの高校生活とカリーナの安全を考えれば、4000円なんて安いものだ。


「……」


 男の足音が近づいてくる。

 殴られないことを祈りながら目を瞑る雨宮は、肩を掴まれるのを感じた。

(あ、終わった――)



「驚かせてすまなかった。生まれつき険しい顔でな。怖がらせちまったみたいだ……」


 謝る男の声は優しかった。

 恐る恐る顔を上げると、男は怖いというより大人びた表情をしていた。


「人を見た目で判断するな」と母に言い聞かせられてきたが、その通りかもしれない。


 後で分かったことだが、この怖い顔の先輩、剣持蒼真けんもちそうまは、雨宮たちが訪ねようとしているゲーム研究部の部員だった。


 背丈はバスケ部、体格は柔道部っぽいのに、バリバリの文化部というギャップ。


「雨宮くんとカリーナさんか。まさか学校一の人気女子が俺たちの部活を見学に来るとは、感無量だ。雨宮くんも大歓迎だよ」


 部室に向かう途中も、カリーナは雨宮の背中に隠れっぱなし。

 何をそんなに怯えてるのかと振り返ると、耳打ちされた。


「孝明くん孝明くん、すごいっ……すごいよっ」


 怯えてるんじゃなくて興奮してる。

 何がすごいのか聞き返すと――


「知らないの? あの人、こないだ生配信された『タクティカルフィールド5』の世界大会に出てた人だよ……あの顔なら間違いないっ」


『タクティカルフィールド5』、通称TF5。

 架空の戦争をテーマにしたFPSゲームで、世界屈指の人気を誇る。

 FPSからっきしの雨宮ですら、一度は遊んだことがあった。

 ――強者とチーターにボコられて即引退したけど。


「え、じゃあこの人って……世界ランカー!?」


「うん、しかも世界ランカーでもトップクラスだよ……」


 遊んだことがあるなら、その凄さが痛いほど分かる。

 世界のトップ中のトップが、目の前を歩いてる。

 握手したい、サイン欲しい。


「……どうかしたか?」


 憧れの眼差しを向けられ、妙な感覚を覚えた剣持が振り返って聞く。


「「いえ、なんでもございません! 剣持先輩!!」」


「お、おう……!」


 ぴったり揃った二人の声に、剣持はビクリと肩を震わせた。




 ————




 旧校舎3階。

 古びた廊下の奥にある、薄暗い教室前にたどり着く。

 扉には『ゲーム研究部』の表札が掲げられていた。


「着いたぞ、二人とも。入る前に一点だけ注意しておく」


 扉を開けようとした剣持は、思い出したように手を止め、真面目な顔で振り返る。

 剣持の表情の真剣さが伝わり、雨宮はゴクリと唾を飲んだ。


「部活紹介で知ってるかもしれないが、うちの部長は普通じゃない」


「……ああ、壇上でラップしてた人ですよね」


「ああ、そうだ。だが、あれはまだ序の口。2年間付き合ってきた俺だからこそ言える。彼女は変人だ」


 そんなにおかしい人なのか、ピンとこない雨宮。

 ちょっと変わった生徒ならクラスにも何人かいる。

 自分も含めて、と自虐的に思う。

 熊谷、ごめん。


「じゃ、入るぞ」


 剣持が部室の扉を開けた。

 最初に目に入ったのは、壁一面を埋め尽くすゲーム関連のポスター。


 教室全体が改造され、大型モニターやゲーミングPC、ゲーム機がズラリ。

 ソフト用の棚、機材置き場、冷蔵庫、無数の扇風機。

 この部室だけ、完全に別世界だ。


 教卓だった場所には長机があり、6つのモニターが並んでいる。

 誰かが座ってるようだが、モニターが高すぎて姿が見えない。


(あれ、アホ毛……?)


 モニターの向こうで、アホ毛がゆらゆら揺れてる。


「おい、天音。うちの部活を見学したい2年を連れてきた。一旦ゲーム止めて、挨拶しろ」


 剣持の呼びかけに、アホ毛がピョンと跳ねてモニターの奥へ消えた。

 普通なら立ち上がれば顔が見えるはずなのに、消えた。


 隣のカリーナはそんなことより部室に感動してる。

 手を合わせて、遊園地に来た子供のようにはしゃぐ。

 可愛いけど、今は大人しくしててほしいと雨宮は願った。


「おお! おお! 見学! 我々の部活を見学しに来たのか、君たち!」


 下から声がして、雨宮は目線を落とす。

 そこには同じ制服を着た茶髪の少女が立っていた。


 身長も体も小さいからか、制服がブカブカ。

 長い袖で手が隠れてる。


「我らのゲーム研究部へ! ようこそ諸君!」


「あ、どうも……」


 声も子供っぽくてデカい。

 本当に高校生か疑いつつ、雨宮は畏まって頭を下げた。

 カリーナは目をキラキラさせてる。


「彼女は天音詩織あまねしおり。ゲーム研究部の部長で3年生だ」


 年下と勘違いさせないためか、剣持は最後の部分を強調して言った。


如何いかにも! このボクこそが、ゲーム研究部を束ねる最高最強の総帥! しおりんである☆」


 ウィンクして舌をペロッと出すボクっ娘。

 アニメの世界から飛び出してきたような個性を持つ人物に、雨宮は反応に困ってしまう。


「ちっこくて可愛いっ!」


 先輩だろうがお構いなしに、カリーナは思ったことを口にする。

「小さい」は失礼じゃないかと心配する雨宮だが、天音はクルクル回って自信満々な顔を浮かべた。


「ボクが可愛いのは、恐竜時代からの常識☆」


(あ、剣持先輩の言ってた意味が分かったかも……)




 ————




 ゲーム研究部。

 ちょっと変わった『部長・天音』と、怖い顔の『副部長・剣持』との出会い。

 変人だけど決して悪い先輩ではないのは、雨宮は接していて感じた。


 大好きなゲームを学校で遊べるなら、入部しない選択肢なんて雨宮とカリーナにはなかった。

 ぜひお世話になりたい、そう思っていた。


 だが、この部活は今、危機的状況にあった。


 部員は2名。顧問がいない。最近これといった成果も上げていない。

 そうなると、必然的にたどる結末は――“廃部”だ。


 ゲーム研究部は、廃部の危機に瀕していた。

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