第16話 家にお邪魔するカリーナさん


「な、な、な、な、な、な、永瀬カリーナさんんんんんんんんんん!?」


 玄関に出てきた妹の杏奈が食べていた海苔せんべいをポロッと落として、近所に聞こえるぐらいの声でカリーナの名を叫ぶ。

 驚くのも無理もないが近所迷惑なので、杏奈の口を手で塞ぐ。


「お兄ちゃんお兄ちゃん、何であのカリーナさんが我が家に!?」


「ああ、ちょっとワケがあってね……」


「ワケって何? 普通じゃありえないでしょ! あのお兄ちゃんがだよ!?」


 妹よ、お兄ちゃんを何だと思っているのだ。

 まったく否定できないけど。


「妹が騒がしくてごめん、落ち着きがないのは昔からでさ……」


 玄関前で待たせてしまったカリーナに謝罪するが、彼女は微笑ましそうにしたまま首を横に振った。


「ううん、友達の家に行くと、よく同じ反応をされるから慣れてるっ」


 カリーナは謎にサムズアップをした。

 それを見た杏奈は蕩けそうになりながら、なんとか持ちこたえる。


「は、初めまして。あ、雨宮杏奈と申します。将来は、永瀬さんのような素敵な女性になるのが夢です……」


 壊れた機械のような口調だったし、将来の夢を初めて聞いたぞと色々ツッコミそうになる雨宮。


「こちらこそ、孝明くんの最愛の相棒の永瀬カリーナと申します。よろしくお願いするね、杏奈ちゃん」


 さも当然のような感じで自己紹介したカリーナに、杏奈と雨宮は氷漬けにされたように固まる。

 最愛、相棒、最愛、相棒。


「それってもしや……けっこ!」


「違う違う! 断じてそんな意味ではない!」


 杏奈は顔を赤らめながら何かを確信するが、雨宮はすぐに誤解だと訴える。

 カリーナ、なんて恐ろしい美少女なのだろうか。


「え、そういう意味でしょ?」


 と、カリーナの追撃が止まらない。

 多分、彼女にとって愛人とかそういう意味で言っているわけじゃないと思うが杏奈にますます誤解を与えかねないので、ゲーム的な相棒だと説明する。


 そして、ようやく信じ込みやすい妹と、誤解を与えやすい美少女の二人が納得してくれたので家の中に入る。

 雨宮の体力は、玄関でのやり取りだけで半分削れていた。






 リビングのソファで客人用のお菓子とジュースでカリーナをおもてなしする。

 杏奈はずっと緊張しっぱなしで髪を整えたりしており、雨宮の方はゴミが落ちていないのかを入念に確認していた。恥ずかしいので。


「うちの中学でもカリーナさん有名だよ。だって、ここまでの美少女そうそう居ないよ? 下手したら小学から大学まで知れ渡っているかも……?」


「なるほど、だから杏奈はあんなに動揺していたのか……」


「お兄ちゃんも逆の立場なら、同じ反応するでしょ……」


「しますね」


 お菓子を美味しそうに食べているカリーナを尻目に、兄妹で耳打ちをしながら会話する。

 家にいたのが妹だけで良かった。もし母だったら『キャー!たーちゃんがお嫁さん連れてきたー!』とか泣きながら爆弾発言しそう。


「もしかして、千歌お姉ちゃんと喧嘩した理由と関係したりする?」


「しないしない、千歌とカリーナはまったく関係ない……!」


「さっきから二人コソコソ話してるけど寂しーな、私も会話に混ぜてよ〜」


 捨てられた子犬のようにカリーナが雨宮の隣に座る。

 急に距離を詰められたことでビックリするが、反対側に座っている杏奈も同じ反応をしていた。


「「あわわ……」」

「ふふ、驚き方も似てて可愛いね二人とも」


 天使のように微笑んで言うカリーナに雨宮は心を奪われる、杏奈もそうだった。

 いや、彼女の常人離れした容姿と可愛らしい声に、心を奪われない人間が果たして世の中に存在するのか。




 いや、本題はここからだ。

 今から部屋でカリーナと二人っきりで『アルカディア・ファンタジー』PVPの特訓をすることになっている。


 思春期の男女が部屋で二人っきり。

 しかも相手は、周りに塩対応だけど自分にだけ心を開いてくれている銀髪の美少女カリーナである。


 陰キャでコミュ障の雨宮には、あまりにもハードルが高いシチュエーションなのだが背に腹は代えられない。

 ゲーム研究部に入部するために仕方なくだ、仕方なく。


 そう自分に言い聞かせながら雨宮はカリーナの方に向き直り、火照った顔で告げる。


「お、俺の部屋に……行こっか」


「え、ええ……そうだね」


 珍しく、カリーナも顔を赤くしていた。

 こちらの言い方が悪かったせいで、緊張させてしまったのか。

 いや、彼女に限ってそれはないか、と雨宮は思った。


 杏奈はというと、何かを勘違いしているのか口元に手を当てて照れていた。

 いや、違う、そうじゃない。







 暗くなった住宅街を、一人歩いている女の子がいた。

 身なりを整えたことで、誰がどう見ても美人な彼女は東條千歌。

 スマホを手に、表情を曇らせていた。


 雨宮にメールを送ったのだが返事がない、既読も付いていない。

 つまり、まだ読んでいないことに彼女は焦りを感じているのだ。


(あのバカ……昔から駄目なんだから)


 雨宮に対しての悪態を付きながらも、見下すような感情はない。

 むしろ、それを彼女は愛おしいとすら感じていた。


(メールでダメなら直接会って話すしかないわね。孝明……)


 謝罪がしたい。

 あの家で、いつも通り雨宮と杏奈と一緒にご飯を食べたい。


(私がいなくなったことで孝明、困ってるでしょうね。毎朝、起こしてくれていた幼馴染がいなくなったんだから……杏奈も料理を教えてもらえなくて拗ねてるかもしれないけど、昔から私に懐いてくれていたから謝れば許してくれるはず。そう、大丈夫。取り戻すのよ……)


 ―――愛おしくて、かけがえのない居場所を。

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