第17話 二人の出会い、そして——


〈おっしゃー! 勝ったッスね、レインさん!〉


〈うん、これで30連勝目だ。でも、この程度じゃスカイミュージックとソードマスターには勝てない。ドラゴンヘッドさん、次行こう〉


〈モチのロンッス!〉


 明かりの灯る狭い部屋で、雨宮孝明は永瀬カリーナと肩を並べて『アルカディア・ファンタジー』のPVP特訓に励んでいた。


 妹の杏奈が使っているパソコンを借りている。

 スペックが雨宮のものと同じだからだ。


 これまで雨宮は、カリーナがゲームに没頭する姿をじっくり見たことがない。

 部室で先輩たちと対戦した時も、隣を見る余裕なんてなかった。


 彼女が本当に「ドラゴンヘッド」なのか、実感が湧いていなかった雨宮だったが、この特訓で確信した。

 カリーナは生粋のゲーマーだ。


 キーボードのタイピング速度、マウスの操作――すべてにおいて無駄がない。

 カリーナのジョブは剣士で、前線で動き回る必要がある。一方、雨宮の魔法使いは後方支援に徹するスタイルだ。


 カチカチカチカチ――。

 目で追うのもやっとの速さで動く指に、雨宮は唖然として操作を忘れてしまう。

 だが、カリーナが即座にカバーしてくれた。


「ほら、レインさん。ボーッとしない!」


「す、すまない……」


 チャットとお叱りスタンプが飛んできた。

 戦いの真っ最中なのに、なんて余裕なのだろうか。


 ボーッとしていたことを反省しながら、雨宮は大火力の魔術を放つ。

 画面が派手なエフェクトに包まれ、数秒後、相手が倒れている姿が映し出される。


 自分で撃ったのに、オーバーキルすぎるだろ、と雨宮は内心苦笑いするのだった。





 ————






「あのさ、カリーナ。ちょっといいかな?」


 前髪が邪魔なので、髪型をポニーテールにしたカリーナに雨宮は声をかける。

 彼女は真剣な表情のまま振り向く。


「なぁに?」


 画面を見つめるカリーナの横顔に見惚れてしまう。

 さらに、呼ばれて嬉しそうにこちらを向く仕草に我慢できず、雨宮は顔が赤くした。


 動揺すると意識してると思われかねないので、なんとか冷静を装った。


「俺たちがこうやって同じ部屋でPVPの特訓をしてるのって、声の掛け合いを練習するためだったよね?」


「……あっ、そういえばそうだったね」


 本当に忘れてたような反応だ。

 二人は特訓というより、純粋にゲームを楽しんでしまっていた。


「でも、やっぱりこういうのが一番しっくりくるんだよね。お互い声を掛け合わなくても通じてる感じがして」


 無自覚に主人公っぽいセリフを放つカリーナに、雨宮は心を蹂躙される。

 自分には勿体ない言葉だ。


「そ、そうだね。確かに……俺も」


 フレンドのドラゴンヘッドとは中学からの付き合いだ。

 言葉を交わさずとも、動きや癖を把握し合っている。

 一心同体と言ってもいい。


「昔さ、覚えてないかもしれないけど、孝明くんに助けてもらったことがあるんだよ……?」


「助けた? 俺が?」


「うん、初めて知り合ったギルドでね」


 二人が出会ったのは、雨宮が初めて加入したギルドでだった。


 会ってすぐ仲良くなったわけではない。

 お互い干渉するほど親しくなく、雨宮が抱いていたドラゴンヘッドの印象は「内向的な人」だった。


 他のプレイヤーと絡まず、高難易度以外のダンジョンはほぼソロ。

 ボスに負けそうになっても救援要請を出さないし、チャットも少ない。


 だけど、別にそれで気にするほどではなかった。

 そういうプレイヤーは星の数ほどいるからだ。


 ところが、加入してすぐ事件が起きた。

 週に一度、ギルドメンバーが集まる『ギルドイベント』が開催された日だ。


 雑談やクイズ、ボス周回など、ギルドマスターが企画したレクリエーションを楽しむのが目的のイベント。


 一見、楽しそうなギルドに見えるが、これらを企画したギルドマスターはあまり良い人ではなかった。

 自分の意見に従わないメンバーには、排他的な態度を取る傾向があった。


〈ドラゴンヘッドさん、みんな楽しんでるのに一人だけつまんなそうにするのやめてくれますか? こっちはせっかく企画立ててきたのに……〉


 イベント中、酒場の隅で静かにしていたドラゴンヘッドが、マスターに注意された。

 しかも、ギルド全員が聞けるボイスチャットでだ。


〈それに、ボイスチャットをONにしないのに何で参加してるんですか? それじゃギルメンと仲良くできないですよ?〉


 その日の企画は「ボイスチャットでギルメンとおしゃべり」。

 強制じゃないし、付けなくてもチャットで参加すればいいとマスターは言っていたはずなのに、ドラゴンヘッドにだけ当たりが強かった。


〈いや、俺は恥ずかしいんでいいッスよ……〉


 チャットログに表示されるが、


〈だから、それじゃダメだって。声を出すだけの何がそんなに難しいの?〉


 さっきより強めのタメ口。

 まさかと思うが、積極的に参加しないドラゴンヘッドに不満を募らせていたのだろうか?

 いや、普通その程度のことで不機嫌になるのか?


〈マスターの言う通りにしなよ。声出すだけだって〉


〈一瞬でいいから、ほらw〉


〈恥ずかしがってるドラゴンヘッドさん可愛いw もしかして女の子?〉


 集団心理だろうか。ギルメンが次々とマスターに便乗し始めた。

 やりたくないことを無理やり強いる、いじめの現場のような光景だ。


〈……〉


 黙り込むドラゴンヘッドを、雨宮は同情する。

 ゲーム内では現実の表情や感情を読み取れない。

 でも、良い気分ではないのは明らかだった。


〈あ、あの、嫌なら無理にボイスチャットで話さなくても……別にいいじゃないですか……?〉


 声を震わせながらレイン――雨宮はドラゴンヘッドを庇った。





 ————




「ああ、確かにそんなこともあったね……」


 かなり前の出来事で、言われない限り思い出せない記憶が蘇り、雨宮は懐かしそうに呟いた。


「あの後、マスター発狂してたよね。学生に反抗されるのが、社会人として許せなかったのかな」


 その事件をきっかけに、ドラゴンヘッドは積極的にレインに話しかけるようになった。

 一緒にレベル上げやボス周回をするうちに、少しずつお互いのことを知り、気づけばフレンドに。


 雨宮が庇っていなかったら、他人同士で終わっていただろう。


「あの時の孝明くん、情けない声だったね」


 カリーナがくすっと笑って言う。


「だって、相手は大人だぞ。怖くて当たり前だろ……」


 せっかく庇ったのに、と拗ねるように返す雨宮。

 ゲームとはいえ、高圧的な大人の声は威圧感がある。


 でも、カリーナのほうがもっと怖い思いをしていたはずだ。

 ボイスチャットを強要され、パソコンの前で怯える、小さなカリーナの姿が脳裏に浮かぶ。

 想像するだけで胸が締め付けられた。


「私ね、声と喋り方にコンプレックスがあったの。クラスの男子から『アニメ声だー』ってバカにされて。日本語の発音も下手だったから、伝わらないことが多くて……だからボイスチャット付けたくなかったんだ」


 天井を見上げ、少し曇った声で語るカリーナ。

 普段はマイペースな彼女にそんな重い過去があったとは、と雨宮は驚く。

 同時に、彼女を「苦労人」と感じていた印象が裏付けられた瞬間でもあった。


「そんな時、レインさん――孝明くんが助けてくれた。情けなかったけど、それ以上に……」


 カリーナが顔を近づけ、耳元に息がかかる距離で囁いた。


「カッコよかったよ……惚れちゃうぐらいに」


「えっ!?」


 突然の言葉に驚いた雨宮は、ゲーミングチェアから転げ落ちる。

 頭を床に打ちつけ、鈍い音が部屋に響いた。


「ご、ごめんね! 孝明くん! そんなつもりじゃ……」


 心配そうに駆け寄るカリーナが、後頭部に手を回して支える。

 強く打ったわけじゃないので負担をかけたくないと起き上がろうとしたが――


(ん……この柔らかい感覚は……?)


 後頭部を包む、枕より弾力のある何か。

 目を開けると、安心した表情でこちらを見下ろすカリーナの顔があった。

 今までにない近さで、やはりいい匂いがする。


(待て、もしかして……!?)


 気付いた瞬間、雨宮の目は飛び出す勢いで全開に。

 後頭部に感じる柔らかさの正体は、女の子の太ももだ。


「か、カリーナ!?」


「こらっ、頭打ったら動かしちゃダメって保健体育で習ったでしょ? そのままじっとしてて」


「え、いや、でも……」


「う、ご、か、な、い、でっ」


 軽く頭をチョップされる。

 いや、頭打った人にそれはないだろ。


「……はい」


 諦めて身を委ねる雨宮。

 まさか銀髪美少女に膝枕される日が来るとは、夢のようだ。


 別世界の住人、高嶺の花。

 憧れてたけど届かないと諦めていた存在が、慈愛に満ちた表情で、大切な人を労わるように頭を優しく撫でてくれる。


「私ね、孝明くんがレインだと知った時、すごく嬉しかったんだよ。憧れの人が実は、ずっと手の届く距離にいたから――」


 自分の声にコンプレックスがあると言っていた彼女だが、その声は雨宮の独占欲を掻き立てるほど心地いい。


「あの日、私を助けてくれてありがとう。フレンドになってくれてありがとう。私の相棒でいてくれてありがとう……」


 顔を赤らめ、嬉しそうに頬を緩めるカリーナが感謝を口にする。


(感謝したいのはこっちのほうだよ……)


 幼馴染にフラれて傷ついた心を癒してくれたのは、紛れもなく彼女だ。

 孤独な日々を鮮やかに塗り替えてくれたのも彼女だ。


 儚い夢かもしれないが、いつか友達以上の関係になれたらと、雨宮は密かに願う。

 想いを伝えるにはまだ早い。彼女に相応しい男になるまで、と決めている。


 でも今だけは、この幸せな時間を満喫していたかった。

 彼女の優しさに溺れていたかった。


 そう思いながら、雨宮はそっと瞼を閉じた。







「孝明、カリーナさん……何してるの?」


 聞き覚えのある声に、雨宮が扉のほうに視線を向けると、そこに立っていたのは一番いてほしくない人物だった。


 自分を全否定して告白を断った幼馴染、東條千歌。

 動揺で顔を引きつらせ、こちらを見つめていた。

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