第18話 告白のやり直し



 東條がそこにいた。

 私服の彼女を見るのは久々だったが、雨宮に込み上がったのは嬉しさよりも気持ち悪さだった。

 吐きそうになり、自分を膝枕していたカリーナから離れる。


「な、何で……カリーナさんが孝明の部屋にいるのよ……何していたのよ?」


 雨宮には答えられなかった。

 カリーナとはゲームの話題で仲良くなって、ゲーム研究部の入部試験に受かるために自分の家で特訓することになった、と説明すればいいだけなのに。


 東條に向けられた悪意を思い出してしまい、彼女に返事するどころか顔すら見ることができなかった。


「黙ってないで答えなさいよ。孝明のくせに私の質問を無視してるんじゃないわよ」


「東條さん、代わりに私が説明するから落ち着いてくれないかな? 孝明くん怯えてるから」


 居ても立っても居られなかったカリーナが二人の間に割り込む。

 冷静な口調だが、彼女の東條に向ける目は絶対零度そのものだった。


「怯える……孝明が何に怯えるって言うのよ? ていうかコレは私と彼の問題だから邪魔しないでくれないかしら」


「東條さんに決まってるじゃない。だって、あんな酷いフラれ方をされたら誰だって嫌な気持ちになるでしょ? それとも、まさかいつも通りお喋りできるとでも思っていたのかな?」


「……っ!」


 カリーナの発言に、東條は至極不機嫌に顔をゆがめる。

 答えてくれない雨宮、彼を庇うカリーナ。これでは、まるで自分が悪者みたいで東條は気に入らなかった。


「この前聞きそびれちゃったけど、仕方ないわ。カリーナさん、私が孝明をフッたことを何処で知ったの? もしかして孝明の馬鹿が教えたっていうの?」


「うん、まあね」


「それで傷ついた彼に同情して近づいたってわけね。孝明も性格が悪いわね、人の優しさに漬け込んで膝枕までさせちゃって。下品だわ」


 カリーナの背後で縮こまっている雨宮を、東條はニヤリと笑いながら馬鹿にする。


「だって、アナタがいくら努力しようと学校一の美人と付き合えるわけないからねっ。はは、馬鹿みたいじゃない……孝明もカリーナさんも」


「同情……しているわけないじゃない?」


 カリーナはわざとらしく両手を挙げ、呆れたように首を横に振った。

 告白を断られた人にいちいち同情していては、今までカリーナがフッてきた星の数ほどいる男子全員に膝枕をしなければならなくなる。


「何を言って……」


「ここで言うのも恥ずかしいし、デリカシーのない女だと思われたくないから言わないようにしてたけど。孝明くんが他の女の子に取られなかったのを、喜んだってこと」


 東條は見逃さなかった。

 あの難攻不落の塩対応美少女カリーナが、どう見ても圧倒的に釣り合わないであろう雨宮をチラ見してから、顔を赤らめて小さな声で言ったのだ。

 それが何を意味するのか、同じ乙女だからこそ東條にも理解ができた。


「……説明してちょうだい」





 雨宮の部屋では狭いので、三人は1階にあるリビングに移動することにした。

 ソファには杏奈が足を組んで、曇った顔で座っていた。


 東條の姿が見えた途端、顔をしかめる。

 その明らかな拒絶の態度に東條は申し訳なさそうに思いながらも、それよりも雨宮とカリーナの話しだった。


 雨宮はというと、東條とはまだまともに顔を合わせることができないのか、下の階に下りる時ですらずっと黙り込んでいた。

 その態度に東條はイライラを覚えながらも、なんとか抑える。


「……それが私が家に来た理由。孝明くんに同情したからでも、つ、付き合ってるからとかじゃないから。私たちは大切な相棒であって、こ、恋人とかじゃ、なく」


 雨宮家と東條の気まずい空気などお構いなしに説明をなんとか終えるカリーナ。

 所々、声が震えていたのは置いておいて、東條は溜息を吐いた。


「なるほどね。昔から遊んでいたゲームのフレンド同士だけど、現実で顔合わせをしたら同じクラスメイトだったと……映画のようなお話ね」


 東條の目にはまだ疑いのようなものが残っていた。

 これらを体験していない第三者からすれば、とてもじゃないが有り得ない話なのだ。


「けど、そうじゃないと孝明とカリーナさんが仲良くなった理由に納得がいかないわ。完全にとは言わないけど、一応信じてみることにするわ……」


 まだ腑に落ちない表情で、東條は顎に手をあてて考え込む。

 カリーナとはあまり関わりのない東條ですら、彼女が珍しく素直になれていない事に気付いていた。


(中学から知り合ったから何? 私と孝明は小学校からの付き合いなんだけど……こんな間女にうつつを抜かして信じられないっ……)


 東條は冷静を装っていた。

 頭に血が昇ったからと言って乱心するような馬鹿ではないからだ。


 こちらが納得してくれたことでカリーナが安心したように息を吐き、俯いていた雨宮がようやく顔を上げてくれた。

 しかし、このまま終わるわけにはいかない東條は、逆転するための計画を頭に巡らせる。


 そして導き出した、次の一手は―――



「孝明、正直に言うわ。私がアンタに……あんな酷いことを言ったのわね」


 東條は立ち上がって、向かい側にいる雨宮の隣へと移動する。

 彼を刺激しないように、優しい声をかけながら体が密着しないように座った。


 雨宮の体が一瞬だけビクリと震えていたが、逃げ出さないということは耳を傾けてくれているという事だ。

 東條は、この絶好の機会を逃さないよう言葉を続けた。


「アンタを変えるためだったのよ。かなり強めに言っちゃったけど、それも孝明ためよ」


 まるで子をあやすような口調でささやき、雨宮の手に触れようとする。

 だが、流石にそれを雨宮は許さなかった。


「……ああ、そうかもな。けど……俺のことなんか、どうだっていいよ。俺が許せないのは杏奈の約束を破ったのに、平気な顔でノコノコと家に上がってきたことだ」


 その言葉で、皆の視線が杏奈に集まる。

 枕を抱きしめて静かにしていた杏奈の目から、ポツポツと涙が流れていた。


 彼女は知らなかったのだ、雨宮が東條に告白をしたこと。

 酷いフラれ方をしたことも、全部。


 失恋した人間がどれだけ傷つくのか杏奈には分からない。

 だけど、世の中には失恋をしたキッカケで自分の命を自分の手でかけてしまう人の話しは何度も聞いたことがある。


 兄も同じように苦しんでいたかもしれない、それが一層、杏奈の心を痛めた。


「ごめんね……杏奈。だけど、分かってほしいわ。私にとって孝明と杏奈は大切な、家族のような存在よ。約束を破って、本当にごめん」


「そ、そんなの、どうでもいいよ……」


 カレー作りのことを謝っているのだろう。

 だけど、杏奈にとってあれぐらいの約束なんてどうでも良かった。

 東條が兄にしたこと、自分と会わなくなったことが何よりも悲しかったのだ。


「これから毎日、杏奈に料理を教えてあげる。私の家に伝わる秘伝のレシピも全部教えてあげるから、それじゃダメかな……?」


「……うん」


 杏奈は涙を拭って、頷いた。

 もう、これ以上、東條を責めたくないからだ。


 杏奈に許されてもらったことに満足した東條は、まだ晴れない表情の雨宮に体を近づけ、手を握りしめた。

 そのまま、顔を近づけ―――



「あの日の告白を、やり直してもいいかしら……?」


 雨宮から顔を離して、東條は火照った顔で言った。

 唇を重ねて、キスしたのだ。


 大きく見開いた目で、雨宮は東條を見つめる。

 初めてのキスを、ずっと片思いをしていた幼馴染に奪われたのだ。


「……」


 雨宮だけではない。

 近くに座って二人を見守っていたカリーナでさえも、驚愕のあまり口を半開きにさせていた。

 ショックを受けていた。



「孝明、私もアナタが好きよ。イジメられていた私を助けてくれた、小学生の頃からずっと好き。これからは幼馴染としてじゃなく、恋人として家にいさせて。アナタの傍にいさせて」


 東條は、雨宮を逃がす気はなかった。

 取りこぼしたからこそ彼女も反省したのだ、自分の回りくどい言動に。


 雨宮を変えるなら突き放すのではなく、添い遂げながらやればいいことだ。

 それが、彼女の導き出した結論だった。


「千歌……」


 自分の名前を呼んでくれたことに、東條は今までにないぐらいの幸福に満ちた顔を浮かべる。

 もう、恋人同士になった気分でいた。


「あのね孝明、これで私たちって晴れて恋仲になったわけじゃない? だからさ」


 口元を押さえて涙を堪えようとしているカリーナを、東條は冷たく一瞥してから告げた。


「彼女をもう、家に招いちゃダメだからね」

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