第24話 相棒失格
一方、日本高等学校野球連盟からの処分がまだ下されていないため、栗原とその他部員の今後の部活動がどうなるのか、まだ誰も分からない。
雨宮孝明の海外出張中の両親にも連絡が入ることになったが、忙しい期間のため帰国出来ず、やり取りは電話対応だけで終わった。
変わったことと言えば、クラスで注目されるようになったことだ。
いい意味でも悪い意味でもなく、同情はされているが以前よりも距離を置かれるようになり、雨宮は必然的に孤独になった。
(前とそんなに変わんなくない……?)
会話をするほど仲の良い友人が沢山いたわけじゃないので、むしろいつも通りで楽に一日を過ごすことができた。
熊谷がオレンジじゃなくスイカジュースを飲んでいて不味そうにしていたし、カリーナは相変わらず授業中でも話しかけてくる。
だけど、彼女もそれなりに成長しているのか声のボリュームを下げて喋るようになった。
おかげで先生からの注意が半分に減少した、全然良くない。
意外にも充実した高校生活を送ることができた雨宮は、帰りにゲーム研究部の先輩たちと食べに行くことになった。というよりカリーナの提案で『入部祝い』兼『孝明くん生存』をすることになったのだ。
先日、栗原との喧嘩で意識を失った雨宮は保健室で目覚めると、赤面したカリーナに誘われたのである。
『私ね……すき……すっ、すき焼きが食べたい……! なんて、思ったりしまして……!」
『お……おうっ?』
告白されるのではと一瞬だけ思って盛り上がっていたら、まさかの流れですき焼きを食べることになり。
それを先輩たちに伝えたら天音先輩が『入部祝いしてなかったし、我らも馳せ参じよう』とお祝いムードに。
店はしゃぶしゃぶ食べ放題。
肉はタブレット端末で注文して、お米やサラダバーは並んであるのを取りに行くシステムのお店だ。
平日の16時はガランとしていて、席がかなり空いているのでドリンクバーの近い席に案内され、雨宮と剣持、向かい側にカリーナと天音、男女で分かれるように座って同じコースを注文する。
「お、じゃ一番高ぇ、牛タンにすっぞ。鍋はすき焼きな」
「ちょっ天音先輩!? さすがに高すぎますって!」
他の皆の意見も聞かず、勝手にコースを決める天音に雨宮は慌てて止めようとしたが、遅くも注文が確定してしまった。
「牛タンコース、4000円近くもするんですよっ? しかもドリンクバーまで頼んで……!」
天音の手からタブレットを奪い取り、注文履歴を見ながら雨宮は顔を青白くさせた。
所持金を確かめていないので払えるのか分からない金額だ。
慌てて財布を取り出す雨宮の哀れな姿に、天音は呆れたように手を上げた。
「まったく、何をそんなに慌ててるんだが。せっかく奢ってやろうとしているのに、ボクぁ悲しいぞぉー」
「へ……?」
「雨宮、これはお前とカリーナの入部祝いだ。金のことは気にしなくていい。今回は俺達が出そう」
「「え、ええ!?」」
声をハモらせる雨宮とカリーナ。
初耳だったからだ。
「いや、でも流石に悪いですって!」
「そうそう! 安い場所ならともかく、こんな高いのをご馳走になるのは気が引けるというか……」
「はは、それなら心配に及ばない。金なら、無駄にあるからな」
初々しい後輩二人を、剣持は微笑まそうに見ながら、穏やかな口調で言った。
そうだ、この二人プロゲーマーだった。
しかも世界で活躍している二人だ。
幾つも大会を制覇しており、スポンサー契約もしていると以前、天音から散々自慢されたことを雨宮は思い出す。
「「ご馳走になります」」
またもや声がハモる雨宮とカリーナだった。
遠慮をする理由がなくなったからだ。
「舌美味しいっ! ね、孝明くん、牛の舌美味しいよっ! レモンかけたらもっと美味しい!」
想像よりモリモリ食べるカリーナは、初めて日本に旅行しに来た外国人のような雰囲気がある。幸せそうな顔で食べている、もっと食べさせたい。
「お、カリーナちゃん大食い系女子? あんま食べると牛になっちまうぞ〜?」
「お前も、それで20皿目だぞ。豚になるぞ」
「おう、やんのか。おらっ。剣持っち、やんのか。こらっ」
カリーナをからかう天音を、剣持は冷静にツッコミを入れる。
あの小さな体に、肉は一体どこで収まっているのか謎だ。
「あと……ほら、ちゃんと口を拭け。汁と米粒で汚れてるぞ」
「両手が塞がってるナリ。代わりに拭くナリ」
天音は生肉を取る用と食べる用の箸を、片手ずつ持っている二刀流状態だった。
「まったく……」
溜息を吐きながらも、剣持は天音の口をおしぼりで拭いてあげた。
二人とも同い年なのに恋人というより、身長差のせいで親子にしか見えない。
「いいなぁ……」
二人の遠慮のない距離感を、カリーナは羨ましそうに見ながらボソッと呟いた。
なぜか雨宮をチラッと横目で見たりしている。
「孝明くん……私の口のまわり、汚れてたりしてないかな……?」
分かり易い大胆な行動に出るカリーナ。
それを隣にいる天音は察したかのようにニヤケ、意外にも空気を呼んで見守る。
剣持も雨宮に新しいおしぼりを渡そうとしたが、
「いや、別に。いつも通り、綺麗だけど?」
そう言って雨宮はウーロン茶を飲んだ。
なんて鈍感な男なのか、と先輩二名は落胆する。
しかし、彼の言葉を受けたカリーナは逆に、ものすごく嬉しそうな表情をしていた。
「き、き、き、きれ、きれい……そ、そんな、風に、思ってくれてたんだ……」
そういうことか、と納得する天音と剣持。
一方の雨宮はというと、黙り込んで俯いていた。
まるでお腹を痛めたかのように大量の汗を額から垂らして、小声でなにかブツブツ言っている。
「何言ってるんだ俺……女子に綺麗とか……最高にキモすぎるだろぉぉぉぉ(注:小声です)」
そういうことか、と納得する天音と剣持。
距離感の近い先輩二名と異なり、雨宮とカリーナはこの距離感で尊さを製造しているのだ。
なんと初々しい光景なのか、と天音はジンジャエールを一気飲みするのだった。
「しっかし、アマミーきゅん災難だったねぇ。野球部にボコボコのギッタンギッタンにされたんでしょ? 三年の間でも話題になってるよー」
1時間後。
流石に満腹になったのか今度はデザートを貪り始めた天音が、先日の暴力事件を話題にあげた。
「そこまでは、やられてないですよ。軽傷です」
「でも、血が出てた」
カリーナがムッとした表情を浮かべた。
この話題になると、被害者の雨宮よりも彼女の方が何故かムカついたような感じになる。
「あ、まあ……ちょっと擦りむいただけだよ?(ニキビが潰れたって言えない)」
「野球部のくせに暴力事件とか、馬鹿だよねー。自分だけじゃなく部活全体の連帯責任になるから、この時期で対外試合禁止になると甲子園とはおさらばじゃね?」
「うちの高校は、本大会の出場常連だからな。暴力事件を起こした子は、これからまともに高校生活を送ることはできないだろうな」
珍しく厳しい口調の剣持。
今まで努力してきた関係のない部員が、無責任な一人のせいで大会に出場できなくなることを、静かに憤っているのだろうか。
「なんの罪もない孝明くんに暴力を振るったのですから、当然の結果ですよ。因果応報です。停学だけじゃ生ぬるい……」
カリーナが久々の塩対応モードになっていた。
彼女の冷徹な眼差しを初めて目の当たりにした剣持と天音の二人は、あまりの冷たさに引いていた。
「怖いってカリーナちゃん☆」
「あ、すみません。孝明くんのことになると、我を忘れ……じゃなくっ! 相棒が傷付けられて怒るのは当然じゃないですかっ!? そうでしょレインさん!」
「なんで唐突にゲーム名で呼ぶの!?」
「動揺しすぎワロタぁ」
天音はおかしそうにニタニタと笑っていた。
時刻は19:30。
夏が近くなってきたとはいえ、この時間帯になるとやはり暗い。
女の子を一人にさせるわけにはいかないと、気をきかせた先輩たちは駅付近まで雨宮とカリーナを送り届け、そのまま解散となった。
「あー、お腹いっぱいだー」
「俺も……あんなに食べたのに一銭も出さなかったのは気が引けたけど、いつか先輩たちにお返しできるくらいの活躍をして、焼き肉を奢ってやるんだ」
「ふふ、私もそうしようかな」
駅には帰宅中のサラリーマンや、これから夜のお仕事であろう顔面偏差値高レベルの美男美女が行ったり来たりしていた。
かなり大きめの駅なので騒がしい。
「ね、栗原くんって、なんで孝明くんに暴力を振るったんだろう……?」
駅の改札口まで、あと少しの距離で唐突にカリーナが聞いてきた。
いつもの明るい声ではなく、真剣な声だった。
雨宮は、答えるか答えまいか迷ってしまい、少しの間黙り込んでしまう。
お互いの沈黙によって、久方ぶりに気まずくなってしまい慌てる雨宮だったが、カリーナの方は気にしてない様子で静かに答えを待っていた。
だけど、やっぱり。
「カリーナには関係ないことだよ」
雨宮は言えなかった。
栗原が、カリーナと仲良くしている自分に嫉妬して殴ってきた、なんて言えない。
「どうして……?」
小さくて冷たい声だった。
ほんの少し怒りが混じっているような感じがして、雨宮は唾を飲んだ。
「どうしてって……俺の問題だから」
「うん、そうだね。部外者の私が立ち入っていい問題じゃない。けど孝明くんが理不尽に暴力を振られたことが我慢できないの……」
肩にぶら下げた鞄を握る手が、震えているのが見えた。
彼女は本気で雨宮を心配して、栗原に怒っていた。
「相棒として、孝明くんを守りたい。どうして、そうなったのか知れば、なにか力になれるんじゃないかなって思って。それでもダメ……?」
先日の暴力事件は、栗原のカリーナに対する歪んだ好意によるものだ。
根本的に言えば、彼女は部外者ではない。
熊谷が撮った動画を見た教員たちも、それを知っているが彼女に知らせていない。
カリーナにも傷ついてほしくないからだ。
「うん、やっぱ知らない方がいいよ。知ったところで君にはなんの得にもならないし、ゲームならまだしも現実で守られるのはちょっと……」
雨宮は、重々しくなっていく空気を和らげる気で発言したつもりだった。
いつもの調子で、いつもの口調で言ったのだから、なんの問題もないはず。
そんな甘い考えだった。
しかし―――
「そっか、そうだよね。私と雨宮くんとは、ゲーム内では相棒だけど……現実じゃ、そうじゃなかったね」
いつも、通りの返事だった。
だけど、何かが違っていた。
怒っていないし、責めるような声でもない。
「ごめんね、関係ないのに関わろうとして……」
でも、平静を装っているのは、明らかだった。
カリーナとはゲームを通じて現実で仲良くなったのだ。
それなのに、雨宮はそれを否定するかのような言葉を、口にしてしまったのだ。
―――俺はお前の相棒であり、専属の魔法使いレイン! お前の方こそ、助けが必要ならいつでも呼び出してくれ! どんなことがあろうと、必ず駆けつけてやる!
オフ会で、そう言ったのは自分の方なのに、なんてことを……。
だけど、もう遅かった。
平静を装っていたカリーナの無表情が、決壊し始めていた。
目に涙を滲ませて、今にでも泣きそうだった。
「違っ、そんなつもりじゃ……!」
「なにも違くないでしょ? 私じゃ雨宮くんの力になれないし、相棒じゃないから……ね?」
ついに堪えきれず涙をポロポロ零してしまう。
口元に手を押さえて、声が震えていた。
カリーナは素直な子だ、だから感情を抑えるのが苦手なのだ。
それを知っていたはずなのに、彼女を泣かせてしまった。
「さようなら」
―――またね、相棒。
そう言って、カリーナは背中を向けた。
ポケットから取り出したハンカチで涙を拭きながら、改札口に向かっていく。
止めなくては、そう思った雨宮だったが、足が動かない。
自分の言葉が、彼女との間に溝を生んでしまった。
それを、さらに大きくしてしまうのでは、と恐れて足を動かせられなかった。
「カリー……」
人混みに紛れたカリーナの姿が、ついに見えなくなってしまう。
雨宮は立ち止まったまま、拳を握りしめて俯いていた。
暴力を振るわれた真相を口にしなかったのは、彼女を傷付けないためのつもりだったのに、それが逆に彼女を傷付けてしまった。
カリーナはただ、力になりたかっただけだ。
それを突き放してしまった、最低の男だ。
「……相棒……失格だよな」
後悔しても、もう遅かった。
「孝明……なに泣いているのよ?」
後ろから聞き覚えのある声がして、雨宮は振り返った。
そこには至極不機嫌そうな顔で立っている東條がいた。
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