第27話 二人の約束


 俺はカリーナが好きだ。

 同時に人として尊敬している。

 思っている事やりたい事を、素直に口にしたり行動に移せる彼女が、眩しかった。


 比べて俺は、逃げてばかりの人生だった。

 本当は、休み時間に一緒に喋ったり、弁当を食べたり、帰れる友達が欲しかったのに、怖くて出来なかった。


 どうして、そうなってしまったのか思い出せない。

 思い出せないけど、それが当たり前で、洗っても消えない悪臭のように、いつの間にか身に染みていたんだ。


 なのに家族の優しさに甘えて。

 面倒を見てくれる幼馴染に甘えて。

 一人にしてくれる教室に甘え続けていた。


 人は変わらなくちゃいけないのに、俺一人だけが変わることを恐れていた。

 変わろうとしなかったから、いつもの情けない自分のままでいたから片思いをしていた千歌にフラれてしまったのだ。

 自業自得の、ただの馬鹿な陰キャ野郎だ。


 けど、変わりたいという明確な目標ができたのは、彼女がいたから―――




『ドラゴンヘッドさんは、かけがえのないフレンドで、俺の唯一無二の相棒だ』


 丘の上で、ドラゴンヘッドさんと肩を並べて座っていた。

 ここは彼女のお気に入りの場所だ。


 思い出もいっぱいあるし、嬉しいとき悲しいときがあれば彼女は必ずここにやってくる。

 夕日がよく見えるこの丘は、俺にとっても大切な場所だ。


『でも、現実の俺はそうじゃなかった。ゲームの中のように、カリーナをちゃんとした相棒として見ることが出来ていなかった』


 心に秘めていた本音を、チャットに書き込んでいく。

 カリーナにとっての相棒とは、俺が考えている以上にもっと大きい。

 それを、今になってようやく理解することができた俺は、もう嘘をつかないと決めた。


『そ、それは私が勝手に思っていただけで……! 孝明くんは何も悪くないよ、全然。ゲームと同じような関係になりたい私が……気持ち悪いだけで』


 カリーナは、そう言って自分を貶した。

 本当にそう思っているのだろう。

 それが嫌だった。


『俺だって、出来るならカリーナとゲームの中みたいに、それ以上に仲良くなりたいと思っている。相棒と呼び合って、誰よりも仲良くしたいって思っているよ。だけど君の優しさに甘んじていたら、いつか迷惑をかけるんじゃないかって怖かったから……』


 こんな自分を受け入れるカリーナの手を握るのが怖くて、ずっと一歩後ろに下がってしまっていた。


『学校でみんなから人気があって友達が大勢いる君の傍に、俺みたいなちっぽけな奴が立っていいはずがない。喋り掛けることすら許されない存在……』


『そんなことないっ! 私は孝明くんとお喋りすることが一番好きなの! 家に帰って部屋で一人でいる時だって明日、孝明くんと何を話そうか楽しみにしてて……学校で孝明くんを見かけるたびに、嬉しかったんだよ? 全然、迷惑なんかじゃないよ!』


 彼女らしい言い方だ。

 もしかして自分のことが好きなんじゃないかって、思わせてしまう言葉。


『私は、レインさん……孝明くんに何度も助けられたんだよ!? 昔の私は、私なんかじゃなかった。周りに流されて、自分の意見を言えるような人間じゃなかった。殻にこもって、外に出るのが怖かった。だけど、ゲームの中でレインさんと出会ったから今の私があるんだよ……?』


 現実で、カリーナがどのような顔をしているのか。

 どのような感情でキーボードを打っているのかは分からない。

 だけど、悲しいことだけは伝わる。


「だから、孝明くんは自分のことをちっぽけな人間だって言わないで!」


 突然、マイクから流れ出してきた聞き覚えのある声に、驚いてしまう。

 彼女があんなにも嫌がっていたボイスチャットを、つけたのだ。


 それぐらい、伝えなきゃいけないことだって、思ってくれたのだ。

 だったら、俺も。


「ありがとう」


 ボイスチャットをつけて、感謝を告げた。

 泣きそうな声だったかもしれない。だけど、もう逃げないって決めたんだ。


「俺もカリーナに感謝しているよ。オフ会の日から仲良くしてくれて、喋りかけてくれて嬉しかった。友達って、こういうことを言うんだなって実感させてくれた。救われたのは、俺も一緒だよ」


 素直に自分の思いを口にする。

 彼女にだけ言わせるのは、フェアじゃないからだ。


「でも、やっぱりごめん。俺は、まだ自分をちゃんとした人間だとは思えない。小さな人間だって、今だって自虐的になってる。だからって、同じままでいる気はないよ。目標ができたから―――」


 俺はドラゴンヘッド《彼女》の目を真っ直ぐ見て、告げた。



「俺の目標はカリーナ……君だ」


「えっ、わ、私?」


 突然のことで、カリーナは意味が分からないような声を出した。


「俺は、まだ自分がカリーナの隣に立てる存在だと思っていない。だから、いつか君に相応しい男になれるよう、ゲームの中以上に相棒だって言える日がくるまで、頑張ってみたい」


 これが、俺の本音だ。

 カリーナを傷付けることになっても伝えたかった、偽りのない想いだ。

 ここまで自分の心の内を、家族や千歌以外に伝えたことがないので、恥ずかしくて死にそうだった。



「うっ……ぐすっ……」


 マイクから、カリーナの泣いている声が聞こえた。

 まさか、本当に泣かせてしまったのか、そう思いながら慌てて謝ろうとしたが。


「……わ……た……わがったよ……孝明ぐんっ……」


「か、カリーナ?」


「私も……手伝うからっ……孝明くんが満足するまで……私いっぱい手伝うからねっ……!」


 だけど、彼女は怒っていなかった。

 むしろ俺の目標を肯定してくれたようで、安心して息を吐く。

 泣かせてしまったので、罪悪感が半端ないけど。


 俺はエモーションから、拳を突き出すポーズを選択する。

 拳を、ドラゴンヘッドに突き出した。


「これからも、よろしく頼むよ。相棒」


 操作している自分のアバター、レインらしい口調で言ってみせた。

 現実での俺はカリーナを相棒だって胸を張って言えるほどの人間じゃない。

 でも、ゲーム内の俺とドラゴンヘッドは固い絆で結ばれた、正真正銘の相棒だ。


「うんっ……頑張れ、相棒」


 カリーナも同じポーズをして、拳を重ねてくれた。








 アラームが鳴る前に起きて、朝の運動に出かける。

 夏が近くなってきたので熱くて熱中症になりかけた。

 だけど、ジョギングの目標距離を終わらせてからじゃないと帰れないというルールを定めていた俺は死物狂いで、最後まで走ってみせた。


 ヘトヘトになり家に帰宅、シャワーを浴びてから朝ご飯を作る。

 最近、手際が良くなってきたおかげで卵を焦がさずに焼けるようになっていた。


「うわー、すごいねお兄ちゃん」


 杏奈に褒められたことで、ヘトヘトだった心と体が元気を取り戻す。

 次はベーコンを焦がさないように頑張ろう。


 朝食を終えると各々登校を始めて、俺はいつもの道を歩いていた。

 熱くて汗をかいてしまうが、制汗剤で体を冷やしたり、ハンカチでなんとか対処する。

 学校で臭いって言われたくないしね。


「おはよ」


「あ、おはよう」


 道の先で歩いていた同じ学校の制服を着た女子が振り返ってきて、挨拶をしてきた。

 幼馴染の東條千歌だ。


 挨拶を終えると、何事もなく千歌は速歩きで、先に行ってしまう。

 相談に乗ってもらってから一ヶ月、彼女との気まずさは無くなったが、気安く会話をするほど仲直りしたわけじゃない。


 俺の方は、別にいつも通りに接してくれればと願っているけど、千歌の方は頑固なので、彼女との溝はまだ当分、埋まりそうになかった。




 学校に到着すると、陽キャグループにいる熊谷くんが手を振ってきた。

 俺も返すように振ったのだが、熊谷くんの視線が俺ではなく後ろにいる誰かに向けられていることに気付き、すぐに下ろす。


 案の定、俺の後ろを歩いていた陽キャの同じクラスメイトが「おはよー」と言いながら俺を追い越して陽キャグループの元に行く。


 そんな俺の勘違いに気付いていたのか、熊谷くんが口元に手を当てながらニヤニヤ笑っていた。




 下駄箱に靴を入れて上履きに履き替える。

 一年半使っている上履きなので至る所が汚れている。今日、持って帰って洗おう。


 無意識に身だしなみに気を遣うようになり、制服のシワや糸のほつれ、鏡があると癖毛がないのか気になるようになっていた。


 最近、熊谷くんから勧められたワックスを使うようになったので尚更、髪の毛が気になるこの頃だ。




「おっはよー孝明くん!」


「わっぷ!?」


 突然、背中を押されて、だらしない声を出してしまう。振り返ると、そこには銀髪の美少女が立っていた。


 永瀬カリーナ。

またの名はカリーナ・スノーヴィルヴナ・レベジェフ。

 普段は塩対応で冷たい口調だけど、興味のあるものにはとことん積極的で、健気で可愛い女の子である。


「おはようカリーナ、後ろからの攻撃はやめて……」


「これは攻撃じゃなくて、相棒に対する特別な挨拶なのですっ。ところでアルカディアファンタジーの公式が投稿した新しい情報見た!? また新しいフィールドを増やすんだって! しかも、あのキャラが……」


「ネタバレ、なし」


「あたっ」


 まだ見てないので、カリーナの額を優しく小突く。

 前までの俺なら絶対にしないであろう接し方だ。


 俺とカリーナの関係は、前よりも遠慮がなくなって、ちょっぴり距離が近くなっていた。

 こちら側から歩み寄ることが多くなったからだ。


 周りの生徒からは、やはり羨ましそうな視線を向けられるが、いつもの事なので気にならなくなっていた。



「あ、それで今日はどう?」


「……ん? どう、って何が?」


「とぼけないでよ。ちゃんと私の相棒になれるぐらい相応しい男になれたかってこと」


「んー、まだかもしれない。ていうか早過ぎるって」


「ええ、まだ? もうっ、意気地無しなんだから……」


 このやり取りも、毎日のようにやっている。


 それくらいカリーナは待ち切れないと言わんばかりの様子だ。

 俺も、できるなら早く、彼女と並んでも恥ずかしくない男に成長したい。


「ご、ごめんって」


「放課後、一緒に喫茶店ヴィドラに行ってくれたら許す」


「えっ、またあそこに……」


 ドラゴンヘッドの正体がカリーナだとは知らずに、オフ会を開いた喫茶店だ。

 かなりお洒落な場所なので、俺が行くのは流石に場違い過ぎる。


「あそこって女性やカップルしか行かないような店でしょ? デートをしている学生カップルだって勘違いされたら、どうするんだよ?」


「別に、いいじゃん。むしろ孝明くんとなら勘違いされた方が、嬉しいし……」


「え、嬉しい……?」


 赤面した顔で、ボソッと言ったカリーナに胸がドキッとするが。


「何でもない! 何でもないから行くったら行く! ほら、約束ね」


「強引だな……」


 気のせいだったみたいなので、心を切り替える。

 意識させるような発言を唐突にするので、心がもたない。

 だからと言って、辞めてほしいとは言わないけど……。


「……約束」


「嘘ついたら孝明くんの家で、ボス周回の刑だからね?」


 そう言って、俺とカリーナは小指を重ねて、指切りげんまんをした。


 喫茶店に行くのは恥ずかしいけど、だからといって彼女との約束を破る気はない。

 愛おしくて堪らない、太陽のように眩しい笑顔を浮かべる彼女を、二度と傷付けないように――――








 昇降口の1年の下駄箱に隠れて、二人を羨ましそうに眺めている眼鏡をかけた小柄な女子生徒がいた。


「……雨宮先輩」


 彼女は、誰にも聞こえないぐらいの小さな声でポツリと呟いた。





        ――第1部 完――








 あとがき。


 第1部最終話まで読んでいただき、ありがとうこざいました。

 ここで一旦、終了になりますが、まだまだ物語は続きます。

 まだ掘り下げていないキャラが大勢いるので、卒業編まで書き続けていく予定です。

 雨宮とカリーナの成長はまだこれからなので、最後まで温かく見届けていただけたら嬉しいです!


 次の更新は、年内を予定しております。

 なるべく早めに再開をしたいので『幼馴染に告白したらフラれたので、気晴らしにゲームのオフ会を開いたら、長年のフレンドが実は物静かで可愛いクラス1位の銀髪美少女でした』をこれからも宜しくお願い致しますね!


 別作品で「最も嫌われている最凶の悪役に転生」のコミカライズ1巻目が絶賛発売中ですので、よろしければこちらも宜しくお願いします。

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