第5話: かつていた場所
ギルドリーダーはこの辺りでは有名な、シャクナゲという女性だった。
彼女が13歳の時、一人で竜の首を落としたという伝説があり、その伝説は彼女の人間性を崩した。
「さっさと動けやこの無能が…!!ちんたらやってんじゃねぇぞ!!」
いざという時が起きた時のために、私がいるのだと。
ただし、そうでもないところで顔を出せば、ギルドメンバーは成長できないという理由で、いつも指示を出しはするものの、彼女は全く動こうとしない。
まるで女王様のように。そのくせ、いつも仕事が遅いと私たちに愚痴をぶつけてくる。
せっかく有名ギルドに入れたのに、これではただのブラックな職場だ。
金獅子のギルドランクは最高ランクの一つ手前のB。
その高ランクのギルドに入れたと喜んだ昔の自分が、その時ばかりはとても恨めしく思えた。
そんな絶望的な状況で出会ったのが、カースだった。
彼もまた、有名ギルドに入れたことに、誇りを持って入隊したはいいものの、予想していたものと違い、毎日を苦痛に過ごしていた。
次第に私たちは仲良くなり、いつか自分たちのギルドを作って新しく始めようという計画も立て始めた。
「新ギルドを作るには最低でも二人メンバーがいることが条件になる。
そこは俺とお前とで人数は足りる。あとは…あれだな。
新人冒険者やなんらかの理由で今はギルドに所属していない人をかき集めて色んな依頼をクリアしないといけないからな……。
けどそうは言ってもいっぺんにそんな数は雇えねぇし……
どのポジションの人が欲しいかだな」
「私的には前衛を増やして欲しいかな。
後衛はまぁ私が味方の回復ならするし。
後衛のメンバーが一人増えたとして、あなたじゃ無理があるわ」
私たちは着々と準備を進めていった。
このまま順調にことが進んでくれればよかったのだが、そうは行かせてもらえなかった。
金獅子に入ったメンバーは、戦いの中で戦死するか、定年まで働かされ、退職するかの二択しかなかったのだ。
入るのは簡単な有名ギルド。
飛びついて入る人が多いのは目に見えていて、けれどギルドを抜けることは決して許されない。
何人か抗議をして、ギルドを抜けようという人が出たこともあったが、そういったときには、シャクナゲが直接出てきて、力で押さえつける。
大体の場合、シャクナゲがレイピアを抜いた時点で、これまで威勢の良かった抗議をしていた人たちが、一瞬で戦う前から結果はわかっているかのようにしゅんとしょげてしまう。
それでもこの場を立ち去りたいと言う人には、レイピアをふるい、痛めつけ、その意思を挫くのだった。
そこからは一方的な攻め立てだ。
「あなたはなぜ逃げるの?」
「自分から逃げないで」
「私についていけば全てうまくいくから」
「私の元を離れていかないで」
その一方的な言い回しに、みんな抗議することを諦めてしまう。
そうなったらまた、金獅子のメンバーとしてこき使われるのだった。
その上、ギルドから抜けるという話を受けた日は決まってシャクナゲの機嫌が悪くなる。
今では、どんなに不平不満が溜まっていても、シャクナゲの前では、その態度を見せず、シャクナゲの機嫌を損ねないようにするという、暗黙のルールが成り立っていた。
けれどある日、そのルールが、私たちの手によって壊された。
どこから漏れ出たのか、私とカースが自立して、新しいギルドを作ろうとしていることが、シャクナゲの耳に届いたのだった。
◆◆◆◆
私たちはすぐに呼び出され、彼女のいる部屋へと入った。
その部屋に入ると、まず初めに感じたのは、異臭だった。
血生臭く、その場所で、何人もの人が金獅子を抜けようとして、その度に、シャクナゲがレイピアを振るったことが一目でわかるようだった。
「あなたたちがここに呼ばれた理由。わかっていますよね?」
その頃にはもう、私は青ざめていて、ろくに喋ることのできる状態ではなかった。
代わりにと、カースがその問いに答える。
「俺たちが、新しいギルドを作るって噂だろ?リーダー。
俺たちに疑いというだけで暴力を振るったりはしませんよね?
ほら、疑わしきは罰せずとも言いますし」
カースもこの状況をよく思っていないようで、早急にこの場を離れることを希望している。
私も、できればそうしたいので、余計な口は出さずに黙っておく。
「あなたたちにそのことを悟らせないように工夫したつもりでしたが、やはり情報というものは、どこからか漏れていくものですね」
そういうと、彼女は近くにいたギルドメンバーに茶を持ってくるように指示を出した。
「それで、私はまどろっこしいことが嫌いなので、単刀直入に言います。
あなたがたは、その噂通り、自分たちで自立をして、新ギルドを作ろうとしているのですか?」
シャクナゲはまだ、気分がいいように見える。
できればこの状態でずっといてもらいたいが、私たちがしようとしている内容が事実だったと疑問から確信に変化した途端、厳しい叱責を受けるのは確実だった。
「俺は……」
やっとのことで、カースが答えようとすると、それを遮るように、シャクナゲが手をあげた。
「言っておくけど、私は嘘が大嫌いなの。
もし嘘をつかれていたと知ったら、あなた方をこの美しいレイピアで刺し殺してしまうかもしれない。
私としては、この部屋に新たな色が追加されるのは嬉しいことなんだけど、乾くまでの時間が結構かかるのが難点なのよね。
乾いてないと靴の裏とかにベッタリとついてしまうから」
嘘をついたらわかっているのだろうな、との脅迫じみた彼女の言葉に、私は咄嗟に本当のことを口にしてしまった。
「えぇ、紛れもない事実です。
私たち二人で新しいギルドを作ろうという話になっていました。
それも、リーダーにバレなければなお良い。そう考えていました」
私の言葉に、カースは驚き、慌てて私の口をふさごうとするが、もう遅い。
「ほう、事実だと認めるとな。潔くていいことだ」
事実だとわかった途端、襲いかかってくるものかと思っていただけに、彼女が先ほどと全く変わらぬ口調で話すのを見て、私は疑問を覚えた。
「ただ、それが事実なのなら、話は変わってくるな」
訂正しよう。彼女は何も変わっていなかった。
むしろ、事実だったことを知り、そこそこ、いやかなり激情しているようだった。
「どうせあなたたちも私のやり方が不満だからなんでしょう?
そうやって私を責めて、最後には…この場所に入った時点で大体察してくれてるわよね。
なら最後まで言わないわ。とにかく、私は反対です」
キッパリと言い切るシャクナゲに、私はつい、聞き返してしまった。
「すみません。あなたはなぜ、そこまでメンバーの自立に反対をするのでしょうか?何か理由がおありで?」
元から、おかしいと思っていた。
どんどん人は集めるくせに、ギルドリーダー本人は、ほとんど狩に出ることはない。そこで私はある一つの結論に至った。
彼女は、シャクナゲは、自分だけ楽して、金を稼ごうとしているのだと。
全く働かずに金が貯まるのなら、どれだけいいだろうという考えは、人が一度は考えたことのある内容だろう。
ただしそれは、実現は限りなく無に近い願望だとわかった途端、他の考え方、つまり真っ当に働いてその分のお収入を得るという一般的な結論に至る。
けれどシャクナゲはその結論に至るより前に、ギルドを作り、自分の思うように動いてくれるギルドメンバーに対し、自分が働かなくてもいいのではないかという間違った結論に至った。
その間違った結論を実現するために、最初の頃は奮発したのであろう。
何せ、ギルドランクによって、雇えるギルドメンバーの数が決まっているからだ。
次第にギルドランクが上がってくると、上限が緩和される。
ギルドランクCにまでなれば、上限は50にまで膨れ上がる。
そうなってくれば、一人欠けたからといって、狩に支障をきたすこともない。
自分で働かずして、働く人材を手に入れた彼女は次に、このことが外部に漏れ出ることを恐れた。
この行為は決して許されてはならないと自覚し始めたのだ。
働かせるだけ働かせて、その利益だけを手に入れるこのやり方は、奴隷と主君の関係になっていると。
もしくは、自分ではそのことに気付けず、誰かから指摘されたのかもしれない。
そこで彼女は、なんとかそのことを隠し通すために、ギルドから抜けようとする人を拒み、ずっと働かせ続けた。
どうしても抜けようとする人が出てきた時には、竜の首を落としたという剣捌きでねじ伏せ、それでも相手が曲げない場合は、この場で、この部屋で人にレイピアを振るったのだろう。
そう言わせるだけの血の量が、この場にはこびり付いていた。
「あなたたちの身を守るため」
彼女は、目を閉じて、静かにつぶやいた。
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