第29話: 最後の希望

「舞宵‼︎お願いっ‼︎」

『承知した』


 短い会話を交わし、私は舞宵に意識を移す。


 普段なら怖いと感じてしまう意識の交換だが、この時ばかりは、それが最善手だということを私は理解していた。


 舞宵は、私が意識を渡す前に考えていたことをすでにお見通しだろう。


 アゲラーが危険だ。彼女の助けに行かなければ。


 本当は私が行ったほうが良かったのかもしれないけど、今彼らを止めることは私にはできないと直感し、彼を呼び出した。


 あとは舞宵が、アゲラーを助けてくれる。そう直感し、私は舞宵に意識を譲った。


「さて。久しぶりの感覚だ。我も茜の要望に応えなくてはな……と言っても、早急に終わらせねばいけないようだ。あぁ残念」


 我は、我を構え、一直線に敵の胸へと吸い込ませる。


 確か、ジュッテントンと呼ばれておったか。まあ、そんなことは関係ない。今の一撃で、確実に命をたったことだろう。


 逃げたもう一人の男は、見失ってしまった。申し訳ないが、我にできる限りのことはした。


 あまり時間がないようだ。たまには素直に体を譲ってやるか。



♦︎♦︎♦︎♦︎



「あれ?もう戻ってきた?ってことは、もうなんとかしてくれたの?」


 予想以上に早い意識の帰還に、私は驚きを覚える。それと同時に、舞宵に意識を渡した理由であるアゲラーがどこにいるのかを探す。


「クーナ‼︎」


 私は、どこか遠くに手を向ける彼女を見つける。


 私は飛ぶように走った。おそらく一秒にも満たない短い時間。


 彼女の手はだらりと垂れ下がり始めた時、私は彼女の元についた。そして、彼女の手が地面につく前に捕まえた。


「アゲラー……アゲラー‼︎」


 私は彼女の名前を叫ぶ。


「クーナ。きてくれたんや。ありがとう」


 力なく微笑む彼女は、もう先が少ないことを物語っていた。


「いいえ。なんてことはないのよ。だって、あなたのためだもの。

私は、あなたのためなら、どんなところにも駆けつけるわ」


 私は、アゲラーのためなら、たとえ戦火の中であっても駆けつけるだろう。


「じゃあ、私からのお願い。聞いてくれる?」


 私は無言で頷いた。


「まず一つ目。うちはもう長くないわ。だから、もううちを追うことはしなくていいわ。

クーナまで死んでしまったら、この攻防戦はうちらの負けになっちゃう。

クーナだけでも生きててくれたら、この下剋上は失敗や。ただし、逃げるんやないよ。逃げちゃあかん」


「うん…うん」


 私は、アゲラーの言葉をただ頷いて聞いていた。


「二つ目。あなたの、本当の名前を教えて。クーナ。

シャクナゲっていうのは、偽名なんやろ?

どんな理由があってそうなったのかを語っている時間はなさそうだから、せめて、うちに本当の名前を教えてちょうだい」


 私は泣きながら驚いた。同時に、彼女が気づいていてくれてよかったとも思った。

彼女には、言っていなかったものの、ずっと同じ時を過ごせば、私が何かを隠していることを、彼女なら見つけ出してくれると思っていた。


「諫早……諫早、茜。それが、私の本当の名よ。今まで黙っててごめんなさい」


 アゲラーは、私の頬をそっと撫でると、


「あかねって言うんやね。いい名前ね。

今後、その名前で自分を語れるようになれるといいわね。

最後にうちから言わせて。私は……あなたを………」


 アゲラーの言葉は、最後は聞き取ることができなかった。はっとして彼女を見ると、アゲラーはぐったりとして眠っていた。そして、だんだんと呼吸が浅くなっていくのがわかる。


「いやぁぁぁぁ‼︎‼︎」


 私は、周りのことなど関係なく叫んだ。その瞬間、周りの空気が凍りつくのがひしひしと感じ取れる。


 それでも私は、叫び、そして泣き続けた。


「だめっ…アゲラー……お願いっ。戻ってきて‼︎」


 必死な訴えは虚空へと消えていく。


 今置かれている状況は、相手にとって有利なはずなのに、私を襲ってこない。


 この状態でも、私が抵抗をして、その結果、彼らの命が失われるとでも思っているのだろうか。


 沈黙の間を破ったのは、二つの足音だった。


 どうやら、ここからしばらく離れた場所で、何か言い合っているらしい。


 ただ、その内容までは聞こえない。いや、耳が周りの音を木行くことを拒んでいるのだ。


 耳だけでなく、周囲に漂う血の匂いや、まだ暖かいはずのアゲラーの温もり。


 唯一残っているのは、私の視覚。この目は、いまだに光を宿している。


 ただ、その光も、だんだんとぼやけ始め、冷たい暗闇の水の中へと沈んでいった。


 この感覚は、舞宵に意識を渡す時に起こるような現象であるようで、そうではないものだった。


 舞宵なら、もっと暖かい水の中に私を沈めるだろう。あのレイピアは、なんだかんだ言って私を守るために力を使ってくれていた。


「秀一郎?ヒヤシキス?アゲラー……?」


 真っ暗になった視界の中、私はポツリと一緒に戦っている仲間たちを呼ぶ。


 ただ、声が出たという感覚がない。喉が震えない。自分の声が頭に響いてこない。


 怖い。誰もいないこの空間が怖い。


 もうこれ以上仲間を失うのが怖い。


 いや、アゲラーはまだ助かる。私はそう信じる。

 きっとムレナなら。ムレナなら、アゲラーを治療できる。


 私はこの場所から、出なければならない。


 早くこの暗い水の中から、抜け出さなければ。


 私は、泳ぐようにその暗闇の中を手で漕いだ。


 浮上感などはなかったが、確実に現実へと戻っていくのを感じ、私は繰り返す。


 あと少し……あと少しでこの闇から抜け出せる。


 私はいつまで、そうして漕ぎ続けていただろう。


 確かな感覚はあるけれど、なかなかその上へ行けない。


 そして、その時は来た。


「抜けたっ!!」


 不意に視界が開け、目の前には、アゲラーが眠っていた。


「……っ‼︎ムレナ‼︎」


 私は、アゲラーを抱えた状態で、屋敷の中にいるムレナの元へと向かう。


「追え‼︎逃すな‼︎」


 どこかから、そんな声が聞こえてきたが、今はそれに構っていられる暇はない。


 私は振りかぶられる様々な剣を紙一重で交わしながら、ムレナの元へ向かった。


 時折、ヒヤシキスや仲間たちが、私に向かってくる敵と応戦をしてくれた。


「みんな、ありがとう」


 私はその戦乱の中を一直線に走っていく。

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刀の意志 EVI @hi7yo8ri

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