第28話: アゲラーの戦い
こうして始まった、「金獅子」での生活。
そこそこのモンスターを狩りながら、時々新しい人が入り、またモンスターを狩る日々。
シャクナゲは、私が精霊使いであることを、誰にも話さず、隠してくれた。
そしてよくシャクナゲの自室に行っては、二人で楽しく話すということを欠かさなかった。
彼女は、ギルドから抜けていく人を引き止めてしまう癖があった。
そしてその時には必ずと言っていいほど、“舞宵”というレイピアを手にした。
そのレイピアを手にすると彼女は変わってしまう。いつものお茶目で可愛いものから、残忍でかつ残酷なものへと。
彼女にはその時の記憶がないのだという。
「私は、ある意味では、二つの意思を持っているの。こうして普段話している姿と、そうでないもう一つの姿。
時々わけわかんないこと言うかもしれないけど、そんな時は笑ってくれていいからね」
私にはその内容の意味がよく理解できなかったけれど、大事なことのようなので覚えておくことにした。
そして時間は今に至る。
私は彼女と二人でモンスター討伐に行く時以来の精霊を呼び出した。
私のナイフを包み込むようにして現れた精霊は、風の精霊だ。
風の精霊は、周囲の砂を吹き飛ばし、視界が開けた。
「嘘だろっ……!!」
ジュッテントンの驚いた声が響く。
私はその声のした方向に対し、投げナイフを投げる。満身創痍なのだから、必ず当たるだろうと予想をつけていたが、いつまで経っても肉体に刺さる音は聞こえなかった。
疑問に思い、振り返ると、私の投げたナイフを二本の指で挟み込んだジュッテントンの姿があった。
「なっ……!!」
見れば、ジュッテントンの服には血こそついているものの、傷口は塞がっており、動きは私がジュッテントンに向かって走って行った時と同じように思えた。
「アコニタム…!!あんたなのね!!」
ジュッテントンのさらに後ろ。10メートルほど離れた場所に、アコニタムがいた。
アコニタムが持っている杖には、すでに魔力が込められいている。
そして、それを知覚した瞬間、足元に向けて魔法が放たれた。
地面に向けて放たれた魔法は、濃い土煙となり視界を遮る。
おそらく、土煙はジュッテントンに回復魔法をかけるための時間稼ぎ。そして私が土煙に塗れている間に、あわよくば攻撃まで考えていたのであろう。
ただその計画は、私が精霊を使ったため、途中で終わってしまうことになったのだが……
ただ、ジュッテントンに回復されたのは、私の精神面にも来るところがあった。
単純な体力では優っていたが、そこにアコニタムの魔法が加わってしまったら、私は体力が尽きてしまうだろう。
選択肢は二つにひとつ。
一つは、アコニタムを先に倒すと言う選択。ただしこの欠点として、邪魔をしてくるジュッテントンをどう処理するかと言う問題が残る。
よって私は、もう一つの選択に出る。
「一気に決めるわ。ジュッテントン‼︎」
それは、逃れられようもない、回復が間に合わないくらいの攻撃を、ジュッテントンに浴びせることだった。
ジュッテントンとの距離は、少し遠いが、関係ない。
私は、ナイフを投げる。風の精霊によって、威力を倍増されたナイフは、ジュッテントンが逃げ出す前に到達する。
ぐさっ‼︎と言う鈍い音を立てて、ナイフは腹の肉を抉る。
「ぐはっ…ちくしょう!! てめぇこのアマ!! やってくれたなぁ⁉︎」
腹部に刺さったナイフを抜き、私に向けて投げてくる。
しかし、あまりにも遅すぎる。私には、投げられたナイフの、傷や模様まで見えるようだった。
私はそれを難なく躱わすと、ジュッテントンとの距離を詰める。
「ちくしょう、この化け物がっ‼︎」
「なんとでも言っててちょうだい。ウチは、これから死んでまう人に、興味はないの。だから、黙ってさようならしてちょうだい」
「そんな簡単にくたばってたまるかよっ‼︎」
「いいえ。あんたはここでしまいや」
私は、左手で柄を持ち、右手で柄頭を押さえるようにして、一本の短剣を持った。そしてそれを、ジュッテントンの胸めがけて突きつける。
「させるかよっ!!」
あと少し、と言うところで、アコニタムの邪魔が入る。
彼の風の魔法は強力で、咄嗟に刺そうとしていた短剣で防御を取る。
「残念ね。せめてもう少し静かに打てたら、私を傷つけられたかもしれんのに」
防御するために構えた短剣は、ボロボロと壊れてしまったものの、体にはどこにも、傷はなかった。
一つの短剣で済んだのなら、まぁいい方だろうと見切りをつけ、私は次の探検を腰から出そうとしたその時……!!
「へっ!!目の前でよそ見するたぁ随分とでけぇ余裕だな」
「しまっ……!!」
アコニタムの魔法の防御をとったことで、近くにジュッテントンがいるということが、完全に頭の中から消し去られていた。
そのため、息を殺したようにしていたジュッテントンに気づくことができなかったのだ。
「——っ‼︎」
ジュッテントンの放った短剣が、私の脇腹をなぞる。
「あら、このくらいで勝った気でいるのかしら?」
心臓や脇腹を一突きされるのを覚悟していただけに、あまりにもあっけなさすぎた。
「ふん。そんな余裕こいてられるのも今のうちだぜ。お前にはもう、死ぬ未来しか残ってないんだからな!!」
何を言っているんだこの男は。たかだかこの程度の傷で、私がくたばるわけがないだろう。
「何を寝ぼけたことを……っ!?!?」
私が呆れ、ジュッテントンを蹴飛ばそうと、足を上げた時だった。
不意に視界がぶれ、地面に転んでしまう。
「何が……?」
私の身に、何が起きたのか。驚きに、私は目を見張る。
「さっきまでの威勢はどこ行ったんだ?あぁ?随分と惨めだなぁ」
私は逆に、ジュッテントンに蹴られる。
「ほら、ほら‼︎やり返してみろや、おい」
まるで私の体じゃないみたい。
体が思うように動かない。
蹴られている痛みはあるが、どこか遠いもののように思える。私が蹴られているのを、もう一人の私がそばで見ているみたいに、私は蹴られることに抵抗することをしなかった。
ただ蹴られているだけでは腹が立った。
なので、痺れの取れない右手を懸命に動かし、懐のナイフを取り出す。
「まだ動けたか。だが、力も入らないその体で何ができる」
ジュッテントンの呆れた声が聞こえたが、私は構わず彼の足目掛けてナイフを突き立てる。
「ってえなおい‼︎ 毒も仕込んでねぇ武器で、そんなことしても無駄だっての」
私は、毒を盛られたのか。
やっと、私が置かれた状況が理解できた。
毒。言葉にしてみればたった二文字の言葉なのに、私を死の道へと追いやる強力なもの。
思えば、ジュッテントンはよくアコニタムと一緒に、モンスター討伐のための毒を調合していた。
強力なモンスターは、その体力も多く、相手の動きを鈍くさせ、その隙に攻撃をする。
その点において、二人はとても優れていた。
その毒を、今度は、私に……
「ジュッテントン。もうそこらへんでいいだろう。
予想以上に仲間の消費が激しい。駿平はガキ一人に手間取っているようだ。こいつは放っておいても死ぬ。
だから俺たちは、予定通り、シャクナゲを抑えよう」
アコニタムの声が聞こえる。シャクナゲを助けなくちゃ。
私が、あの子を守って上げなくちゃ。このままだと、彼女にこの危険な人物たちを、ぶつけてしまうことになる。それだけは絶対に避けなければならない。
「シャ…ク……ナゲ………」
私は空に手を伸ばす。誰にも気づかれないことを知っていながら。
私はこのまま命を終えるのだろう。そう思いながら……
「っ!?!?!?」
いきなり、土煙が舞ったと思ったら、ジュッテントンが後方へと吹き飛ばされた。
私は目を凝らし、土煙の向こうに立っている一人の女性に目を向ける。
「クーナ‼︎」
私は今ある力を振り絞って叫んだ。
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