第8話: 特訓
「さて、シャクナゲに会うまでの間、俺が直々に指導してやろう」
シャクナゲに合わせるための最後の条件。
それは、彼女に会うまで、腕を上げ、彼女に認めさせると言うものだった。
彼女に立派にやってますと言うことを証明する目的があるらしい。
そんな証明のために使われることに不満を覚えたが、強くなれるのなら、こちらとしてもありがたいことなので、おれは黙ってカースの指導を受けに、適当な野原にいる……のだが。
「オラオラこんな攻撃も受け切れんのかぁ? こんなんじゃギルドはやっていけないぜぇ!!」
人が変わったように拳に、おれの模擬戦用の刀が震えている。
このままでは押され負けると分かっていても、打ち返すことはできなかった。
「——っ!!」
一度だけ隙を見てカースに斬りかかったが、それも難なく躱された。
おれは汗だくになりながらも、カースの拳に耐え続けていると、やはり体力的な限界が訪れる。
「おらよっと!!」
カースの拳がおれの顔面へと入ってきた。刀を弾かれた後だったのと、打たれ続けて手が痺れてきてしまったせいで、その拳をモロに喰らってしまった。
おれはなす術なく後方へと吹っ飛んだ。
「っし!勝負ありだな!!」
吹っ飛ばしたのおれ元へ駆け寄ると、カースは「立て」と言っておれの手を掴んできた。
おれはありがたくその腕に体重をかけ、起き上がる。
「ちょっとは手加減してくれよ。歳の差ってもんがあるだろうが」
特訓とはいえ、容赦のない猛攻におれはぐちぐちと不満をカースにぶつけるが、さらっと躱されてしまった。
「そんなカリッカリすんなって。
いっぺん俺の力を見せとこうと思っただけさ。
ただ、ここまで長引くったぁ意外だったな。
もっと早くに終わらせるつもりだったのによ」
一応は実力を認められたと言うことなのだろうか。
悪態をつこうかと思ったが、いい表現が見つからず、おれは黙ってしまう。
この無言の時間をなんとか紛らわせようと、口を開いた時だった。
おれの影に、一つの影が重なった。
驚いてその影の主を見ると、そこには臨戦体制になったカースが、一体のモンスターを睨みつけていた。
「秀一郎…剣を構えろ。向かってくるぞ」
声の調子を低くしたカースの声に、反射的に青葉丸を手に取る。
「悪魔だ…」
おれは気づくと、そんなそんなことを口にしていた。
まずおれはビルゲス以外の魔物との戦闘経験が極端に少ない。
だからこそ、この姿にビビってしまった。
全身からは腐っているような匂いが漂ってくる。
見た感じ皮膚も硬そうで、下手な太刀筋では刀がすぐに刃こぼれしてしまいそうだ。
そして、そのモンスターの最大の特徴はその角だった。
角は、頭の根本から刺さっており、とても鋭利な槍のように見えた。
この槍で突かれたら、今のおれの装備では、簡単に貫通されかねないほどに。
「あいつはユウエイ。あの角には気をつけろよ。
俺でさえあいつの角には恐怖するほどだ。
本来ならもっと山のほうにいるモンスターだが、ごくたまに、餌を求めに降りてくる。
初心者はこいつと遭遇したら逃げようとするが、あいつは何せ足が速い。
その足とその角でぐさっとやっちまうのよ。
そうして突き刺した部分から血を吸う。そう言う奴らさ。
初心者がモンスターと戦って死ぬうちの実に35%もの割合を占めている。
その上、こいつのドロップアイテムにはほとんど使い道がない。
血を吸っているだけあって、くさい肉しか出ないし、その上腐ってやがる。
初心者でなくても、こいつを倒すメリットがない。
けれど狩らなきゃ自分の命が狩られる。
会いたくないモンスターランキングだと相当の上位になるぞ」
そんな説明を受けているうちに、ユウエイというモンスターはおれたちの方へと襲いかかってきた。
『わたしを頼って』
どこからか女性の声らしきものが頭の中へと響いてきた。
うるさい。今はそれどころじゃないんだ。
一瞬のうちに、ユウエイに集中力が戻る。
『わたしを頼って。わたしを使って』
またこの声が聞こえた。
なんなんだ? わたしを使え?
あんたはどこにいるんだ? あんたはなんなんだよ。
訳のわからない声におれは困惑する。
「おい! なに突っ立てんだ!! 死にてえのか!!」
おれが謎の声に意識を取られていると、突然突き飛ばされた。
突き飛ばされ反射で受け身を取ったおれは、2本の角の間に拳を突き立ててるカースの姿を見た。
「カース!!!!!」
咄嗟に叫ぶが、彼は余裕のなさそうな声で「へへっ」と笑っただけだった。
どうすればいいんだ。どうすればカースを助けられる…何か踏み出そうとしたその時だった。
『わたしを使って。わたしはあなたのそばにいる。あの人に造られてからずっと…』
ずっとおれのそばに? あの人? あの人とは一体……
ただし考えている余裕などなかった。すぐ目の前ではカースが戦っているのだ。
ここを助けずして、おれはなんのためにこのギルドに入ったのだろう。
金を効率的に稼ぐためか?確かにそれもあっただろう。
ただし、それだけではないはずだ。
カースやトレランスと出会い、彼女たちの過去を聞いた時から、おれの心は決まっていた。
——この人たちについていきたい——
と。今ここで突っ立っていては、いずれカースの体力が尽きてしまう。
そうなる前に、どうにかして、ユウエイを倒さねばならない、ただし、闇雲に斬りかかっても、返り討ちにされてしまうだけだ。どうすれば……
『わたしの名前はあなたがつけてくれた。
青葉丸。それが、わたしの名前。
さぁ、叫んで。わたしの名前を。
そして重ねて。わたしの声を』
おれは即座に、愛刀「青葉丸」を握り直した。
今の声は、今までの声はそこから聞こえてきたに違いない。
「行くぞ青葉丸!!!」
おれは愛刀を手に、ユウエイに向かって走った。
それに気がついたカースは「逃げろ!お前だけでも!!!」と言っていたが、それでもおれは止まらない。
『「玄冥月夜!!」』
青葉丸と共に叫ぶ技の名はこの剣筋にとてもふさわしく、月明かりのように青白く光っていた。
そして、振り下ろした剣先に、バリバリと、ユウエイの硬い鱗を壊していく。
あっという間に刀がユウエイの体よりも下にたどり着いた。
そして、残ったのは、カースとおれ、そして、首を切られたユウエイだけとなった。
「助かったよ秀一郎。お前がいなきゃ俺は死んでた。さっきの、かっこよかったぜ」
カースに褒めてもらえたことが、おれはこの上なく嬉しかった。
その感慨に浸っていると、ボフっという音と共に、ユウエイの体が消滅し、あたりにとてつもない異臭が放たれる。
「くっせぇ!おいカース。これ持ち替えんのか?」
おれは咄嗟に鼻を塞ぐが、カースは臭いなんてものは感じないとでもいうように、素手で掴み、袋の中に詰め込んだ。
「こいつは家に帰ってから燃やすのさ。こいつの唯一の使い道。
燃やす燃料にすることだ」
きっちりと袋の口を閉めたあと、「やっぱくせぇ」とカースが言って鼻を摘んだことで、その場には和やかな空気が広がった。
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