第2話: 冒険の心得

 この世界には、人間と、人間が狩る対象である、魔物(モンスター)と呼ばれる生き物たちがいる。

 モンスターと分類される生き物の中でも、比較的安全で、飼育できるものもいるが、特定のことをすると怒り狂い、その場に甚大な被害を出すこともある。

 これらのモンスターは家畜と言われており、一般的には、食肉はこの家畜が占めている。

 時折、モンスターの肉などが市場に出回ることもあるが、食べてみないと味がわからないと言うこともあり、あまり売れ筋は良くない。

 ただし、モンスターが落とす、アイテムに関しては話が別だ。


 例えば、ベルゲスと呼ばれる、緑色の球体をしているモンスターは作物の種を落とす。その作物を育て枯れ切る前に収穫をする。

 この世界では育てた作物から作物の種をとることができないので、ベルゲスの落とす種は農家にはとても重宝されている。

 ベルゲスはそこまで強いモンスターではないので、秀一郎のような、まだギルドにも所属していない初心者と呼ばれる人間にも倒せてしまう。


 一般的には、ベルゲスなどの弱いモンスターを倒し続け、ある程度の資金が貯まったところでギルドに入るというルールがある。

 たまにモンスターを狩っている時にギルドの方から誘われる人もいるが、それはよっぽどそのギルドに人が足りない時か、誘われた者の実力がギルドマスターに認められた時だけだ。


 ギルドの規模は五人の場所から最大百人まで様々で、ギルドランクによって決まる。ギルドランクはモンスターの討伐依頼などの進捗状況によって決まる。

 農作物を荒らすモンスターの討伐依頼や、ある特定のモンスターが落とすアイテムを一定数集める収集依頼などが一般的だ。

 たまに、護衛をして欲しいなどの依頼が来ることもある。

 それらは全て、酒場にて管理されており、依頼を達成した祝いにと、酒を飲むギルドも少なくはない。


「はぁっ!!!」


 おれは刀鍛冶の二剣に作ってもらった青葉丸を振り回しながら、ベルゲスを切り倒す。軽いボフッという爆発音と共に、アイテムが落とされる。

 今回落ちた種は「ベージュ」

 この種は硬い殻で覆われており、その殻をすり潰した粉を練り、パンを作ることができる。


 ただし、親指の第一関節程度のベージュは、大量に集めないと腹が溜まるだけの量にならない。50個ほど集めてやっと一日分。

 そして、ベルゲス1匹が落とすベージュの量が1個。

 最低でも50匹は倒さないといけないことになる。


 問題はそれだけではない。ベルゲスは基本3〜4匹ほどの群れで行動をする。それだけでは大した脅威にはならない。

 ベルゲスの攻撃力はほぼないに等しいので、何匹いようがそこで死ぬことはない。

 問題は、ベルゲスを狩る人が多すぎるという点だ。

 ベルゲスは冒険初心者にとっては基礎の基礎。

 誰もが冒険者になろうと張り切っている。

 その数は数万を超えるらしい。


 何が起こるかというと、“奪い合い”だ。

 モンスターの沸く頻度は決まっており、数秒ごとにランダムな場所で沸く。

 その沸いたポイントへ、何人もの冒険初心者が集まって群がり、人間同士の殺し合いが始まることもある。

 警察も存在はするが、街の中でしか機能しない。

 狩場で人が死んでいても、その人が、人間によって殺されたのか、はたまたモンスターにやられたのか確かめる手段が存在しない。いわば、無法地帯と化している。


「これは俺が手に入れたベージュだ!!」

「いや、これは私が手に入れたのよ!!」

「これは全部俺のもんだぁ!!」


 モンスターが沸き、斃された途端に起きるのは、激しい言い争いなら、まだ優しい方で


「こうなったら力ずくでおれのものにしてやる!!!」


 というように、実力行使になることも少なくない。


 おれは人が言い争っているうちに自分の分のアイテムだけ拾い、すぐに別の場所へと移動しているので、あまり言い争いなどをしてこなかった。


 たまにおれのようにそさくさとアイテムを拾ってどこかへ消えてしまう冒険者もいるが、そう行った冒険者同士と遭遇した場合は、お互い騒ぎは起こしたくないので、均等に分け合ってすぐに逃げることが常識的とされる。

 欲に塗れた盗人冒険者は、すぐに見つかり、言い争っていた人たちの注目を一気に浴びることになる。

 そうなった場合、その冒険者は袋叩きにされ、挙げ句の果てには、その人が稼いでいた分のアイテムを根こそぎ奪われることになる。


 リスキーだが、それが成功した時の達成感というものはたまらない。

 ベルゲスを倒し始めたばかりの頃は、普通の人たちのように争っていたが、ある時をきっかけにそれが馬鹿らしいと思うようになり、自分が倒した分を持ってそさくさと別の場所へと移動するようになっていた。

 もちろん、他の人が倒し落としたアイテムは拾わない。

 盗人にまでなってベージュを集めたいとは思わないからだ。

 自分が倒して手に入れたものだからこそ、そこから作るパンに美味しさというものが生まれる。


「これで20個か。まだまだ先は長いな」


 狩を始めて、一時間ほど。

 これを毎日六時間続けて一週間やったとしても、パンにすると28個。

 なんと効率の悪いことだろう。


 全てをパンにするわけではなく、ベージュのまま酒場に売ることもあるので、実際に一週間で作るパンの量は7~10個程度。自分が食べる用だ。


「しっかしなかなかに頑丈だな。青葉丸は」


 あれからベルゲスを大量に狩ってきたが、青葉丸は全くと言っていいほど刃こぼれしていない。


「手入れなんてする必要あんのか?こいつ」


 元々、ベルゲスは固くないモンスターだ。

 わざわざ手入れをしなくても、傷なんてものはつきやしなかった。


 効率が悪いので実践したことはないが、素手で殴っても倒せるはずだ。

 それにそんなことをしていたら、せっかく自分のものにできたはずのベージュまで知らないやつに奪われてしまう。


 1体1体見つけるのに苦労するベルゲスに、大量に群がるライバルたち。

 とても悠長なことはしていられない。


「はぁ。疲れたぁ」


 今日も六時間ほどの狩を終えて、酒場へと向かう。


「今日はこのくらいでいいか」


 適当に袋に入れていたベージュを鷲掴みにし、他の袋に分ける。

 これはおれがパンにして食べる用。金を使って物を食べるのもいいが、金も稼がないといけない。

 そう言った時に、一旦酒場で買い取ってもらい、そこから市場や農家との取引材料として使われる。


「ベージュの種が62個で、93ガルになります」


 酒場の受付から渡されたのは、小さな小袋だ。

 1日の努力がこんなちっぽけな袋になることにため息をつきながら、自分の部屋へ入り、翌朝に備えておれは布団に埋もれた。

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