第22話: 作戦会議

 アルテルフへつくと、昼間行った時にはいた護衛の人がいなくなっていた。


 おれはそれをいいことに、門を走り抜ける。


「——っ!!シャクナゲ……無事でいてくれ」


 まだ日は登っていないが、油断はできない。流石におれとシャクナゲが一緒にいたということは、相手には知られてはいないだろう。

 ならば、それを最大限利用して相手の不意をつくしかない。相手が金獅子のメンバーと言うことは、内部の情報でなら漏れ出ている可能性が高いが、それでもおれは少しでもシャクナゲの助けになりたい。


「シャクナゲ‼︎ 無事か?」


 おれはシャクナゲの部屋を勢いよく開ける。すると、シュッと耳の横を何かが通り過ぎた。


「動かんで。次動いたら、心臓グサいくで」


 驚いてその通り過ぎた先を見ると、黒く光る小型のダガーが壁に突き刺さっていた。頭の中が真っ白になり、視界もぼやけ始める。


「アゲラー。大丈夫、この人は味方だよ」


 その声に、ぼやけていた視界が一気にひらけた。

 そこには臨戦体制を敷いた一人のエルフとその隣に立つシャクナゲの姿があった。


「そうなんか? ごめんね〜。敵かと思うて咄嗟に投げちょったんよ。

 どっか怪我ない?ほれ、ちょっとこっちきてみ」


 シャクナゲの言葉で、武器を懐にしまったアゲラーが、おれにこっちにこいと言ったのにも拘らず、近づいてくる。


「ちょい見してみぃや」


 そう言っておれの耳を触り出す。おれはそれに抵抗することができずにただ固まっていた。


「どうしたの、シュウ。顔赤いけど」

「う、うるせいやい」


 シャクナゲに余計なことを言われたせいでおれは、すぐ隣にエルフの女性がいることに意識してしまう。


「あら?ほんまやわ。ちょっと熱あるんとちゃうか?」


 アゲラーは躊躇なくおれの正面にたつと、彼女のおでこをおれのおでこに触れさせてきた。


「ちょっ……!!!」


 流石に我慢できなくなり、シャクナゲの後ろに隠れる。


「ふふっ、そういうとこ、シュウは変わらないね。すぐ私の後ろ隠れるんだから」


 そう言えばおれは昔、すぐに誰かの後ろに隠れる癖があった。その時は大体、すぐそばに茜がいたため、茜の後ろにいることが多かったのだ。


 よくそんな昔の話よく覚えているなぁ。おれはすっかり忘れていたのに。


「あら? そんな昔からの仲なん?

 ちょい聞かせてや、ねぇクーナ。ええやろ?

 もしかして、竜と戦った時に髪が燃えたって子?」


 おれとシャクナゲの関係性が長いことを話ぶりから察したらしいアゲラーが、興味本位でシャクナゲに尋ねる。


「そうそう、その子よ」


 そう言って、おれの髪を滑るように撫でる。


「それ思い出させないでくれ……ってか、その話言いふらしてんのかよ。恥ずかしいからやめてくれって」


 突然その話題を振られたことでおれは動揺する。それに、竜のことはおれの中ではあまり思いだしたくない部類に入っている。

 なぜならば、ただ好奇心に身を任せた結果が、自分の髪を燃やすというとんでもない失態を犯したのだ。あの時はすぐ近くに川があったからいいものの、それがなかったらと思うと、ゾッとする。


「そんな言いふらしてないわよ。今このことを知っているのは、私とアゲラーだけ。昔はもう一人いたんだけどね。今は……もう……」


 もう一人という言葉にも引っかかったが、あまりこのことが知られていないことを知り、おれは安堵した。


「はっ……それよりも、伝えなきゃいけないことがあるんだった‼︎アコニタムの襲撃は早朝。3人ほどで会議しているのを聞いた」


 おれは忘れかけていた本題をこの場で切り出す。アゲラーには逃げられたと思われたらしく、つまらないというように、プゥと頬を膨らませた。

「ほう、それは興味深い。もしそれが本当なら、相手のやり口がわかる分、対処がしやすくなるというもの。それで、彼らは何と?」


「そこで話していたのは、アコニタム、ジュッテントン、浅岡駿平の3人だ。他にも人はいるらしいが、特にこれと言った話題にはならなかった。

 かなりシャクナゲとアゲラーのことを警戒していたな。その二人を今言った3人で攻略し、他の敵を3人以外の人員で攻略すると言っていた。

 それ以上のことは聞き取れなかったが……」


 酒場で聞いた情報を二人に伝えると、二人はそれぞれの反応を示した。


「ジュッテントンか……厄介やなぁ」

浅岡駿平あさおか しゅんぺい……あの子はどこか掴みづらい子だったわね。何かと勝負だとか言って絡まれた記憶があるわ……」


 そう言えば駿平は、シャクナゲに憧れて金獅子に入ったんだっけ。だんだんと人格が変わって行ったことに気づいていたくらいだから、相当シャクナゲのことを観察していたのだろうと察せられる。

 それに加え、当のシャクナゲからは掴みづらいと言われているのだ。おそらく、ストーカーでもしていたのであろう。


「私たちの戦力は約十名。対して、奴らの戦力は約四十名前後といったところか。これをどう見る? アゲラー」


「なかなかに厳しい戦いになるんはほぼ確定やね。あとは、人員をどう動かすかなんやけど……」


 人数という圧倒的な戦力差がある中、どうすれば勝機が見えてくるか。どうすれば自分の立ち所を決めることができるのか。


「おれに、駿平を任せてくれないか?」


 結論はそれだった。今のおれにとって、相手を同時に複数人と戦うよりは、一人にマトを絞った方がやりやすい。


 おそらく、酒場に言いた3人は、敵の中でも幹部的立ち位置なのだろう。

 ならばその一人でも足止めすることができれば、大きく変わってくるのではないだろうか。


「本当に任せてええんやね。いっとくけど、あいつは容赦っちゅう言葉を知らん男やで。

 あいつと刀を交えたら最後、あいつが決着がついたと思うまで、攻撃をやめないと思え」


 アゲラーに強く否定されたが、おれの中ではもう駿平との戦いが避けられないということをわかっていた。


「あいつは多分……シャクナゲと同じだ。名前こそ奪われてないが、剣に人格を持つ二剣さんの刀で、恐怖している。

 シャクナゲを救うためには、まずはあいつから救ってやらなければいけない……そう感じた」


 シャクナゲを助けたい。その芯となる部分は変わっていない。

 しかし、だからこそ今この場で彼女と同じ境遇の人がいたことに、おれは運命を感じていた。


「駿平は相当な手だれよ。大丈夫なん?」


 アゲラーからも役目を果たせるのか、それによっておれが殺されてしまうことを懸念して止めるように促す。


「おれはシャクナゲを救うって決めたんだ。こんなところでつまずいてなんかいられないよ。

 それに、帰らなきゃいけない場所があるから」


 シャクナゲとの約束を何よりも大切に扱おうとする「黒薔薇の楽園」の二人の顔を思い出す。

 あの時は衝動的に出ていってしまったが、今少しお落ち着いたところで考えてみると、シャクナゲを大切に思うからこその決断だったことに気づかされる。


「おれからもう一つ提案させてもらえないか?

 奴らは3人で二人を狙うだろう。けど、おれらにそれを守る通りはない。そうだろ?だから、おれとアゲラーでその3人を抑える。

 だから、シャクナゲには、その他の敵を倒してもらえないか?

 舞宵は、単体の敵に対して使うよりも、複数の敵を相手した方が、立ち回りがいい気がしてな。

 もしおれらがやばいと感じたら、その時はこっちに来てくれ。それでいいか?」


 相手の数で負けているのなら、その分を実力で補わなければならない。

 なら、この中で一番多くの敵を屠ることのできる人間にその任を任せたいと考えた。


「それは構わないが、それを敵方が許さないだろう。

 おそらく、アコニタムがそれを追っかけてくるだろう。

 それを防ぐ手段はあるのか?」

「それは……」


 おそらく誰かしら追いかけるだろうと思っていたが、まさかアコニタムとは……。


「くそっ!! 他のやつならまだどうにかと思ってたけど、アコニタムか……酒場にいた時、あいつだけ武器が見えなかった。

 どういう手を使ってくるのかが全く読めない」


 浅岡駿平あさおか しゅんぺいは曲線を描いた剣「疾風丸」は本人が見せてくれた。そして、この剣は二剣鋼冶という鍛治師に作られたということも。


 ジュッテントンは短剣の剣先を指でなぞっていたことから、おそらくそれが彼の武器だろう。

 おそらくこの中で相性がいいのはアゲラーのダガーだろう。

 投げ武器としても使えることだし、シャクナゲから聞いた内容からするに、その他にも多彩なのだろう。


 アコニタムはおれが階段の途中で話を聞いていた時ちょうど背中を向けていたため、武器を見ることができなかった。


「彼は魔術師よ。得意なのは、風による斬撃と妨害。

 あまりやらないけど回復系の魔法も使えるわね。

 ギルドでは後衛ばかりを務めてたから、それ以上のことはわからないわ。元々そこまで目立っている人ではなかったからね」


「ならその詠唱時間を逆手に取れないか? アゲラーのダガーで」


 詠唱の時間に妨害することができれば、逆にその威力を術を使った本人が受けることになる。

 そのため、魔術師は、後ろの方でただひたすらと詠唱を繰り返していることの方が多い。


 アコニタムという人物がどれだけ辛抱強いか、どれだけ詠唱を止めずに唱えられるかはわからないが、少なくとも、アゲラーのダガーで牽制しつつ、おれがたまに斬撃を浴びせる程度で済む可能性にかけたい。


「攻撃系の魔法は妨害できたとして、回復系の魔法はきつくなりそうやね。あれは詠唱時間が短いことで有名やし」


 回復魔法は、そのスピード力が求められるため、詠唱時間が少ない。

 その時間内にアコニタムを妨害できるほどの余裕はおそらくはないだろうというのが、アゲラーの見込みだった。


「ま、ウチらが手に負えないと思った時はクーナが行ってくれることやし、とりあえずはしまいにしよか」


 とりあえずできうる限りのことはした。あとは、応戦するのみだ。

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