第17話: 曲がったレイピア

「こりゃ、根本から曲がっちまってんな。

 それこそ、打ち直した方がいいんじゃないかってくらいに」


 鍛治師二剣鋼冶から見た、舞宵の状態は辛辣だった。


「曲がってる…ですか……

 どうにか、舞宵のまま治すことはできませんか?」


 アレに支配されているとはいえ、冒険者として名乗りあげて以来、ずっと行動を共にしてきた相棒のようなものを、そんな簡単に手放すことはできない。

 それは、おれも青葉丸を握って半年も経っていないが、愛着湧き、もうこれ以上の武器には出会えないんじゃないかと考えている。


「こいつは、第三段階をとうに越してしまっている。

 ここから性根をまっすぐに伸ばすんは、ちぃと厳しいな」


 第三段階。

 その言葉が、シャクナゲと舞宵の一緒にいる期間を表している。


 おれはまだ第一段階の手前。

 つまり、やっと言葉を発し始めたという段階だ。

 そこから、第二段階で乱舞と呼ばれる複数の敵を同時に叩き潰す技を手に入れる。


 ユウエイを倒した時のおれの技名は「玄冥月夜」

 この技は複数の敵ではなく、一体のモンスターにしか有効ではない。

 複数の敵を倒すには、この技の連発。もしくは、新たな技を手に入れなければならないとされている。


 それに加え、おれはこの技を、使いこなすことができていない。

 あの時の戦闘以来、おれはあの技を発動することができていない。

 そして、当然のように、青葉丸は言葉を発していない。


「第一段階から第二段階の初期までなら、なんとかまっすぐに正すことができた。

 だがこいつは、もうその上に辿り着いている。

 こうなってしまった剣は、新しく第一段階からやり直すか、このまま受け入れるかの二つの選択肢しかない。

 どうやらこいつに相当苦労させられたようだが、このままでいいのか?」


 確かに、舞宵のせいで、茜という名を失ったことは確かだが、だからといって、デメリットだけが残ったというわけではないはずだ。


「舞宵はこのまま使い続けます。二剣さん。お話が聞けてよかったです。

 ありがとうございました」


 そう告げたシャクナゲの目は曇っていて、かなり落ち込んでいるようだ。


「まぁそうがっかりすんな。

 別に絶対にできないってわけじゃねぇんだ。

 わしの武器は性格を持つ。

 性格っちゅうんは、いわば心。

 心なら折れる可能性もある。

 要は心が折れるほどぶちのめされりゃいい。

 ちょうどいいじゃねぇか。

 ここにはもう一人わしの武器を持ってる奴がいるんだぜ?

 こいつなら、舞宵の心を折ることができる」


——おれが彼女を倒す。無理にきまっている。

 おれは茜に勝てたことなど一度もないのだ。


 チャンバラ、かけっこ、腕相撲などの腕っぷし勝負から、早食い、ボードゲーム、DIYまで。あらゆるジャンルでこれまで競ってきたが、一度として、おれは茜に勝つことができなかった。


 その中でも、チャンバラだけは、彼女に恐怖するほどにボコボコにされ涙したことがある。


 そんな時彼女は


「ほら。あなたは男の子なんだから泣かない泣かない」


 慰めのつもりなのだろうが、おれにはその言葉が重かった。


 勝負では手加減をしないが、それ以外のことでは非常に面倒見がいいこともあって、おれは彼女に何回負けても、彼女について行った。


 竜の時も、彼女について行った結果、殺されかけた。

 ただ怯えていることしかできなかったおれを、彼女は身を挺して守ってくれた。


 服を着ている時は気付かなかったが、おそらく彼女は、今でもその時の傷が、右腕に刻まれていることだろう。

 それは、おれを庇った時に負った傷だ。


 ただ、そのことをどれだけ詫びても、気にするなと言われるだけだった。


「おれにできるわけがない。

 現におれは、まだ第一段階にまで辿り着いたとはいえない状況だ。

 そんな中で第三段階にまで行ってるシャクナゲの舞宵に勝てると思うのか?」


 答えはいう前からわかっている。


「そりゃあ今すぐにとは言わん。おまいさんたちでは馴染みがちげぇ。

 馴染みきっていないあんたにそれを扱うことは無理だろうさ」


 もしかしたら、彼には勝つ方法があるのかもしれないというおれの期待は、すぐに打ち砕かれた。


「じゃあ、どうすりゃいいんだよ…

 おれがシャクナゲを救うことはできないってことなのかよ…」


 おれの絶望した声に、


「私が手加減して負けるようにする……ってことはできないのよね。

 それでは、舞宵は納得をしない。

 それどころか、シュウを私の意思とは関係なしに傷つける可能性があるのよね。難しいところだわ」


 シャクナゲは、しばらくこの調子で悩んでいたようだったが、一つの提案をした。


「じゃあ、私があなたの師範になってあげようか?」


 シャクナゲの元で己を磨き、舞宵を倒せと言ったのだった。

 一見無謀なものに聞こえるが、方法として、一番確実なところは突いている。


 シャクナゲと手合わせすることで、彼女の動きを学び、それを模倣することができた時、初めておれの刀が彼女に届くことになるのだろうとも。


「こっちから頼みたいところだが……いいのか?

 おれはカースに説明をすれば呑んでくれそうだけど、金獅子としては微妙なんじゃねぇのか?

 ほら、ギルドに所属してない男がリーダーと接触しているなんていうスキャンダルが知れ渡ったら、お前の立場が危うくなるんじゃ……」


 同じギルド内での接触ならまだしも、他のギルドの新人が接触しているとなると、そこで恋愛関係になっているのではないかという噂が出てくるかもしれない。

 それよりももっと酷いことを考えられるかもしれない。

 カチコミをかけるための情報集めに利用されているとなると事態は最悪になる。


「その点ならあまり心配しないで。

 だって今現在私の信用はどん底だもの。

 そうじゃなきゃ私が、仲間に襲われるなんてことあるわけないでしょう?」


 おれの懸念を彼女はどうでもいいことだと受け取ったらしい。


「それに、シュウにいてもらった方が、戦力が増えるじゃない?」


 なんという自信過剰な人だろう。

 ただ、昔と変わらない彼女におれは安堵したのだった。

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